7.元友人

「お前知ってた?あの学校の制服去年から変わってたらしいぜ!めちゃくちゃかわいいって!卒業前に見学行かね?」


 廊下から聞こえる大きな声は僕もよく知ったものだった。それが聞こえる方向を向くと、その声の主と目が合った。彼は小さく手を挙げる。そして僕はそれよりも控えめに手を上げた。


 進行方向に背を向けながら、明るい髪を揺らす彼は、僕の幼馴染で友達だ。いや、友達だった。の方が正しいと思う。


 社交性があり、年齢性別問わずみんなの人気者だった秋山は、高校に入ってからは髪を明るく染め、遊ぶ友達も派手になった。


当然そんな彼と地味な僕が学校で話すことはなくなって、お互いの連絡先を交換するタイミングさえ失ってしまった。ただ、そんな中でも学校ですれ違うたび、目が合うたびに彼は控えめに手を振った。


「誰?友達?意外だねえ」なんて雪がいうから、また机の下で「違うよ」とだけ返事を打ち込んだ。


「ふうん」と軽い返事が聞こえた数秒後に、ホームルームが終わった。


 学校からの帰り道、雪が突然「こっちの道から帰ろうよ」なんて言い出した。僕が家から出る時は、なるべく早く帰りたがったくせにその日は回り道をしたがった。


 仕方ないので彼女に行きたい道を先導させながら歩くと、犬の散歩をしてる気分になった。


 前からは派手な集団が歩いてきていて、その中には秋山もいた。また一人だけ進行方向とは逆方向を向いていて、僕には気づかなかったらしい。


 すれ違った数十秒後、肩をガッと掴まれた。驚きながら振り返ると、そこには彼がいた。


「久しぶり」息を少し上げて彼は言った。


「久しぶり」と返す。近くで見る彼の髪色は、遠くから見るよりも明るく直視できなかった。顔を一瞬見た後、僕の視線は首元に落ち着いた。


「おばさんのこと、最近知ったんだ」


「そっか」と気まずくならないようにと笑顔を作ったつもりだったが、あまり意味はなかったようで、そこには少しの沈黙が流れた。


「連絡先」大きな声に驚いて顔を上げる。彼も自分の想像以上に大きな声がでたのか、驚いていた。


「連絡先、交換しとこうぜ。ほらもう卒業だし幼馴染なのに連絡先知らないって、変だろ?」恥ずかしかったのか、笑いながら彼は言った。僕との身長差は昔よりも縮まっていた。


 連絡先を交換していると、遠くから「秋山ぁ〜」と声がした。


「また連絡する」とだけ言うと、今度はこちらに大きく手を振って、また小走りで友人の方に向かっていった。


 僕は手を振り返した後、その姿が小さくなっていくのを数秒間眺めていた。


「友達なんじゃん」雪は僕を揶揄うようにいった。彼女の方を見ると、彼が走って行った方向を見つめながら続けた。


「コウキくんが死んじゃった時、あの子もきっと私みたいに悲しむと思うよ」その言葉に返事はしなかった。僕も彼女と同じ方向に視線を置き直して「帰ろう」と呟き、帰路に戻った。

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六十余年の子守唄 天野 羊 @skysheep_book

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