第26話 リリーと原作シナリオと脅かされる恐怖と


 わたし、リリー・ブロッサムはローズ・シルヴェスターが怖かった。

 原作の乙女ゲームで存在したはずのシナリオを、ローズによって次々と潰されていくのは恐怖でしかなかった。


 最悪でしかない死に方をしたあと。

 大好きだった乙女ゲームのヒロインに転生できたのは、素直に嬉しかった。


 ――この世界の主人公はわたし。

 私には聖属性の魔法という、特別な力がある。

 今世こそ、人に好かれる人生を送ってみせる!


 そう誓って、いろんなことを頑張ってきた。


 平民出身だったわたしは、十二歳のときに聖属性の固有魔法を発現させた。

 原作乙女ゲームのシナリオ通り、ブロッサム伯爵家に引き取られた。

 ブロッサム伯爵家では、みんな表面上はそれなりによくしてくれた。

 期待に応えられるように頑張らないと、と思ってたくさん勉強した。

 魔法の修行にも打ち込んだ。

 その甲斐あってか、首席でフロリアン魔法学園に入学することになった。


 ――わたしが首席入学で、特待生だなんて。

 

 聞こえよがしな私の悪口も、ちらほら耳に入ってきた。

 ――負けたくない。

 がちがちに緊張して、なんとか挨拶を終えたときのことをよく覚えている。

 

 ――あれは、悪役令嬢ローズ・シルヴェスター!?

 壇上から降りるときに、悪役令嬢のローズ・シルヴェスターがこちらをじっと睨んでいたのだ。

 睨み返していると、すごく悪い笑顔になった。

 あれはなにか企んでる顔だ、と思った。


 ――ぞっとした。

 原作乙女ゲームでは、ヒロインであるリリーが悪役令嬢であるローズとその取り巻きにいじめられるシナリオがあった。


 ――まさか、前世みたいにまたいじめられるんだろうか。


 怖くなって顔をそらした。

 入学式はそれで終わった。


 ――ローズがこれからずっとわたしの邪魔をしてくるなんて、そのときは思ってもいなかったのだ。




 入学記念パーティーのラストダンスもそうだった。

 原作では、アンソニー様がわたしにダンスを申しこんでくるところだった。


 王室と貴族の間の派閥争いで、ローズ・シルヴェスターと無理矢理婚約させられたアンソニー様。

 彼は、このダンスパーティーでわたしに一目惚れをする。

 

 そわそわして待っていたけど、――そうはならなかった。

 アンソニー様は、こともあろうにローズ・シルヴェスターにダンスを申しこんだのだ。

 わたしは混乱した。


 ――どうして、シナリオと真逆のことが起こるの!?


 今日のために、家庭教師に習ってダンスも練習した。

 アンソニー様と踊れると思って、一生懸命おめかしをして待っていた。

 なのに。

 アンソニー様は、ローズ・シルヴェスターの横で――とてもとても、楽しそうに微笑んでいた。

 一目で、恋をしているとわかった。


 地面ががらがらと崩れるような心地だった。

 ローズ・シルヴェスターを睨んだけれど、やはり悪い顔で笑っていた。


 ――きっと、わたしを嘲笑っているのだろう。

 物珍しさから声をかけてきた男子生徒にダンスを誘われたけれど、断った。


 ――原作のシナリオが、どういうわけか変わっている。

 もしかしたら、だけれど……。

 ローズ・シルヴェスターが、なにかをした?

 わたしの邪魔をするために?


 ――彼女の思惑はわからないけれど、初めての授業のイベントがもうじき起こる。

 それまで、魔法の練習を欠かさずにしておこう。

 わたしは授業が始まるまで、修練をして過ごした。


 初めての授業の日がやってきた。

 今日、魔物が授業に乱入する。

 いわゆる、チュートリアルバトルイベントである。

 ゆうべは緊張してあまり眠れなかった。

 けれど、主人公であるわたしが魔物を倒さないとイベントが終わらない。


 いざ、魔物を前にすると――身体がすくんでしまった。

 アンソニー様もジャレッド様も戦っている。

 なのに、前世であった痛いことを思い出して、動けなくなった。

 がちがちと歯が鳴る。

 どうしよう、どうしよう。

 わたしがやらないと、また怒られる。


 目の前に魔物が迫ったときに、わたしの前に人影が出た。

 悪役令嬢、ローズ・シルヴェスターだった。


空間転芋テレポテト――!」


 彼女は固有魔法で、サツマイモを召喚して魔物の頭部に激突させた。

 

 ――そんな魔法があってたまるか。

 思わず吹き出しそうになって、力が抜けた。


浄化の光よフランマ・サンクタ――救済をアナイアレイト


 わたしが使った魔法で、魔物は消滅した。


 ――おかしい。

 原作の悪役令嬢ことローズ・シルヴェスターは、こんなことはしなかったはずだ。

 エルム先生に揃って叱られたあと、わたしは一人で考え込んでいた。


「どうして――悪役令嬢が、こんなの原作に、ない……どういう、こと……? まさかシナリオ改変をしようと……?」


 考えていたら周りが見えなくなっていたらしい。

 ぬっと目の前にローズが現れて、がしっと手を握られた。

 怖い。

 なにをされるのか、と思った。


 けれど、ローズの口から出てきたのは――お礼の言葉だった。


「助けてくれてありがとうございます、リリーさん。あなたの魔法があったから、魔物にトドメを刺すことができました。あなたのおかげですわ」


 どうしていいかわからず、わたしは走ってその場を去った。


「悪役令嬢なのに、なんで……?」


 ――人を助けてお礼を言われるなんて、前世でもなかった。

 わたしは涙目になりながら、寮への道を走った。




 異変は、それだけで収まらなかった。

 ジャレッド様のルートに行くには、授業の翌日にお茶会をすることが必要だ。

 ジャレッド様を誘いにいったら、そこにローズがいた。

 さらに、わたしより先にお茶会を開くという。


「わたしと仲良くなりたい」と言っていたが、笑顔が怖かった。

 悪巧みをしているのは一目瞭然の笑みだった。

 怖くて逆らえず、わたしはお茶会に参加した。


 ――信じがたいことに、お茶会にきた攻略対象キャラクターはアンソニー様とジャレッド様だけではなかった。

 セオくんにエルム先生も、いつの間にかあの悪役令嬢に攻略されていたのだ。


 お茶会の話題はローズの魔法でもちきりだった。

 芋を空間転移させる魔法なんて、聞いたことがなかった。

 というか、お茶会のテーブルの上は芋だらけだった。

 なんでこんなに芋が多いのかと困惑したが、みんな嬉しそうに食べていた。

 ひどく居心地が悪くて、わたしは芋に手をつけなかった。


 それからも、ローズはどんどんみんなの好感度を上げていった。

 アンソニー様と、この間デートに行ってきたらしい。

 ジャレッド様も、ローズにしか向けない熱っぽい目を向けている。

 セオくんも、ローズのところに足しげく通っている。

 エルム先生も、ローズの畑作りを手伝っている。

 シオン先生も、しょっちゅう声をかけている。

 そしてなにより――メインストーリーが、始まらない。

 攻略対象キャラクターたちの心の闇を、晴らすのがわたしの役割だったのに。

 なのに、ローズは誰も魔物に取り憑かせず、彼らの悩みを解決してしまうのだ。


 ――ずるい。ずるいずるい。

 アンソニー様も、ジャレッド様も、セオくんもエルム先生もシオン先生も。

 みんなみんな、わたしが仲良くするずだったのに。


 そこには、みんなの中心には――わたしがいるはずだったのに!


 ローズは、それからもわたしの邪魔をしてきた。

 アンソニー様もジャレッド様も、みんなみんな、あいつが好きなのは見てわかった。

 勉強会に呼ばれたけれど、なんでこんな奴がわたしの邪魔をするんだろうと思った。

 日に日に、わたしは眠れなくなっていった。

 眠れないけど、勉強はした。

 わたしみたいな平民出身の人間がこの学園でやっていくには、成績を落としてはいけないのだ。

 学年トップをとったけど、ちっとも嬉しくなかった。

 アンソニー様とのイベントも邪魔された。

 令嬢たちに絡まれて、そこをアンソニー様が止めてくれるというシナリオだった。

 けれど、やってきたのはローズだった。


 ――どこまでわたしの邪魔をすれば気がすむのか。

 ここまできたら、もう疑惑は確信に変わっていた。

 ローズ・シルヴェスターは、ただの悪役令嬢ではない。

 この世界の――乙女ゲームのシナリオを熟知している人間だ。


「あなたも、日本からこの乙女ゲーム――『花と散るエデン』の世界に、転生してきたの?」


 ローズは確かにそう言った。

 頭を殴られたような気がした。


 ああ、今世でもわたしの人生はうまくいかないんだ。

 今世でも、どうせわたしは誰にも好きになってもらえない。

 わたしが生きてる限り、ずっとそうだ。

 そう思って、わたしは泣いて部屋に戻った。


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