第21話 デートとアンソニーとふたりの距離と


「ローズ、芋を食べにきたよ」


「は、はい。セオ学園長」


 頬にキスをされてから、セオの顔をまともに見られなくなってしまった。

 私だからいいものの、他の令嬢にそんなことをしたらおおごとですとあのあとで叱った。

 けれど効果があったのかなかったのか、セオはいつも通り接してくる。

 おそらく魔物に取り憑かれるシナリオは回避したのだろうけど、これはこれで心臓に悪い。


「ローズ、ここの問題だが――」


「どこですの? ジャレッド様」


 ジャレッドもそうだ。

 あの時――山の討伐イベントでハグをしてから、変に意識してしまう。

 おそらくジャレッドにはそんな気はなかろうとわかってはいるものの、妙に視線が熱っぽい気がして困ってしまう。


 ――私は、ヒロインじゃなくて悪役令嬢だというのに。

 どうしても、変な勘違いをしてしまいそうで――ぐるぐると、思い悩んでしまう。

 そんなとき、アンソニーがとんでもないことを言いだした。


「ローズ。今度の休みにデートに行かない?」


 ジャレッドとリリーが図書館に行き、アンソニーと二人で石窯を掃除していたときだった。

 急にそう言われて、私は固まった。


「……デート、とは」


「恋人と一緒に出かけることだね」


「こっ、ここここ恋人……?」


「僕たちは婚約者だからね」


「……そうでしたわね」


 私は赤くなった顔を隠しながら、平静を装う。

 アンソニーが、原作乙女ゲームとは違う感情を私に向けてくれているのはわかっている。

 それが好意であることも、なんとなくわかる。

 けれど、私に異性への免疫はないままだ。


「思えば、一緒に出かけることなんてなかったからね。きみの休日を、一日もらえないか?」


 そう問われれば嫌とは言えない。


 私は顔を真っ赤にしながら頷いた。






 

 次の休日。


 アンソニーと出かけることを告げると、メルに「やっとローズ様が殿下とデートに出かけられる! 腕を振るわなくては!」と大はしゃぎで支度を整えられた。

 私は眠い目をこすりながら、アンソニーと一緒に馬車に乗っている。


「今日はどこへ行くんですの?」


「それはね、行ってみてのお楽しみ」


 アンソニーがいたずらっぽく笑う。

 ――こんなに大人びた表情をするひとだったかしら。


 どぎまぎしながら揺られていると、馬車が目的地についたらしい。

 アンソニーにエスコートされ、馬車を降りる。


「――わあ、綺麗……!」


 そこは、森に囲まれた湖だった。


「ローズは街に出るより、こういう自然がある場所のほうが好きだろうと思って」


「ええ! 良い空気ですわね……!」


 私はにこにこと笑いながら肺いっぱいに息を吸い込む。

 王都みたいに華やかなところもいいけれど、自然がある場所は安心する。


「よかった。さあ、おいで」


 アンソニーが木陰に手招きする。

 いつの間にか木陰にはお茶の用意ができている。

 王室のメイドからは、気配すら感じない。

 ――忍者ってやつがいたら、こんな感じだったのかとすら思う。


「サツマ領から取り寄せた、芋のお菓子だよ」


 芋ようかん、スイートポテト、パウンドケーキにマフィン、モンブラン。

 そして焼き芋。

 目の前には芋パラダイス、いや芋ワンダーランドと言っていい光景が広がっている。

 

「――これ、全部私のために……?」


「最近、根をつめて勉強していたからね。息抜きになればと思って」


 アンソニーがにっこりと笑う。


「食べよう、ローズ」




 空を映す鏡のような湖を見ながら、私はサツマイモのクッキーを口に入れる。

 シンプルなクッキーは口の中でほろほろとほどけて、アンソニーが手ずから淹れてくれた紅茶によく合った。


「美味しい……!」


 私は思わず笑顔になる。


「よかった」


 アンソニーは上機嫌だ。

 どういうわけか、昔からこの人は私が食べているのをじっと見てくる。


「ローズ、これも食べてみて」


 キャラメリゼされたブリュレにスプーンを入れると、ぱりぱりと割れた。

 口の中に、濃厚なブリュレとサツマイモの風味が広がる。


「これは……たまりませんわね!」


 どのお菓子も美味しかった。

 サツマイモは、今が旬ではない、

 芋好きの私のために、きっと冬から準備してくれていたのだ。


「アンソニー様、ありがとうございます」


 私は、改めてお礼を言った。

 アンソニーの心遣いが、嬉しかったのだ。


「……いいんだよ、婚約者だからね」


 さらりと、アンソニーが私の頭を撫でる。

 ……なんだろう。

 いつものアンソニーと、今日は少し空気が違う。


「えっと――どうされましたの?」


「きみは本当に――いや、なんでもない」


 アンソニーは、私の髪を一房とって口付けた。


「なッ――」


 そのまま、私の頭に手を伸ばしてくる。

 引き寄せられた、と思ったらおでこに熱いものが触れた。


「――は、はわ」


「……すまない。少しだけこうさせて」


 アンソニーに抱きしめられている。

 壊れものを扱うときのように、優しい手付きだ。

 どくんどくん、と心臓がうるさい。


 ――アンソニーの身体って、こんなに大きかったっけ。

 ぼんやりと、場違いなことを考えた。



「ローズ」


「は、はい!」


「誰のところにも、いかないで」


「……私は、どこにも行きませんわよ?」


「はは」


 くしゃりと、泣きそうな笑顔でアンソニーが私を見下ろす。


「――そうだよね、なにを言っているんだろう。僕は」


 私は咄嗟に手を伸ばす。

 アンソニーの青色の髪を、そっと撫でた。


「――ローズ」


「なにを悩んでらっしゃるのか、存じ上げませんが……慰める、くらいのことはできますわ」


「……ありがとう」


 しばらく頭を撫でていると、アンソニーは私の手をとって、その手のひらに口づけた。


 ぼんっ、と顔が真っ赤になるのがわかる。

 ふふふ、とアンソニーが笑みを浮かべた。


「パウンドケーキあるけど、食べるかい?」


「は、ひゃい!」


 変な声が出てしまった。

 心臓が口から飛び出そうだ。

 私はフォークでパウンドケーキを切ると、口に入れた。

 もくもくごくん、と口に入れて咀嚼する。


「これも。これとこれも」


 次から次へと、アンソニーがサツマイモのお菓子を勧めてくる。

 私はさっきまでの空気が気まずくて、もりもりと食べた。

 ……どうしよう。

 美味しいはずなのに。

 どきどきして、味がわかりませんわ。

 目を白黒させながら、私は夢中で芋のお菓子を口に入れた。


 アンソニーは、優しい目で私を見ている。

 すっ、と頬に手を伸ばされた。


「口元、ついてる」


「えっ? すみません、私としたらはしたない……」


「拭いてあげる。じっとしてて」


 アンソニーがハンカチを持って、私の口元を優しく拭く。

 もう片方の手は頬に添えられている。


「……あの」


 アンソニーの青色の瞳と、視線が絡む。

 彼の顔が、私の顔に近づいた。

 ――なんだか、変な空気になってきてない?


「……あの、アンソニー様……近い、です」


「……ッ、すまない」


 アンソニーがばっ、と手を離した。

 

「え、ええと。……帰ろうか、ローズ」


「は、はい!」


 すっと手をとられ、馬車までエスコートされる。

 いつの間にか日は暮れかけていて、湖にとろけそうな夕日が映っていた。

 私はその夜、どういうわけか眠れなかった。



 それからというもの。


「やあ、ローズ」


「……おはようございます、アンソニー様」


 アンソニーの顔を、しばらくまともに見られなくなってしまった。

 そんな私を、わざとアンソニーはじっと見つめてくる。


「ふふ、ローズは可愛いなあ」


「褒めてもなにも出ませんわよ?」


「出なくてもいいから褒めるんだよ」


 本気になったアンソニーが、正統派甘々イケメンだということを私は今の今まで忘れていた。

 この人と結婚するのかと思うと顔が熱くなって、まともに喋れなくなってしまう。


「……どうしたものかしら」


 私は赤くなった顔を見られないようにうつむきながら、アンソニーにちょっかいをかけられるのだった。


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