第四章 元カレと元カノ
沙月を見送った後、もうひと眠りした俺は夕方に目を覚ました。
「まったく目覚めの悪い夢だな」
そんな独り言を漏らしながらくぃーと大きく背伸びをしてからベッドから起き上がる。
起き上がってからしばらく夢に見たことを呆然と思い出す。
…………あの後、俺は彼女に何と言ったのだろうか? あのまま何も言わずに別れたのだろうかと古い記憶を呼び起こそうとするがなぜかその辺の記憶が曖昧なせいで上手くいかないかった。
何度も試してみるが、まったく上手くいかなかったので諦めて別のことをする。
と、ベッドから立ち上がったところでぐっぅーという腹の虫が部屋中に鳴り響く。
「…………さて、とりあえず
何か買いに行くか」
と思い立ち、適当に着替えを済ませて玄関を出る。
「あ、………」
同時に隣の扉が開き、訊き慣れた声が耳朶を打つ。
ちょうどタイミング良く二人同時に出てきてしまったようだ。
「…………」
特にお互いの挨拶もせずに他人のふりをしてそれぞれ歩きだす。
エレベーターに向かう俺を見た沙月が「ちょっと何でついてくるのよ!」
隣を歩いている沙月が心底、嫌そうな顔で訊いてくる。
「仕方ないだろ? エレベーターが一つしかなくて方向も同じなんだから」
「階段あるんだからそっちから行ってよ」
何とも身勝手な発想だろうかと思っていると、「ちょっと訊いているの? 無視しないでよ」
怒った沙月が俺を睨みつけてくる。
それを泰輝はすかさず「お互いに干渉しないんじゃなかったのか?」と言い返す。
「これは思わず……って―――。何言わせているの! 次からはないから」と言ってそそくさと歩いて行ってしまった。
沙月がエレベーターに乗ったのを確認してから次のエレベーターが来るのを待ってから下に降りてマンション内にあるコンビニで適当に弁当を買って部屋に戻る。
その途中で隣の沙月の部屋を通るとどうやらまだ帰っていないようだった。
それから一週間がたった休日の昼下がり。またしても俺たちは顔を合わせてしまった。しかも喫茶店の目の前である。
「なんであなたがここに居るのよ?」
「お前こそなんでいるんだよ?」
俺はカリカリと怒り出している紗月にそう尋ねる。
「わ、私はその――」
歯切れの悪い返事をする沙月を不審に思い、喫茶店の中に視線を向ける。そこにはでかでかと彼女の好きな小説とコラボしたメニューが張られていた。
「どうした? 中に入らないのか? あれが食べたいんじゃないのか?」
と訊くが、沙月は黙り込んだままとある場所を見つめていた。俺も気になって視線を向けてみる。
※このイベントはカップルの方限定です。証明として写真を一枚、当店店員の前で撮影していただきます。
なるほどな。どうやら沙月は彼氏がいないらしく、一人の為そのメニューとやらを食べられずにいたようだ。
ほんの一瞬、困ったように頬を掻く。俺と付き合ってた時もそうやっていた。
(まったく嫌なこと思い出したな)
気が付くと俺は沙月の手を引いて店の中に入っていた。きっと俺の中にある贖罪の気持ちそうさせたのだと思う。
【完結】お隣に引っ越してきたのが元カノでした。 赤瀬涼馬 @Ryominae
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