第28話 最悪のルートと魔物の母体とピンチと

 

 学期末テストの返還があった翌日。

 リリーは授業に出てこなかった。

 放課後。

 私は、校内に設置した石窯で芋を焼いている。

 アンソニーとジャレッドがついてきて手伝ってくれている。

 どうにもいつもの調子が出ない。


 リリーの様子が気になって仕方なかった。


「……具合でも悪いのかしら」


 寮の食堂でも、リリーの姿を見た者はいないという。


「心配だわ。様子が変だったし――」


 涙を流していた彼女の顔を思い出す。


「あなた、わたしがヒロインだからシナリオを変えようとしてるんでしょう! お茶会でジャレッド様のルートを潰して、今回だってアンソニー様のイベントだったのに! ……どうして、いつもわたしの邪魔ばかりするの!?」


 悲痛な叫びだった。


 私は、破滅エンドを迎えないために今まで努力してきた。

 けれど、その努力がリリーを邪魔してしまっていた。


「私が、間違っていたのかしら……?」


 ぽろりと、疑問がこぼれ落ちる。


「なにを言っているんだ、あなたは」


 ジャレッドがため息をつく。


「リリー嬢との間になにがあったかは訊かない。しかし、大事なのは起きてしまったことではない。これからどうするか――だろう」


「これからどうするか……ですの?」


「ああ。魔物が授業に乱入してきたとき、あなたはパニックを起こさずその場で皆を逃がそうとした。そして、リリー嬢を守るために魔物に立ち向かった」


 最初の授業――チュートリアルバトルイベントのことだ。


「あのときは、私も無我夢中で……」


「無我夢中でもいい。あのときのあなたは、貴族として成すべきことをしたではないか。アンソニーとローズを見て、俺も動けたんだ。今回も、やるべきだと思ったことをするといい」


「やるべき、こと……」


 私は口の中で繰り返す。

 あのとき、咄嗟にみんなを逃がそうとした。

 リリーのことも守らなければと思った。


「ローズ。難しく考えすぎなんじゃないかな」


 石窯の周りを掃除しながら、アンソニーが言う。


「きみはいつもやると決めたら一直線じゃないか。魔法も、走り込みも、畑も、芋のこともだ。僕だって、きみが『僕は僕のままでいい』と言ってくれたから救われた」


 アンソニーと公爵邸の木陰で芋を食べたことを思い出した。

 そういえば、そんなこともあったっけ。

 私に向かってアンソニーが優しく微笑む。


「あのときみたいに、一緒に芋を食べればいい。直接会って話を聴いてみたら、誤解が解けるかもしれないよ」


「……そう、ですわね。よし! リリーさんと一緒に食べる、美味しい芋を焼きますわ! お二人とも、手伝ってくださる?」


 自然と笑顔になった私に、アンソニーとジャレッドが笑みを返す。

 そうだ。

 お茶会のときは、きっと私の前世やゲームの展開が気がかりだったのだろう。

 自分を脅かすかもしれない存在が用意した芋など、食べられるわけがない。


「ちゃんと話して、芋を食べればきっと、リリーさんも元気になるはず……!」


 そうとも。

 美味しいものを食べたら、誰だって笑顔になれる。

 あの様子なら、リリーは今でも泣いているかもしれない。

 独りぼっちで、身体を悪くしているかもしれない。


 ――それは、どんなにか心細いだろう。

 前世で、病室に独りだったときのことを思い出す。


(リリーさんにも、今世でやりたいことが沢山あるはずだわ)


 そもそも、私はリリーと敵対する気などない。

 破滅エンドから逃れられればそれでいいのだ。


 ――もちろん、それだけじゃない。

 原作が終わっても、長生きがしたい。

 芋を毎日、たくさん食べたい。

 それから。


「……何年経っても、みんなで仲良くしたいですわ」


 芋が焼ける火を見ながら、私はつぶやく。

 この日焼いた芋は、最高の出来映えだった。




  ★




 夏の日が傾いて、夕方の風が涼しい時間帯になった。

 

 アンソニーとジャレッドに芋を渡してから、私は女子寮に帰ってきた。

 焼きたての芋を持って、女子寮の廊下を歩く。


「思えば、学園に入ってからかなり怒濤の日々だった気がするわ」


 アンソニー、ジャレッド、セオ学園長、エルム先生、リリー。

 彼らと過ごした学園の日々は、とてもとても楽しかった。

 前世での闘病の日々を忘れるくらい、充実した時間だった。


 同じ時間を過ごしたリリーとは、本当の友達になりたい。

 誰にも話せなかった前世のことを話しあえる、唯一無二の友達にだってなれるかもしれない。

 そう思うと、少し気分が楽になった。


 ――リリーさんのことを知ろう。

 お互いの気持ちは、きっとわからない。

 けれど、歩み寄ることはできるはずだ。


 廊下を歩きながら、どう切り出すべきかとあれこれ考える。

 気づくと、リリーの部屋の前に着いていた。


「ごちゃごちゃ考えても、仕方ありませんわ」

 まずは、声をかけて様子を確認するところから始めよう。

 私はよし、と腹を決めて頷いた。


「――リリーさん、私です。ローズですわ」


 こんこん、とノックをする。

 がたん、と部屋の中でなにかが動く音がした。

 けれど、返事がない。


「……リリーさん?」


 再びノックをする。


 ――ひょっとしたら、熱かなにかで倒れているのかもしれない。

 だとしたら大事だ。

 勝手に部屋に入るなんてマナー違反だけれど、なにかあっては遅い。

 私は決意して、ドアノブを握った。


「入りますわよ」

 

 不作法を承知で、ドアノブを回す。

 鍵は――かかっていない。


 扉を開けるのと――大量の魔物が溢れてくるのは、同時だった。


「な、ッ……!?」


 さまざまな獣の姿を模した真っ黒な生き物が、廊下にざわざわと広がる。

 隣の部屋から出てきた令嬢が悲鳴をあげた。

 彼女も、魔物の腕に絡みつかれて取り込まれる。


「リリーさん!?」


 私は魔物の群れをかきわけ、彼女の姿を探そうとする。


「……けて」


 か細い声が聞こえて、私はその方向に手を伸ばす。


「たす……けて……」


 そこには、身体の半分を魔物に侵食されて真っ黒に染められたリリーがいた。

 私は絶句する。

 彼女の姿には、見覚えがあった。

 原作乙女ゲーム「花と散るエデン」の、ラスボスバトル。

 そのバトルで、悪役令嬢ローズ・シルヴェスターが魔物の母体になってしまう。

 攻略対象キャラクターたちとヒロインであるリリーに倒されるのだ。

 魔物の母体と化してラスボス化した悪役令嬢ローズと、今のリリーは瓜二つだった。

 ――つまり、このままではリリーは死んでしまう!


「いま助けます! ――ッ、がぁ……ッ!?」


 小柄な魔物が私のみぞおちに体当たりをしてくる。

 同時に、周囲の魔物が群がって私を押し流す。


 ――まずい。

 ――リリーを助けなければ!


「なんとか、しないと……手を掴んで、リリーさん! 応えて!」


 必死に手を伸ばしたけれど、その手は届かなかった。

 魔物の群れはどんどん増殖していく。

 母体であるリリーを逃すまいとしているのだ。

 

 私は真っ黒い群れに流されて、リリーのもとから遠ざかっていった。


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