第2話 悪役令嬢と破滅エンドと今後の方針と
「……生まれ変われたのはいいとして、困ったな……」
ローズ・シルヴェスター、十歳。
医者から体調にはもう問題ないと太鼓判を捺され、宣言通りおやつに焼きたての芋をお腹いっぱい食べたその夜。
お腹は芋でぱんぱんだし、一緒に飲み物もたくさん飲んだ。
今後は、芋を喉に詰まらせないようにしないと。
私は密かに決意する。文字通り死活問題だ。
今世も芋を喉に詰まらせて死にたくはないのだ。
自室のベッドに寝転がり、ふと我に返った。
前世と違って健康体の令嬢に生まれ変われたのは、確かにありがたい。
この世界が前世でプレイしていた乙女ゲーム、「花と散るエデン」、通称「ハナチル」なのはいい。
それはいい。
魔法という設定があるからか、魔法の力で蛇口を捻れば水が出る。
コンロも空調もある。
おかげで、ほぼ前世と遜色ない暮らしができている。
魔法ってすごい。
ただ、私が転生したローズ・シルヴェスターはどうあがいても破滅エンドを迎える悪役令嬢だ。
「そこだけが問題なんだよなあ……」
私は頭を抱えた。
そもそも、この世界の原作乙女ゲームである「花と散るエデン」はどんなゲームだったか。
中世ヨーロッパ風の世界観だが、主人公も攻略対象キャラクターたちも全員魔法が使える。
この世界において魔法を使えるのはほとんどが貴族のみだ。
だが、まれに平民でも魔力を持って生まれてくることがある。
さらに魔力には生まれもった属性がある。
魔物を追い払うことができる火属性。
癒やしの力にも武器にもなる水属性。
農業や林業には欠かせない土属性。
海で船を進ませたり、天候を予測したりできる風属性。
そして、どの属性よりも強いが本当に発現するのが稀な固有魔法、聖属性。
さらに、十五歳になると多くの貴族に固有魔法が発現する。
発現する魔法はランダムだが、固有魔法の強さは血統によってほぼ決定される。
貴族が貴族同士で婚姻する理由もこれだ。
「つまり、確定ガチャってことね? 王族同士が婚姻したらレジェンドレア、貴族同士ならアルティメットレア、みたいな感じかしら。私の魔法属性は……火、だったわね。で、ヒロインの固有魔法が、聖属性」
乙女ゲーム「花と散るエデン」の主人公は、平民出身ながら莫大な魔力と聖属性の魔法を持つ少女だ。
聖属性は、この国に代々存在する聖女のみが使える固有魔法だ。
発現した時点で魔法省への内定が決まる、強力な魔法である。
彼女は稀有な存在として伯爵家に養子にとられ、貴族ばかりの学園で困難に立ち向かいながら、攻略対象キャラクターとの仲を深めていく。
プレイヤーは、キャラクターをガチャで引いてレベルを上げ、魔物などのボスと戦う。
戦闘や選択肢しだいで、攻略対象キャラクターとの好感度とステータスが上がっていくタイプのRPGである。
私、ローズ・シルヴェスターは、「花と散るエデン」に登場する悪役令嬢だ。
主人公に婚約者や好きな相手をとられ、主人公をネチネチいじめる役どころの令嬢である。
そして、「花と散るエデン」というゲームは――悪役令嬢であるローズに、ことごとく厳しい。
主人公への嫉妬から、ローズは魔物に取り憑かれる。
ローズ・シルヴェスター撃破レイドバトルが存在するのだ。
そのあとも、ルート分岐によってエンディングイベントが変わるが、どうあがいても悲惨な末路が待っている。
あるルートでは婚約者の王子から一方的に婚約破棄されて、国外追放。
あるルートでは国を脅かした悪女として処刑。
あるルートでは恋い焦がれた攻略対象キャラクターに殺される。
あるルートでは魔物をけしかけようとして餌になる。
あるルートでは魔物の母体になって破壊行動を行った末に衰弱死。
どうあがいても死ぬか国外追放。
嫌すぎる二択を強いられていた。
「しかも全部、十七歳くらいの年齢で処刑とかされるわけで……そうなると、余命七年とかになるわね」
正直に言おう。すごく嫌だ。
「今世こそは長生きしたい……!」
切実な望みだった。
大好物の焼き芋をお腹いっぱい食べられるのはいい。
しかしあんまり食べると肥ってしまうし、そうなると国外追放されたときに盗賊や魔物にでも襲われたら逃げられない。
前世で観ていたドラマで、追放刑に処された偉いお坊さんがいた。
彼は追放という名目だったが、すぐに追放刑を言い渡した側から刺客を差し向けられて殺されていた。
国外追放になった令嬢なんて、盗賊や刺客のいいカモだ。
襲われなくても、この国には魔物がいる。なんの力もなければ、襲われたらひとたまりもない。
「
本編乙女ゲームにあったステータス名を引用してつぶやく。
もう不健康な身体には戻りたくない。未来への憂いがあったら焼きたての芋も美味しくないのだ。
では、どうする?
「うーん…………身体を動かす?」
ふと、前世のお正月を思い出した。
家に帰ったときに、テレビで観た毎年恒例の駅伝大会のことだ。
山を走る選手たちは当然全員痩せていた。
それに、この身体は健康体だ。
前世の記憶を思い出したときに、庭を駆けまわっても息が切れなかった。
「そうか、食べるなら動けばいいのね! それに、国外追放されても生きてていける手段を見つければいいわ!」
希望が見えてきた。
要は、自分でできることの範囲を少しずつでも広げていけばいいのだ。
「まず、走り込みで身体を作ることね。それから、畑作りもしましょう。自分で掘った芋は、美味しいもの!」
ずっとテレビで観て憧れていた農業番組を思い出し、私は目を輝かせた。
「それから……魔物や刺客を追い払う手段が必要よね」
幸い、私の魔法属性は火だ。
魔物を追い払うには、聖属性の魔法に続いて最適な属性である。
私は現在、十歳だ。今のうち魔力を鍛えておけば、かなり強くなれるだろう。
実際、ゲーム本編にはローズ・シルヴェスターがボスとして登場する場面も多くある。
かなり強くて、弱いキャラクターで勝負を挑むとゲームオーバーを余儀なくされた。
潜在能力はかなりあると言っていいだろう。
「魔力を鍛える。それから……最悪、魔物に取り憑かれても抵抗できるように。火や光の元になるものを持ち歩く……? とかかしら……? でもどうやって?」
私は首を捻る。
枕元に置かれているランプを見た。
魔道具であるランプはこの世界では一般に普及しているもので、火を使わない。
魔物を倒すと得られる魔石を加工して作られているのだという。
「慣れてきたけど不思議ね……。火も電気も使わずに明るいなんて。……火も電気も……? そうだ!」
私はがばりと飛び起きた。
魔物は火や灯り、聖なるものを怖がる。
なら、魔物に取り憑かれて魔力を吸われても、自力で火を起こせるようになればいい。
芋も焼けるし、一石二鳥だ。
メイドのメルに相談して、やり方を教えてもらおう。
これで当面の方針は決まったが、問題がもう一つあった。
「乙女ゲームの世界ではあるけれど、攻略対象キャラクターとはどう接していけばいいのでしょう……?」
腕を組んでうんうんと唸る。
「普通に接すればいいか。考えても仕方ないわね」
私はそう結論を出した。
一週間以上この乙女ゲームの世界で過ごしてわかった。
この世界にいる人たちは、自分も含めて普通の人間だ。
当たり前の話だが、みんな生きている。選択肢しだいで好感度が上下するゲームとまるきり同じというわけにはいかない。
――それは、私が悪役令嬢だからかもしれないけれど。
自分以外の立場にはなれないのだから、そこを悩んでも時間の浪費にしかならない。
「さて、方針も決まったことだし。おやすみなさい」
ランプを消して、私は目を閉じた。
熱や痛みで起きることもなく、悪夢を見ることもなく、転生を自覚してから初めてぐっすりと眠れた。
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