小話① ある青年の記憶

※本編にはあまり関係していません。


とある暴力団の組長と、誘拐された女との間に子供ができたという噂がたった。

本妻でもないため、子供と共に殺されるだろうと誰もがそう思っていた。

だが、組長は女に子供を産めと命令し、その世話を、女と仲が良かった部下の一人に任せた。

子供を産んだ後も、女は組長に殴られ、蹴られ、犯される苦しみに耐えきれず、恨み言を吐きながら自害した。

これは、そんな地獄から始まった、ある青年の記憶である。

「若、お食事の用意ができましたよ」

若と呼ばれた少年は、今日も差し出された食事に背を向ける。

理由は明確。

「桐、お前やっぱ自分の飯俺に譲ってんだろ?」

「いいえ」

「流石に分かんない訳ねえから。お前、どんどん痩せていってるし」

「はい?」

「自分で食べろよ」

「いいえ」

「食べろって」

「いいえ」

「だってこれ桐の・・・」

「いいえ」

「・・・いただきます」

「はい、どうぞ」

今日も少年の負けだ。

桐は基本的に穏やかだが、非常にしつこい。少年が粘り強く説得しても聞く耳を持たない。

少年が不服そうに白米を口に入れ、やがて全て食べ終わったのを見届けた後、桐は立ち上がり、食器を回収した。

「では、私はこれで」

桐は微笑んで、牢獄のような部屋から出る。食器を洗い、再び少年の部屋へ向かう。

少年はまだ幼い。本当ならばランドセルを背負って学校に行っているような年齢だ。

きっと少年が生まれたのがこの家じゃなければ、好きな服も買えたし、遠慮せずに食事ができただろう。

違う家族と過ごせたら。今よりもっと、幸せに・・・。

少年の部屋の扉に手をかけ、開けようとしたとき、部屋の中から怒鳴り声がした。

「さっさと消えろよ、クソ野郎!殺すぞ!」

少年の声だった。

直後に、鈍い音が響く。そしてまた違う声が聞こえてくる。

「毎日毎日飽きねえな!このザマで、誰を殺すって?あ?」

桐は、扉の奥に広がっているであろう惨状を想像し、それでも動くことができなかった。

「申し訳ありません。若・・・」

少年のことを、次の組長候補を表す名で呼ぶのは桐だけだ。

適当に拾った女と組長の間にできた子供などに、組長になる資格はないらしい。

組長の気まぐれで生かされているだけの小さな子供に、まともな人生などない。

自然と、組織の人間は溜まった鬱憤を少年への暴力で晴らすようになった。最近は、毎日のように少年の部屋から鈍い音が聞こえてくる。

桐には、今目の前の部屋に入る勇気がなかった。



ある駅前の公衆電話

「助けてあげてください、どうか、あいつだけは」

『そう言われましても・・・。あなたがその男の子を連れて逃げれば良いだけでは?』

「それは・・・。できないんです」

『なぜでしょうか?』

「・・・怖いんです。俺も、あいつと同じことをされるかもしれない。でも、でも助けたいのは本当なんです!信じてください!」

『・・・・・・・・・。残念ながら、ラトリアは便利屋ではありませんので。他をあたってください』

「待ってください!頼れと言ったのは貴方がたじゃないですか!」

『大変申し訳ございませんが、その言葉は忘れてください。それと、これはあくまでも助言ですが・・・。半端な正義は人を傷つけます。そんなもの、さっさと捨ててください』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る