第25話 運が悪かった人
何故ザイードは死ぬに至ったのか。
それはエルという天敵に触れたことに起因する。
しかし、ザイードの殺害された――即ちアルバートの拠点としていた小都市は魔国サルモニアの国境からは東に大きく離れており、王都からも距離がある。
アルバートがゲーテによって封印された時点で、ザイードは城門付近にて吸血鬼と化していた。
そして主人の命令に従い、撤退させると同時に突発的に生じた魔力の隆起の調査へと向かわせていた。
ゲーテが魔法を使ったという事実の調査を行なっていた途中で、不幸にもエルに出くわしたことになる。
さらに吸血鬼化直後のため、ザイードの精神が定着しておらず、元の人格が残っていたためにエルを保護しようとしたのだった。
アルバートは自らに流れる血液に感覚を巡らせ、毛細血管を知覚する。
「やはり……この身体は吸血鬼だ」
――うわ、最悪。
思い切り表情が歪み、エルはその反応が自分に対するものかと思い不安になる。
「どうしたの?」
「吸血鬼は苦手でな、調子に乗って喧嘩を売ったら一度殺されかけたことがある」
――それにこの血、原初にかなり近い。一代か二代先に原初がいる。
背後に原初がいるかのような恐ろしい気配。
吸血鬼たる血の原液が強いほど吸血鬼の格が高い。これほど近ければ原初に気が付かれてもおかしく無いだろう。
数匹ほど吸血鬼を殺害してスキルを奪ったことがあるため、それなりに吸血鬼には理解がある。
「さっきの人は中身が無かった。でも今はアルバートがいる」
――魂を見ているのか。天使も伊達では無いようだ。
「おそらく殺された後に吸血鬼にされているのだろう。エルはどうやってこの吸血鬼を殺した?」
「触ったら突然体が燃えて……私怖かったの」
天使は吸血鬼の天敵。
触れるだけで焼け焦げるとは聞いたことがないものの、アルバートにとっては高位の吸血鬼を触れて殺したエルに驚愕した。
――な、なら私も触れると死ぬ……?
しかし先ほどがっつり抱擁して抱き上げたりしていたのに何の変化も起きなかった。
「うん、考えないでおこう。それでは、この都市を捨てる。ポーションも全部壊れてしまったし、取引も終わりだな。あの商人は生かしておこうか。おそらくは足がついて消されるだろう」
解析されれば血液が入っているとわかる。
よりにもよって吸血鬼になったアルバートは、媚薬に混ざった血液の気配まで感じる。
――小指以外の片割れにも気配はあるが……流石に死んでいるだろう。神の腹の中など得体の知れたものではない。世界も次元も違うだろうし、精神が混ざり過ぎていることだろう。
同一の魂は共鳴する。
この時、アルバートが自害すればゲーテに吸収されていた魂も同時に消滅していた。
即ち魔導皇帝を代表とするスキルの大半ごと消滅が可能だった。
しかし自害しなかった。
これにより約一年後、七神『魔皇』ゲーテは命を落とす。
『ザイードさん、地脈に変化はありませんでしたか?』
突然脳内に響く男の声。
アルバートは驚いて頭を抑えた。
「何者だ……私の脳内を覗き見る不埒者は」
『やれやれ、いまだに魂が適応していないようですね。少し立場の違いをわからせてあげましょう』
その瞬間、全身を引き裂く痛みが迸った。
苦悶のあまりアルバートは草原で倒れ込み、口から血を吐く。
より濃い血を感じ、本能的な恐怖が背筋を凍らせる。
『あまり私に苦労をかけないでいただきたい。まったく、多少血液の転移をしただけでこれほど弱るとは嘆かわしい』
「クソたわけが……肉体を血液まで融解して転移させたのだ。脳の再構築で記憶障害が起きるに決まっているだろう…………」
――こいつがどんな経歴なのか一切知らんが、話を合わせるしかないか。
血液の転移をしたこの相手、余程の馬鹿かパワハラ上司のどちらかだろう。
またもや激痛が走る。心臓を掴まれているみたいな感覚で、臨死体験を繰り返すような地獄であった。
『黙りなさい。さて、何か魔力的な痕跡はありましたか?』
「貴公は……誰、だ」
『第七席ペルビオールの名前を忘れるとは……今は質問に答えてください。私の魔力を無駄にする気ですか?』
――ペルビオール……?知らない名前だ。
しかし番号+席の言い方には聞き覚えがある。
原初の存在がいるとして、その側近や精鋭がその呼ばれ方をしていたのを思い出した。
アルバートの序列は吸血鬼全体の階級で言えば三番目が四番目に高い。
これで原初との血の距離が判明した。
「……クックッ。魔皇の魔法が数回行使されているが、術理は複雑で解析できん。おそらくは相手側は死んだか吸収されている。正体不明。それ以外は私の専門外だ」
本体のアルバートにも意識があるとドッペルゲンガーが生まれてしまう。
世界の法則的にあり得ないため、死んだと断言しても良かっただろう。
『それほどの情報を痕跡から読み取ったのであれば及第点でしょう。ザイードさん、今すぐに教会まで戻りなさい。追討軍が間も無く到着します』
「追討軍だと?」
『はい、猫人から得た情報によれば、首魁は最高幹部第五位、ヴィーカとのこと』
誰だか知らない名前に拍子抜けする。
ゲーテの配下であれば、少しくらい知った名前があるかと期待したが、それもないようだ。
「わかった。しかし一度寄り道をするぞ」
『……は?』
大幅なスキルの喪失。
しかしアルバートの魔力探知精度は落ちていない。
さらに吸血鬼と化した現状とザイード本来の能力は、エルフとして再生したアルバートの能力よりも高い。
「友人を保護しに行く」
『餌なら教会まで寄越して――』
右後頭部に手を突っ込んだ。
すると声は聞こえなくなる。
ふうと一息ついた。
脳内に流れる思考を物理的に遮断したことで、煩わしい声は聞こえなくなった。
「教会の場所は血の呪いか自然と分かる……エル、今のうちに貴様を保護する。吸血鬼どもに貴様を触れさせるものか」
そもそも触れれば大半が死ぬが、ペルビオールほどの吸血鬼なら耐えるだろう。
エルが吸血鬼にでもされれば洒落にならない。
「行っちゃうの?アルバート」
「少しばかり傍を離れるだけだ。この時代からすれば古めかしい魔法にはなるが、居心地はそれなりに良いだろう」
両腕に刻まれ光る文字。
それこそが神の言語――真正言語であり、発音ができないとされる神秘の結晶。
両手に聖痕が刻まれたことを確認し、アルバートは掌を合わせた。
――■
パリパリと空中に亀裂が走り、エルはその中へと吸い込まれた。
虚像の世界でも神代が断然濃いため、天使なら空気が美味しいのではないだろうか。
亀裂は集まり、一つの水晶玉を作り出した。
再びこれを割るとエルは現世へ引き戻される。
「発音が分かればもっと簡単なのだが……」
ゲーテとの一戦の時点で小指のアルバートは分離しており、戦った記憶がない。
唯一、離脱する直前にゲーテの放った謎の魔法だけを記憶している。
『ザイードさん、吸血鬼になりたての癖に、感覚器官について随分詳しいようですね』
感覚共有の部位が再生を完了させたらしい。
再生が困難な脳内を物理的に潰したのに、後遺症もなく元通り。
「脳にだって血液は回っている。構造も機能も、血液から伝わるに決まっているだろう。吸血鬼なんだから」
『用事は放棄してください。さっさと教会まで撤退を』
「諸用は済んだ。直ぐに向かう」
――空間魔法『
現代では転移魔法とカテゴリーされているものの、神代には空間魔法とされていた。
そして魔力効率が非常に悪く基本的に使用者本人しか転移できないという欠点がある。
しかし、魔法陣や転移門といった一切の工程を省略でき、転移先に誤差はあれど未開の土地にすら転移できる。
そのため、門と門の転移といった現代の転移魔法とは大いに異なる。
ゲーテの使用した第九階梯ですら、出口に転移門を必要とする。
「いちいち脳内に語りかけるな。煩わしい」
そして、大量の子供と共に、ペルビオールは神父の格好をしていた。
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