第6話『タイセイの残したもの』


 レヴィの警告の直後、壁の下部が、轟音と共に崩れ落ちた。

 青く輝く半透明の巨獣──角と蹄は鋭く研ぎ澄まされ、狂気に満ちた獰猛な表情の獣が壁を砕き、瓦礫の上に乗り上げる。

 鹿を思わせる優美な姿でありながら、獰猛に頭を振り、体表からは制御を失ったサフィラ粒子が溢れ出している。


「ナイトセルヴス!?」

 青白い光を纏った巨大な影が、瓦礫を蹴散らしレヴィに狙いを定めた。


 心拍数276、体内魔力量457%、暴走レベル:危険──。


「なんかアイツ暴走してる?!」

「ええ、制御不能になってますね、こんなことは──」レヴィがメモリを抱え込んで飛び退いた。

 レヴィの杖が光る。「スタン・ニードル!」

 おそらくは足止め魔法。だが、捕らえた筈の光の針が、ナイトセルヴスの纏うサフィラ粒子で瞬時に融かされていく。


「厄介な。サーフェイス・フェンス!」

 青白い光の障壁が広がり、巨獣を一定の区間に閉じ込めた。とはいえ、内部で激しく暴れ周る。サフィラ粒子が溢れる角で打ち付け、触れた箇所が綻んで行く。そうはもたないだろう。

 まだ近くに居た数人の人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。


「皆さん、広場の方へお戻り下さい! ここは僕が治めます!」

 レヴィが魔術を使いながら、誘導する。


 メモリの視界に浮かぶデータが、前職での経験を呼び起こす。

 機械の故障予兆を示すデータと同じ『感触』があった。

 

「スピード、90%……65%……89%……」

(曲がる前に必ずエネルギー値が70%まで低下する……、『エネルギー値』がなんで下がるんだ?!)

 つぶやきながら、メモリは数値の推移を追う。

 行動パターンを変える瞬間に圧力やエネルギーが上がるなら分かる。だがこれは逆だ。明確におかしい。その瞬間を狙って、他の数値も追う。──分かった。


「レヴィ! 曲がる瞬間だ! そのタイミングで、制御系統が不安定になってる!」

「え? それは──」

 確信を持ってメモリは叫んだ。

「その瞬間が、倒すチャンスなんだ! 曲がる直前に足止めすれば必ず効く!」


 レヴィの目が輝いた。

「──なるほど? ではまず、曲げさせる必要がありますね!」


 レヴィの詠唱が響く。「第二循環門を開き──フルグル・サージ・ランス!」

 紫電がナイトセルヴスの進路を阻む。

 巨獣が方向を変えようと減速した瞬間──。


「今!」

 レヴィの雷の針が、ナイトセルヴスを地上に縫い付ける。メモリが駆け出した。セラフブレードが青く輝きを増す。

(ここだ──角の付け根の間、防御力12%!)

 額の弱点に、刃を振り下ろした。粒子が絡みつく奇妙な抵抗がある。

 それを押してガキン、と突破した。途端、頭ごと振り回される。

「メモリさん! 危険なことは──!」

 慌てるレヴィの声が聞こえる。が、メモリは振り回された反動を使って、ナイトセルヴスの背に乗り上げた。


「暴走で、可哀想だけど!」腕に力を込める。

「害獣のデータです! 同情してる場合じゃないです、メモリさん!」

 なら容赦不要、ともう一度、とセラフブレードを押し込む。

 ばちっ、とナイトセルヴスの体に亀裂が走った。メモリの周りに暖かな光が輝き走る。

 ぎぃい!!とナイトセルヴスの吠え声が響き、弾けるように光の粒子となって、消えた。


「お見事です」レヴィが駆け寄る。

「でも──いきなり走り出された時は驚きましたが……」


「なんか行けると思って。レヴィの足止めのおかげだけどな。あの壁、どうする?」

「……まあ、助かりました。そうですね、そもそも壁が壊れるなんて──あれ? なんですこれ?」


 レヴィが瓦礫から光るカプセルを拾い上げた。途端、クラッカーのような音が炸裂し、空中に文章が浮かぶ。

 流麗な流れ文字が描かれ、そして空気に解けていった。


『タイセイはコグニスフィアを使って人々を支配しようとしている』

「な……」

 メモリが意味を受け取りかねている横で、レヴィが怒りに体を震わせた。


「冗談でしょう、まだこんな馬鹿げた話を信じる人が……辞めてまで、タイセイさんをなんだと思ってるんですか……!」

 レヴィの瞳が獣のように細まる。初めて見る、この穏やかな案内人の憤怒の表情。


「こんな破壊活動をする輩です、くだらないデマを──だいたいタイセイさんはですね」


 その時、パチッ、と新たな文字が浮かび上がった。

『奴が去った後、亜人種への風当たりは強くなっているはずだ。騙されるな』

 レヴィが絶句する。


 水を浴びせられたように耳が、尻尾がへたりと力を失った。

「違います……そんなことは、ありません。信じないで下さい、メモリさん。なんて卑劣な」

 レヴィの耳が、悲しそうに下がる。


 ──タイセイ、って。慕われてたのか? それとも──。


 煉瓦道を歩きながら、レヴィが語り始めた。

「この星にはずっと昔から、危険な獣も、自然災害も多くて──」

 レヴィは一度言葉を区切り、落ち着いた様子でメモリを見た。

「いえ、それはどこの環境もそうかもしれません。ここを遊べる訓練所にしたのが、タイセイさんなんです」

 この世界、コグニスフィア自体が、タイセイの作ったシステムが元だという。


「ん……?」メモリが首を傾げる。

「バトルで無敗で、システムまで?」

 まるで真逆の素養だろ、と違和感を抱く。が。


 レヴィは当然のように答えた。

「はい。元CEOですし?」

「はあ?!」

(余計おかしくないか?! 経営も開発も戦闘もって──欲張りすぎ?!)

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