第12話 バトルとヒーローと固有魔法と


「おおお、おぎゃああああ――――!!」


 大型の肉食獣ほどもある魔物が雄叫びをあげて、こちらに向かってくる。

 魔物は、人間と獣が混じった絶妙に気持ち悪い見た目をしている。

 生徒たちは少し間を置いて、我先にと逃げ出した。


「少しはタイミングを選んでくださいまし!」


 パンツスタイルの制服にしておいてよかった。

 私は走り出す。

 走り込みで鍛えていたのと、ストーリーでなにが起こるか知っていたからすぐに対応できた。

 周りの生徒も転んだり逃げ遅れたりすることなく、全員逃げている。

 よかった、と思った瞬間気が抜けたのか、私の足がもつれてすっ転んだ。


「――!!」


 魔物が迫ってくる。私はぎゅっと目を閉じた。


水流斬ウォーターカッター!」


「ギャウッ!」


 聞き覚えのある声がして、魔物の前脚を水の刃が切り裂いた。


「ローズ! こっちへ!」


 アンソニーが手を振っている。

 そうか、アンソニーの魔法属性は水だったか。

 私は体勢を立て直すと、アンソニーの近くに駆け寄った。


「いま先生方を呼んでもらっている! それまでなんとかここで食い止める!」


 青い髪が揺れる。同じ色の瞳には、決意が宿っていた。

 

「食い止めるだけでいいのか?」


 すっ、とアンソニーの横に、長い黒髪に金色の眼の青年が立った。

 ――攻略対象キャラクターの一人、ジャレッド・ケラヴノス。

 彼の固有魔法は、「雷」だ。

 そして、水は純水でない限り電気を通す。


「倒してしまっていいだろう。――雷電よ」


 ジャレッドが、手をかざす。

 水を媒介に、特大の雷が落ちた。


「あなたは……ケラヴノス皇国の――?」


 アンソニーが目を見開く。

 

「ジャレッド・ケラヴノスだ。話は後にしろ、来るぞ、アンソニー王子」


 ジャレッドは涼しい顔で答えた。



「――――!!!」


「あれでまだ死んでいないとは……」


「しぶとい奴だ」


 アンソニーとジャレッドが頷きあう。

 なにやら気が合ったらしい、いいことだ。

 しかし、魔物はこちらに向かってこない。

 突然、突進していく先を変えたのだ。


「ぁ……いや……」


 魔物の進路上には、桜色の髪に同じ色の瞳をした少女がいた。

 この世界のヒロイン――リリー・ブロッサムだ。


 ――まずい、固まってる!


 原作乙女ゲームのシナリオでは、ヒロインが襲われてヒーローが守り、ヒロインが聖属性の魔法でトドメを刺すはずだった。

 しかし、今のリリーは魔物への恐怖で縮こまってしまっている。

 

 考える前に、身体が動いていた。

 全速力で走り、リリーの前に立つ。


 目の前で、全長二メートルほどの魔物が、切り裂かれていないほうの前脚を振りかぶる。

 時間が止まったように思えた。


 私は手をかざす。

 頭の中で、呪文が自然が組み上がる。

 今ならできる、その確信があった。


空間転芋テレポテト――!」


 私が使った固有魔法によって転移してきたサツマイモが、魔物の頭にすさまじい速度で激突した。




  ★




「どうして――」


 リリーは、そう口を動かした。


「いいから! 逃げますわよ!」

 

 気絶した魔物の前で呆然とする彼女の手を引いて、私は駆け出す。

 リリーのつぶやきが、耳に入った。


「どうして……あなた、悪役令嬢じゃ、ないの?」


 悪役令嬢?

 どうしてその単語を、ヒロインである彼女が知っている?

 

 ――まあいい、今はみんなの無事が最優先だ。

 私はリリーの手を引いたまま、アンソニーとジャレッドの元へ一息に走る。


「アンソニー様、ジャレッド殿下! これで全員避難しましたか!?」


「ああ。二人とも平気か? それにしてもローズ、今の固有魔法は……」


「――しっ、まだ動くぞ」


 ジャレッドが言うと、頭がべっこりとへこんだ魔物が手脚をじたばたと動かすところだった。


「――ここはわたしが」


 すっ、とリリーが前に出る。

 危ない、と言おうとしたアンソニーとジャレッドを私は制した。

 彼女の固有魔法――聖属性の魔法なら、問題なくトドメをさせるはずだからだ。

 それに、リリーの顔は――笑っていた。


浄化の光よフランマ・サンクタ


 リリーがかざした手に、光が収束していく。


「――救済をアナイアレイト


 特大の白いレーザーが、魔物を呑み込んで消滅させた。




 エルム先生をはじめとする教師陣が到着してから、私たちはこってりと絞られた。


「せめて大人が来るまで待ってなさい」


「もしものことがあったらどうするつもりだったんですか」


「勇敢と無謀は違います」


 ぐうの音も出ない。

 ゲームでプレイしたことがあるシナリオとはいえ、魔物は本当に大きくて怖かった。

 アンソニーは神妙な顔で聴いており、ジャレッドはまったく悪びれる様子がない。

 リリーはうつむいていて表情が見えないけれど、唇を噛み締めていて辛そうだ。


「……とまあ色々言いましたが、率先して魔物と戦う姿勢は評価に値します。……なので、今回は処罰などはありません。それと、これから言うのは私の個人的な独り言ですが」


 エルム先生がおほん、と咳払いする。


「――あなたたちがしたのは無謀かもしれませんが、立派な行いでした。教師代表として、お礼を言わせてください。……ありがとうございます」


「先生……」


 ちょっとじーんとしてしまったが、それは束の間のことだった。


「まあそれはそれとして二度としないように! ところでローズさん、固有魔法を発現されたそうですね!? しかも芋を転移させる魔法を!?」


「は、はぁ……」


 私は呼び出した芋を片手に持っている。

 芋しか呼び出せないし、この芋は絶対に食べなければならない。


 言葉で説明されなくても、そういう縛りの魔法だとわかる。


「――素晴らしい。そんな面白い魔法、聞いたことがありません。ちょっと百個くらい芋を転移させてみましょうか」


「それは無理です」


 私は即答した。


「この芋は食べないとならないので」


「そんなあ……」


 エルム先生が心底残念そうにしていて、私たちはみんなで笑った。


 ふと、リリーのつぶやく声が聞こえて私はそちらを向く。


「どうして――あ、……が、こんなの……に、ない……どういう、こと……? まさか……をしようと……?」


 大部分は聞き取れなかったけれど、困惑している様子なのはわかった。


「リリーさん」


 私は、彼女に話しかける。

 びくりと身をすくませたリリーの小さな手を――私は、両手で包みこんだ。

 お礼を言わなければと思ったのだ。


「助けてくれてありがとうございます、リリーさん」


「……え、あの……」


 桜色の瞳がまんまるに見開かれている。


「あなたの魔法があったから、魔物にトドメを刺すことができました。あなたのおかげですわ」


「……そっ、それほどでも、ないです!」


 リリーは手を振りほどいて、走っていってしまった。


「仲良くなれると思ったんだけど……」


 その場に残された私は、ぽつりとつぶやいた。

 フロリアン魔法学園の授業初日は、こうして過ぎていった。


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