第2話 ラフィアの決意

 「……【無垢むくの剣】。ランク無しです」

「え?」


 俺は思わず呆然ぼうぜんとしてしまう。

 すると、鑑定者さんは言葉を続けた。


「ごくまれにあるんです。Eランクにも満たない・・・・・・・・・・天器が」

「つ、つまり、どういうことでしょうか……?」

「残念ながら騎士向きの天器ではありません」

「そんな……」


 たしかに見た目はただの剣だ。

 ラフィアのキラキラした魔導書とは比べものにならない。

 でも、最低ランクにも満たないなんて。

 

 途方に暮れていると、ミロスさんが俺の肩を叩く。


「申し訳ないが、君を連れて行くことはできない」

「……っ!」


 だけど、それにはラフィアが声を上げた。


「そ、そんな! レグスはわたしとずっと同じ時を過ごしてきました! きっと彼にも才能が──」

「私もいじわるで言っているわけではない」

「……!」


 対して、ミロスさんは厳しい言い方をする。


「騎士団長は文字通り、団員の命を預かる。Sランクならば、任務には常に多大な危険もともなう」

「……っ」

「もし彼を任務に連れて行き、他の団員が危ない目に遭ったとしよう。それでも君はその責任を取れるのか」

「そ、それは……」


 でも、正しい言葉だ。

 俺には耳が痛いけど、全く間違っていない。

 ただのお人好しで騎士団長が務まるわけがないんだ。


「それでも君がこの少年を連れて行こうと言うのなら、悪いがラフィア君も連れて行くことはできない」


 ミロスさんは、最後まで真っ直ぐ言葉にした。


「出発は夕方だ。付いて来る気持ちがあるのであれば、この神殿前で君だけを待つ」

「……」

「残りの時間でしっかりと考えるんだな」

「……はい」


 そうして、俺たちは神殿を後にした。



 


<三人称視点>


「……ねえ」


 神殿近くの公園。

 しばらく無言だった中、ラフィアが口を開いた。


「わたしやっぱり、騎士にはならな──」

「待って」

「え?」


 だが、その口をレグスが制止させる。

 すると、近くの草陰からガサガサと音が立った。


「おーおー、やっと見つけたぜ、お嬢ちゃん」

「だ、だれよ!」


 現れたのは、ニヤリとした小汚い男。

 服はヨレヨレで、ひげも整えられていない。


「俺はただのしがない“盗賊”さ」

「と、盗賊!?」

「あーそうさ。Sランク天器を出したっていう娘が聞いたんで、ちょっとさらいに来たわけよ」

「……ッ!」


 ラフィアはビクっと体を震わせる。

 だが、彼女を守るようにレグスが前に出た。

 

「なんでラフィアの天器を狙うんだ! 天器は本人にしか使えないだろ!」

「ああ。だが、コレクターには人気があってなあ。なんなら、奴隷にしたまま好きな時に顕現けんげんさせるなんて方法もあるんだぜ?」

「「……っ!」」


 ニヤっと笑った盗賊は、自らの天器を顕現させる。

 天器である“杖”を手にし、そのまま魔法を放った。


「【重力付加グラビティ】」

「うぐっ!」

「きゃあ!」


 レグスとラフィアは、地面に伏せさせられる。

 強力な重力がかけられたのだ。

 覚える魔法は天器によって様々だが、盗賊はこの魔法を得意としているようだ。


「どうしたガキ! かっこつけた割には、何も守れてねえじゃねえか!」

「ぐっ!」

「【天啓の儀】見てたぜ? お前のはランク無しだそうだなあ!」

「……!」


 盗賊は高笑いで続ける。


「これが天器の差だ! 絶対にくつがえることはない!」

「うぐっ……」

「お前のような奴が騎士になんてなれるか!」


 その言葉には、レグスもつい考えてしまう。

 表情を取りつくろってはいたが、まだまだ少年である。

 天器のショックは大きかったのだ。


(やっぱり俺には騎士になる資格が──)


 だが、それはラフィアが声を上げた。


「そんなことない!」

「ラフィア……?」

「だって、だってレグスは!」


 ラフィアに幼い頃の記憶が蘇る。



────

 

 十年前。


「ひぐっ、うぅ……」


 目の前の光景を見ながら、ラフィアは泣いていた。


 視界に広がっているのは、ボロボロになった村。

 数日前の魔人の襲来によって壊滅させられたのだ。

 命だけは助かった二人だが、そこに故郷の姿はなかった。


「これから、どうしたらいいの……」


 すると、隣にいたレグスはラフィアの肩に手を乗せた。


「ラフィア、俺は騎士になる」

「……きし?」

「魔人と戦って、みんなを守る人達のことだよ」


 レグスにもたくさんの思い出があった村だ。

 自分も五歳という幼さから、泣きたかったはず。

 それでも、ラフィアの前では決して涙を見せなかった。


「俺も強くなって、悪いことをする魔人たちをやっつけるんだ」

「……!」

「もうこんなことがないように。悲しいことが生まれないように」

「……っ!」


 その言葉は、ラフィアを元気づけた。

 泣くことしかできなかったラフィアに、立ち上がる勇気を与えた。


「……じゃあ、わたしも」

「ラフィア?」

「わたしも騎士になってみんなを助けたい!」

「そっか!」


 そうして、二人は誓い合う。


「「大きくなったら一緒に騎士になろう」」

 

 それから二人は、日々己を鍛え続けていく。

 騎士になるという約束を果たすために──。


────



「レグスは、わたしと一緒に騎士になる存在だもん!」

「……!」


 十年前とは逆だ。

 レグスに元気づけられたラフィアは、今度はレグスを元気づける。


(そうだ。俺はラフィアと一緒に騎士になるんだ)


 レグスの足が上がる。

 今まで鍛えてきた体が、ここで功を奏したのだ。


「こんなところで負けていられない!」

「なっ!? 【重力付加グラビティ】をかけてるはず!」

「そんなの知るか!」


 ぐぐぐっと立ち上がったレグスは、天器を顕現させる。


「ラフィアは有名騎士団に誘われたんだ」

「……!」

「お前なんかに邪魔させてたまるか!」

「バカな!」


 そして、そのまま盗賊へ真っ直ぐに前進した。


「うおおおお!」

「く、来るな!」

 

 盗賊は接近戦に弱いのだろう。

 その隙を見逃さず、レグスは【無垢の剣】を上から叩きつけた。


「はあッ!」

「がはぁっ……!」


 剣のように鋭くはないが、鈍器で殴ったような音が響く。

 フラっとした盗賊は、そのまま地面にひれ伏した。


「二度とラフィアに近づくな」

「……っ!」


 勝負は完全に決した。

 しかし、盗賊はれつだった。


(ふ、ふざけやがって……!)


 先程までとは比べものにならない魔法を発動させようとする。

 自らも制御は出来ない。

 発動したあかつきには、おそらく周辺もろとも重力で押し潰される。


 だが、どうせなら巻き込んでしまえと考えたのだ。


「俺をなめるなああああ──」

「そこまでだ」

「……ッ!?」


 しかし、魔法が発動されることがなかった。

 同時に盗賊は気を失い、上空から女性の声が聞こえてくる。


「すまない、遅くなったな」

「ミ、ミロスさん……!」


 現れたのは──ミロス。

 ラフィアを勧誘しているSランク騎士団『おう』の団長だ。

 彼女によって、盗賊は封殺されたようだ。


 すると、二人にかかっていた重力も解放される。

 

「レ、レグス……!」

「ラフィア!」


 軽くなった体を実感するよう、二人は抱き合う。

 ラフィアは涙ながらに口にした。


「また、助けられたわ」

「ううん、俺の方こそ」


 しかし、それはお互い様。

 レグスもラフィアがいたからこそ、立ち上がることができたのだ。

 

 そして、レグスはラフィアにたずねる。


「さっきは何を言おうとしたの?」

「……!」


 盗賊が現れる前のことだろう。

 その時のラフィアは『騎士にはならない』と言いかけた。

 だが、それは変わった。


「わたしは騎士になる」

「……!」

「こんな機会、二度とないかもしれないから」

「うん!」


 今の戦いを見たからだろう。

 また動けなかった自分のような存在を、次は守れるようになるために。

 それから、決意した理由はもう一つ。


「でも、ちょっと先で待ってるだけだから」

「……!」

「絶対追いついてよね」

「うん!」


 レグスはいつか隣に立ってくれる。

 そう心から信じたのだ。


「──少年」


 すると、ミロスさんが声をかけてくる。


「先の勇気は見事だった」

「……!」

「非礼を詫びよう。君は騎士になれる素質がある」

「……っ!」


 到着する前、遠目にレグスの戦いが見えたのだろう。

 結果、彼の健闘を称えた。


 だが、やはり厳しい側面は変わらない。


「だがすまない。『皇華』は代々の規約で、Aランク以上の天器しか受け付けていない。ゆえに迎えることは難しい」

「……はい」

「しかし、それでも騎士になろうと言うのなら手段はある」

「え?」


 代わりに、ミロスは提示した。


「一年に一度、王都で国中の大手騎士団が集まる入団試験が行われている」

「……!」

「そこに挑戦すると良い。興味を持つ騎士団が現れれば可能性はある」

「あ、ありがとうございます!」


 レグスの真っ直ぐな視線に、ミロスもふっと笑みを浮かべる。

 そして、決意したラフィアも。


「待ってるから」

「うん、追いついてみせるよ」


 こうして、ラフィアは村を旅立ったのだった──。

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