第17話  トンネル~



「着いたな。」


錆付き、短草に覆われた鉄路の上を歩いて進む俺たちの前に、今はコンクリートで塞がれている巨大な坑口が現れた。

流石に外は整備されていないのかツタが垂れ下がっているが、パラペットの題額には『青函隧道』と大きく書かれている。



「で、人は通れるっていう話だが、あれか?」



坑口を塞いでいるコンクリート壁の隅に小さいハッチのような鉄の扉が設置されている。



「ああ。中で迎えの隊員が待機しているはずだ。」


「自衛隊の?」


「そうだ。」


「ふぅーん・・・・シエス。」


「ええ。」




立ち止まり目くばせし、頷き合う2人。


四人のハンター達は二人の行動に首をかしげる。


2人は身に着けていた武器をマジックバッグの中に仕舞い、代わりに、コージが持っていた2人にとっては取られても何の問題もない適当なロングソードを腰に差す。





「「よしっ。」」


「何が『よし』じゃ!?堂々と武器隠し持とうとしてるんじゃねえよ!?」



だって、何があるかわかんないし・・・・。


ダンジョンの中でも地上でも、常に武器は持ち歩いている。

一回それを怠ってマジで死にかけた時以来、例え寝ていようがトイレしていようが、手を延ばせば届く位置に置いている。

俺はダンジョン探索が好きだが、同時に嫌というほどモンスターの強さや脅威というものが身に染みついている。

勿論、本州は一般人が普通に生活できるぐらいには安全なのだろうが、それでもこんな世の中、絶対ではない。


平和とは、それを維持するための力があってこそ初めて実現できるものである。

五年前ならそれは全て警察なり自衛隊なり国家権力という絶対的な力が保障してくれた。

だからこそ、俺達一般人は何の力も持たずとも、安心して日々を生活できたのである。


だが、今はどうだろうか。

少なくとも五年前の惨状を見て、全面的な信頼を国に寄せることはできない。いや、彼らも最大限できることはやっている、モンスターの通常兵器に対する強さが理不尽すぎるだけ。というのはわかっているが。


だが、事実ハンターという存在に国防の一翼を担わせているのだ。

自分の身は自分で守れるようにしておきたい。


そもそもいきなり捕まえに来るかもしれないし・・・・。

もしそうなったら、俺は逃げる!(←クズの発言)

だって法律は犯したかもしれないけど、人として悪い事した記憶ないし・・・。

この世界に追い付いていない法が悪いのだよ!法が!


それに折角手間暇かけて作った愛用のこいつを取られたくないし・・・・。

大丈夫、ハンターになれば許可されるみたいだし、ちょっとの間だけさ。


・・・・力を持った人間というのは恐ろしいなあ。



「A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.(規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。)」


「ここはアメリカじゃねえぞ!?・・・・・・はぁ、まあいいわ。俺達警察でも何でもねえし。あんたらの場合素手でも大して変わらなさそうだ。」



そりゃありがたい。

さてと、



「ジェイド、ヤーデ。ここでお別れだ。」


「「グウェ?」」


「ありがとうな。ここまで運んでくれて。」


二羽の鞍を外す。


彼らのお陰で、想像以上に速く移動することができた。

こんなに早くお別れになるとはな。


渡った先には、多くの人々が住んでいる。

草食モンスターとはいえ、彼らを連れ回せば無用な混乱を巻き起こすだろうし、不安感を与えるだろう。

それに、そんな社会に縛られた生活をするのは、彼らにとっても・・・・・


ってあれ?



「どうしたお前達?もう行っていいんだぞ?」


「「グウァ!グウァ!」」



お、お前達、まさかそんなに俺のことを慕って・・・・


いや、違う!


コイツら・・・



「飯目当てだな!?」


「「グッ!」」



モンスターのくせにグルメな舌を持っていやがるッ!

野生動物に安易に餌を与えてはいけない理由がわかった。


朝も昼も、野菜や果物には目もくれず、俺とシエスの食事と同じ物を幸せそうに食いやがって・・・・・。

いや、まあ図体の割には小食だったからそこまで負担にはなっていないけれども・・・・。

ジェイドが頭を擦りつけてくる。


こうしてみるとかわいいんだよな・・・・。



「コージさん、連れてってもいいんじゃないですか?」



最初おちょくられた時に、鶏肉にする発言をしたシエスが、ヤーデの背中を撫でながら言う。

最初こそ単なる移動手段と見ていたようだが、何らかんらで彼女も愛着が湧いているらしい。



「うーん・・・・。牧田さん、どう思う?」


「ちゃんとあんたの言うことは聞いているみたいだし、そいつは草食なんだろう?従魔として登録すれば大丈夫じゃないか?」



従魔?

なんだそれは?



「危険性の少ないモンスター、あるいはテイマーとかのスキルを使って支配されているモンスターは登録すれば地上に出すことができる。勿論色々とルールはあるし、万が一従魔が危害を加えたら重罪だ。」



ほほう。

そんな制度が。

でもよくそんなこと許されているな。

モンスターというとびきりの、しかもまだ研究もろくに進んでいないであろう外来種を人里に連れ出すのを許すなんて。


病原とか持っていたらどうするんだろうか?

特に"アイツ"とか連れ出されたら終わるぞ。



「最初は厳重に禁止されてたんだか、それだと研究も進まないし、何よりテイマー系のスキルを持つハンターからの圧力があってな。今の政権になってから方針が変わった。」



ふーん。

まあ俺が文句を言う理由もないし、いっか。


確かにコイツらだったら賢いし少なくとも俺とシエスの言うことは聞くから、登録できるかもしれない。

これは朗報だ。 



「なぁお前達、本当に付いてくるのか?」


「「グウァ!」」



首を縦に振りながら、相変わらずアヒルのような声で鳴く二羽。


何て言ってるのかわかんねえ・・・・。


まぁでも、首振っているし肯定・・・でいいのか?


ついてくるし。



「よし、連れて行こう。」



移動手段としてとても優秀だし、餌代、というか食事も、俺たちが食べる分と追加で作ってしまえるからある意味楽ではあるし、図体の割には摂る食事量も少ない。

旅のお供としては最高だな。

何より俺自身、短い時間だったが愛着が湧いてしまっている。



「これからもよろしくな?」


「グウェ!」「グァ!」



やっぱ何となく言っていること理解してそうなんだよな・・・・。



「よし。それじゃあ開けてもらうぞ。」



それが合図なのか、牧田さんが扉を大きく五回叩く。

鉄扉が軋みを上げ、中からゆっくりと開く。


懐中電灯片手に、開いた扉から出てきたのは、現代的な迷彩戦闘服の上に、胸当てや籠手、手甲、膝当てなどの前時代的な金属軽鎧を着こみ、刀を腰に差した糸目の男だった。

左腕には、日の丸の腕章を付けている、

襟の階級章は緑地に黒の桜、三角、棒が2本・・・・つまりどうだってばよ?

一般人の俺には、あれが階級章であることはわかるが意味はわからん



「おかいり、無事やったか牧田はん?」



つかみどころのない微笑を口元に浮かべた男が牧田さんを見て、口を開く。



「狐霧くんか。ああ、この通り五体満足で帰ってこれたよ。もう二度とこんなクエストは受けたくないな。」


「ええ・・・。頑張って下さいよー牧田はーん!誰も受けないとなるとワイらにその任務回ってくるんやで?」


「ははっ、相変わらずだな。君は。」



どうやら2人は知り合いのようだ。


それにしても、狐霧と呼ばれたこの人。何というか、あんまり自衛官らしくない人だな。

このおちゃらけた雰囲気が本性なのか、或いはそう演じているのか・・・・そう思ってしまうのは何となく胡散臭く見えてしまう、つかみどころのない微笑と糸目のせいだろうか。

その糸目が、こちらに向く。



「で、そっちの嬢ちゃん2人が例のレンジャー《さすらい人》ね?なんや、禁足地でサバイバルなんてどんなごつい男やと思ったらかわええ子やん。」



何だその呼び名は?

俺は二つ名がストライダーだったりはしないぞ。

てか、嬢ちゃん2人って言ったか?



「残念だが、俺は男だ。あと、多分お前が思っているよりもずっと年上だ。」



背も170はあるし、特に何かしているわけでもないのに、なんで小さい頃から間違われるのだろう・・・・。

学校でよく揶揄われてたな・・・。

まぁ今となってはどうでもいいことだが。


でも間違われたのは久しぶりだな。5年前になると、加齢によって流石に間違われることも減ってたはずなのだか・・・




「うぇ?あ、こりゃ失礼しやした・・・・ってつまりそんな可愛い子と二人っきりで生活してたっちゅーことッ!?世間は許してくrッ」


ドゴッ


「おい狐霧、変なことぬかしてんじゃねーぞ。任務中だ。」



続いて扉から出てきた女が、狐霧と呼ばれていた糸目の男に鞘を振り下ろした。

狐霧と呼ばれている男が飄々とした雰囲気なのに比べこっちの女はお堅くクール、といった雰囲気を感じられる。

絵に描いた自衛官、と言った感じだ。

男と同じく、迷彩戦闘服の上に胸当てや籠手、手甲、膝当てなどに金属軽鎧を身につけ、刀を腰に差し、これまた同じく左腕に日の丸の腕章を付けていた。


2人ともそうだが、中世ヨーロッパ風の鎧に日本刀という和洋折衷な装いだ。


・・・・自衛官も随分とファンタジーな姿になったな・・・。



「ちょいとー、鏡花はん。いくら鞘でも強すぎはグハッ!?」


「うちのバカが失礼しました。陸上自衛隊迷宮対策本部付き、第8独立大隊所属、戌鋳鏡花1等陸曹であります。」



すっごいしっかりとしている子だな。

さっきの糸目男との落差もあってすごいキッチリとして見える。

なんか色々肩書が流れていった。


それに比べ今の俺は、無職!



「あ、はい。元社畜、一狩浩二です。」



牧田さん達との時と違い、何となくだが敬語を使い、本名を言う。

牧田さん達に関しては、まあ一応助けた側だし結構気楽に話しをしていたけど、彼らには多分、手続きとかで手間掛けさせちゃう立場だからな。

あと、単純に尊敬の気持ちもある。


5年前、あの地獄の中で避難民達の盾になって死んでいった彼らの姿は、気が触れかけていた当時の俺でも鮮明に覚えている。

滅私奉公で赤の他人の国民の為に命かけるなんて、俺には無理だわ。


俺が話すのを見て、シエスも口を開く。



「我が名は、シエス・ハイマ・バシレウス。夜王国が王、エヴゲニコが娘にして序列第s・・・・」


「はぁいストップッー!」



まてまてまてまて!

つこっみたい情報が出てきたが、絶対ここで言っちゃいけない情報でしょそれ!?

異世界人であることとか吸血鬼であることバラしてくスタイル?

あんなに人との関わりに慎重になってたのに?

別にそうしたいならいいけど絶対面倒なことになるからな!?



「は、ははっ。失礼、ちょっとそういう時期が長い人でして、彼女・・・・」


「は、はぁ?」



戍鋳と名乗った女性自衛官が訝しげに首を傾げる。

見れば、周りの人たちも不思議そうな顔でこちらを見ているではないか。

特に、ある程度一緒に話していた由仁火さんとかッ!



「(マジで何やってんねん!?)」


「(す、すみません!昔の癖で・・・)」



昔の癖って・・・・

いや、まあ野営時の手慣れた手つきやファーストコンタクト時のワインをラッパ飲みする姿も知っているけど、一人寂しく暮らしていた割には、随分上品な手つきで食事だったりをするものだから出はそこそこの家格なのかなーと勝手に予想はしていたが・・・・


そっかぁ。思ったより全然上の身分だったんだなぁ。

軽い現実逃避をしながら思う。


「(この人が急に堅苦しく話すんだから悪いんですよ。反射的に昔の習慣が出ちゃったじゃないですか。)」


開き直ったようにシエスは真顔で言う。


「(いや、100%お前が悪いと思うけど・・・・)」



誰もがどう切り出そうかと迷っているような、そんな微妙な空気が流れる。

冗談なのか、実は本当にシエスがイタイ心の病を患っているのか、あるいは・・・・。


普通だったら前者の二択なのだが、どこかの国のお姫様と言われても納得するであろう、彼女の美貌とたたずまいが三つ目の選択肢に持たせてしまっていた。


牧田さんたちにある程度は身の上を話した俺とは違い、シエスのことについては何も話していないし、下手に噓をこいて後で調べられてバレるよりはマシだと思ってどこの国籍も持っていないと口に出しちゃったからな。

あの時は厄介事の匂いを感じとって追求しなかった彼らも、流石にこのことには気になるご様子。


生唾を飲み込む音が聞こえた。

彼らの中では最もシエスのことを知っているであろう由仁火さんが意を決して口を開こうとし、


「シ、シエスちゃん。あn・・・・」

「いやー、わかるわかる。誰しも若い頃は辿る道でっからなぁ。こんな世界になってもうたら、気持ちもわかりまっせぇ。」



被せるように、糸目の男が笑って言った。


「自分も若い時は、痛い空想日記書いたりだとか、黒いマント羽織って暗黒騎士だだとか言っとりまし・・・ッ痛!?」


「誰も貴方のお痛い過去のことなど聞きたがっていません。・・・・時間も時間なので、移動しながらにしましょう。2時間程は掛かりますので。よろしいですか?」


「ちょっと鏡花ちゃん!?ワイにだって痛覚ってものがねぇ!?」



こいつら絶対仲いいだろ・・・。



「ええ。従魔として、この二羽を連れて行きたいのですが、できますか?」


「・・・おとなしいし、言うことを聞いているみたいですので可能かと。」


「ありがとうございます。」



何のつもりかわからんが、いや偶々なのかもしれないが、とりあえず糸目の人のおかげで助かったな。



「せや、自己紹介してませんでしたわ。わい、狐霧篤也いいはります。こんなんでも一応、一等陸曹やで。」



糸目の男が飄々と言う。


軍用懐中電灯を持った戌鋳一等陸曹を先頭に、鉄扉を潜りトンネル内に足を踏み入れる。

ジェイドとヤーデも、ギリギリだったが何とか扉をくぐることができた。


 

「電力までは通っていないので、少々排気臭いですがご勘弁を。」



暗い巨大なトンネル内、複線の線路の片側に、一台のモーターカーと、二両の申し訳程度に手摺りが付いた台車が停まっていた。


こんな密閉された空間で、ディーゼルか・・・窒息とか大丈夫なのか?


全員魔力持ちなんだから多少は耐えられるだろう、という脳筋的な考えなのだろうか。


・・・・流石に駆け鳥を乗せることはできないな。



「ジェイド、ヤーデ。これが動き出したら付いてきてくれ。」



身振り手振りしながら伝える。

・・・普通の鳥は夜は目が見えないって聞くが、コイツらは見えてるみたいだ。

駆け鳥スゲェな。



「うーん、普通の駆け鳥は暗闇だと目が見えないんだけどなぁ・・・」



・・・・駆け鳥すごいな!うん!


モーターカーの運転席に乗っていた部下だろうか?隊員に指示を出していた戌鋳一曹が前の台車に乗り込むのを見て、俺とシエス、そして狐霧一曹が乗り込み、後ろの台車に牧田さんたち4人が乗る。


ディーゼルエンジンが掛かる音がし、先頭のモーターカーが前照灯を照らす。

トンネル内に重いエンジン音が響き、ゆっくりと3両は暗闇の中を進み始める。


「すごい、動物が引いてるわけでもないのに動いてる・・・・」


不思議そうな様子できょろきょろ頭を動かし前のモーターカーを観察するシエス。


「後で説明するよ。」


だから頼むから今はやめてくれ!めっちゃ訝しがられてるから・・・。



「さて、一狩浩二さんと、・・・シエス・ハイマ・バシレウスさん、ですね?」


「あ、はい。シエスで大丈夫です。」


「わかりました。早速ですいませんが、禁足地への無断立ち寄り、登録なしでのダンジョンへの侵入、武器の無資格所持は違法です。」



で、す、よ、ねー・・・



・・・よし、逃げるか。





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関西弁書きなれてないので、本場の方からしたら違和感を覚えるかもしれません。







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