怖さと優しさが溶け合う。平成の夏の匂いまで届く、忘れがたい物語名作です
- ★★★ Excellent!!!
物語は、白菊とユリの匂いに当てられて主人公が頭痛になる場面から始まる。とても印象的な書き出しです。平成2年7月27日という日付が、じめっとした夏の空気をはっきり感じさせます。水瀬ミヤコの「取り憑いちゃった」という一言と、触れられない手のひんやりで「触れたいのに触れられない」というテーマがすぐ伝わります。公園では亡者の不気味なささやきから、来栖の「助走をつけてぶん殴れ」で水瀬が投げ飛ばす一転が効き、動物園の『ライオン』のはしゃぎは、後日の「想って燃やす」儀式へつながる伏線に。黒焦げになったはずのぬいぐるみが幽霊の少女に本当に届く瞬間、この世界の理と登場人物の気持ちが自然に噛み合い、読後感がぐっと深まります。匂いや温度まで伝わる描写、受け身でないヒロイン、まっすぐで時に痛い語りがよくかみ合い、各章が短編の手応えと長編の余韻を同時にくれる一作です。