第15話 雷の神様(2)
翌朝、起きたら上の階から音がしていた。誰かが泣いている声が微かに聞こえる。
それが章の声だと気づくのには、十秒もかからなかった。
(あきにいが泣いてるのなんて、初めてだ)
章のことだから、苦しいときはいつも、きらごのいないところで泣いているのかもしれないが。
そこに、母親の声が加わる。
「おはよう、章。・・・泣いてるの?」
部屋のドアは開け放たれており、昨日と違って、会話程度の音量なら聞こえるようになっていた。
「・・・・・・・・・泣いてない」
かなり間をおいて返事が聞こえた。
母親が、いつもより優しい声で章に話しかける。
「どうせ、いつか起こることなんだから。そんなに悲しまなくてもいいのに」
「違う。普通に生きて、普通に死ねるならいいんだ。でも、生まれたときから死ぬ状況も原因も決まってるなんて、そんなの、悔しいだろ」
(死ぬ・・・?だれが?)
それから暫くは、二人とも黙り込んでしまって、静寂が訪れた。
そんな時間も長く続かず、やがて章が口を開いた。
「きらごを起こしてくる」
とんとん、と階段を下る音が聞こえてくる。
「やべ、ドア開きっぱなしだったな」
廊下からひょっこりと顔をのぞかせた章が、独り言を呟きながら部屋に入り、きらごに挨拶をした。
「おはよ」
いつもより優しい目で、口元を綻ばせ、控えめに微笑んだ。
章の笑顔が見られる、最高の目覚めだ。
いつもなら幸せな光景なのだが、先のやり取りを聞いた後だとなんだか悲しい顔に見える。
章はきらごをおんぶしてリビングまで運ぶと、きらごの頭を撫でた。
ソファに座っていた母親がキッチンに歩き出す。
「母さん?」
「私、章たちがお散歩に行ってるときに練習した料理があるのよ。卵料理は好き?」
「好きでも嫌いでもないけど、母さん、なんか作れるのか?」
不安そうな章に、母親は自慢げに笑った。
「なんと、三品も作れちゃうの!」
母親はエプロンをぐちゃぐちゃに結びながら、どうだ!と言わんばかりの表情になる。
それを見た章はますます不安になる。
「最低限食べられるものにしてくれ・・・。で、何を作るんだ?」
「ゆで卵に卵焼きに目玉焼き!」
「ガキでも作れるぞ。まあ、簡単なやつだし食えないことはないと思うが・・・」
すっかり呆れ顔の章を横目に、意気揚々と冷蔵庫を開ける母親。
そんなマイペースな母親の余裕の表情は、すぐになくなった。
「卵がない!どうしよう、と、とりあえず代わりとしてベーコンを・・・」
「・・・買ってこようか?」
「・・・お願いします」
章は、そのまま買い物に行ってしまった。
「・・・私たちは、お花のお世話でもしておきましょう」
二人は庭に植えてある植物の一つ一つに水やりをして章の帰りを待った。
先に人影を見つけたのは、きらごだった。見覚えのない男がこっちに向かって歩いてくる。
後になって気づいた母親は、きらごを見て、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね。嫌なもの、見せちゃうかもだけど」
いつの間にか家の敷地内まで入ってきた男は、自身の足の長さほどの大きな包丁を取り出し母親に向かって振りかざした。
瞬間。
母親の体が真っ二つに裂けた。
力が抜けた母親の腕がきらごを放し、左右に二つに裂けた死体が残った。
自分も殺されるのかと思ったが、男は大きな口を歪ませて気持ち悪い笑みを浮かべるだけで、何処かに帰っていった。
その後すぐに章が、顔を真っ青にして庭に入ってきた。
「なあ、きらご。母さんはどこに・・・」
母親の行方を聞こうと、きらごに駆け寄り。
植木鉢に隠れていた赤黒く汚れたそれを見た。
「・・・・・・・・・かあ、さん」
手で口を覆い、変わり果てた母親をみて、ぼろぼろと涙を流す。
そんな章の姿を認識すると、心臓がズキン、と痛んだ。
「あ、きにい。だい、じょ、ぶ?」
「きらご、お前、いま喋って・・・」
章の、びくびくと震える瞳がきらごの瞳を捉える。
「きらご、目の色が」
「め・・・?」
「母さんみたいな、黄色に」
章が慌てた様子で母親のほうを見遣ると、ついさっき会話をしたときの輝くような黄色の瞳
は消え失せ、黒色に変色していた。
「おめでとうございます。前当主様の死をもって、あなたが雷家の当主、イカヅチ様になられました!」
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