第3話 ラブラブときめき、お断り

 コレットがおかしいのも、王子がおかしいのも、全部女神のせいだ。


 とにかくもう一度会って何とかしてもらわなければ、このままではコレットは変態気味の王子の妃になりかねない。

 何が恐ろしいって、ちょっと幸せかもしれないとか思ってしまうところだ。


 ありえない、絶対にありえない。

 貴族なんて信用できないし、王族なんてもってのほかだ。


 コレットはシャルダン伯爵と妾の間に生まれた、庶子。

 母が亡くなって初めてその事実を知ったコレットは、認知を求めることも援助を求めることもしていない。


 だがどこからか母の死を知ったらしい伯爵の使いに、半ば拉致されるようにシャルダン邸に連れて来られたのだ。

 衣食住を保障され、異母姉のアナベルは優しさを超えて甲斐甲斐しく世話を焼いてくるし、父も普通に接してくれる。


 ありがたいとは、思う。

 だが一般的には美談なのかもしれないが、当事者としては釈然としない部分も多かった。



「急に王宮に一緒に行きたいなんて言うから、驚いたよ」

「この間の舞踏会でお庭が綺麗だったから、明るい所で見たいなと思って」

 シャルダン伯爵……父のトゥーサンと一緒に馬車に揺られながら、コレットは愛想笑いを浮かべる。


 女神に会うにはあの池に行くしかないと思うのだが、何せ王宮の中なので思い立ってふらりと訪問できる場所ではない。

 そこで王宮で仕事があるというトゥーサンにくっついて来たのだけれど、たいして会話が弾むわけでもないので何となく気まずい。


 トゥーサンはコレットと同じ金髪に、アナベルと同じハシバミ色の瞳。

 容姿も悪くはないが、母はどこに惹かれ、妾でもいいと思ったのだろう。


 母を探しコレットを引き取ったのに理由があるとすれば、それは利用価値があるから。

 アナベルの母であるシャルダン伯爵夫人はコレットが生まれる前に亡くなっており、トゥーサンの血を引く子供はアナベルとコレットの二人だけ。

 跡継ぎは当然アナベルなのだから、政略結婚に使える駒が欲しかったのかもしれない。


「そうなのかい? てっきり王子殿下にお会いしたいのかと」

「ま、まさか!」

 どちらかと言えば二度と会わずにいたいが、さすがにそれを口にするのは憚られる。


 シャルダン邸を王家の使者と騎士が訪問し、王子本人がコレットに求婚したのだ。

 どうやっても邸の主であるトゥーサンの耳に入るに決まっている。


 諸手を上げて王宮に送りだされたらどうしようと心配したのだが、予想に反してトゥーサンはそこまで浮かれていない。

 政略結婚という意味では国内最高の相手のはずなのだが……何にしてもコレットにとっては幸いだ。


 王宮に到着するとトゥーサンとは別れ、コレットは早速池の方へと向かう。

 事前に警備兵に声をかけて許可を取ってくれたので、不審者として捕まる心配もない。


 先日は月夜だったので水面が輝いて綺麗だったが、昼間に見るとごく普通の池だ。

 それでも余計な水草などもなく、水辺も綺麗に整備されている。

 さすがは王宮、手入れが行き届いていると感心しながら、コレットは靴を脱いで放り投げた。



「女神、出て来―い!」


 ぽちゃんという水音と共に靴が池の中に消えると、暫くして靴が池から飛び出す。

 空中に留まる靴を見ていると、いつの間にか姿を現した女神の頭の上にコレットの靴が鎮座していた。

 波打つ金髪は陽光を弾いて輝き、真っ白な瞳は真珠のように美しいが、その眼差しは曇り切っている。


「……出て来いって何ですか。私は別に池の底に沈んでいるわけじゃありませんし、靴で釣れる生物でもありません」


 ぶつぶつと不満を訴えながら頭の上に乗っている靴を掴むと、女神は水面を滑るようにしてコレットの前にやって来た。


「私と王子に変な魔法をかけたでしょう? あれを解いて」

「ははーん。つまり、王子にラブラブときめいているんですね? いいですねえ、青い春!」

 靴を持ちながら楽しそうに手を叩く女神の表情がなかなかいやらしくて、腹が立つ。


「王子なんて若干変態じみたことになっているのよ。あれが将来の国王とかやばいから。早くどうにかして」

「そう言われても。放っておいてもじきに消えますよ。ガラスの靴も」

 女神が靴にふうっと息を吹きかけると、びしょぬれで泥が付いていたコレットの靴が綺麗に乾く。


「本当に?」

「永遠に何かを固定するなんて、美しくありませんから」


 さも当然という女神の言い分はよくわからないが、とにかく時間の経過で消えることは間違いないらしい。

 女神から靴を受け取るとそのまま履くが、こんなことができるのならあの夜も綺麗にして返してくれれば良かったのに。



「とりあえずひと安心だけれど、もう余計なことはしないでね。絶対よ」

「えー。私はただ、ラブラブで乙女なときめきを」


「それが余計なの。もうやめて」

 コレットが睨みつけると、女神はぷくっと頬を膨らませた。


「そんなことを言うのなら、スペシャルきゅんきゅんイベントを起こしてあげませんよ!」

「起こさなくて結構よ。絶対にやめて。迷惑」


「酷いです。こんなに美しくて尊い女神なのに、扱いがぞんざい……!」

 女神は何やらぶつぶつ言ったかと思うと、あっという間に光に溶けて姿を消した。


何はともあれ、魔法は消えるとわかっただけでもひと安心。

あとは邸でのんびり過ごせば問題ないし、さっさと帰ろう。



「――コレット!」

 背後からかけられた声に恐る恐る振り向くと、艶やかな黒髪を揺らして走って来る美少年の姿。


 今一番会いたくない人間であるエリク・フォセット王子は、コレットの前に立つとにこりと微笑んだ。

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