【完結】お隣に引っ越してきたのが元カノでした。

赤瀬涼馬

第一章 偶然の再会

俺の住んでいるところは、そこそこ新しく出来た賃貸型マンションだ。間取りは

2LDKで家賃は8万円くらい。各部屋の壁も高く、隣の生活音はおろか、来客を知らせるチャイムですら聞こえてこないほどに高い防音性を有している。

 だが、俺の耳には来客を知らせチャイムが聞こえていた。それは俺が寝室ではなくリビングで寝ていたからだ。

「誰だよ。せっかくの休日だっていうのに………もう少しだけ寝かせくれ」

 再び、二度寝をしようと頭の上から布団をかぶった直後。

「ピンポ―――ン」ともう一度インターホンが鳴る。

 それに続けてピンポーン、ピンーポンと立て続けに間隔狭まっていく。 まるで急かすように感じる。

 そんな催促するようなチャイムに俺は苛立ちを隠せずにいた。

(ったく、誰だよ。せっかくの休日だっていうのに――――)

 いくら休日とはいえ、ピンポン連打をして訪ねてくるなんて非常識にもほどがある。夜勤で疲れて、寝ている人だっているかもしれなんだぞ。

(俺の場合は、夜の十一時まで、残業をしてから寝るに寝られずにだらだらと過ごして結果、夜中の三時に床に就いただけだが―――)

 と、昨夜の出来事を思いながら部屋にある置時計に、視線を向けると時刻は十二時を回ったところだった。

「―――ほんとふざけんなよ。」

 快適な睡眠を邪魔された俺は、不機嫌になりがらも寝ぼけ眼を擦って玄関に向かう。


「はーい? どちら様ですか? 新聞の勧誘ならお断りですよ―――」

 ボリボリと頭を掻きながらそう言って、来訪者の方に視線を向けるとそこには見覚えにある女性が立っていた。

 艶やかな黒髪をセミショートヘアにした薄い紫色の瞳を持った女性だった。年は俺と同じ度くらいか、自信家で気が強そうに見えるが、どこか儚げな雰囲気を漂わせている。

(この人、どこかで会ったことがあるような……)

と、相手の声と仕草を見た俺は、ハッと思い出す。今、俺の目の前にいるのは元カノだった。大学時代に付き合っていて、色々とあり大学卒業と同時に自然消滅した。

「すみません。私、今日から隣に引っ越してきた者で――――」

 と言ったところで不意に言葉が途切れる。どうやら相手も気がついたようだ。

 そのまま視線を向けたままでいると「ど、どうしてあなたがここにいるのよ!」といきなり顔を真っ赤にして喚き始める。


「………? えっと―――どこかでお会いしましたか?」

 とぼけて返事を返すと彼女はさらに顔を真っ赤にさせる。

「ホントあなたって最低よね。覚えているくせにそうやって他人のふりなんかして」

 黒色のスーツに身を包んだ女性がそう声を荒げる。

「………悪かったよ。ほんの冗談のつもりだったんだ」

 誤魔化し笑いを浮かべながら弁明する。

「そうやってすぐ言い訳するところも全然、変わっていないのね」

 そう言って、俺を睨むように見つめてきた。黒色スーツの女性・姫柊沙月はうんざりとした様子で言い返してくる。


「お前もそうやってすぐ怒るところ治っていないんだな」

「何よ? さっきの仕返しのつもり? 相変わらず狭量な男。だから色々と小さいのよ」

 平然とした表情でとんでもないことを言いだす紗月。

「おい! 変なこと言うな。…………っていうか、俺はそんなに小さくないからな、これでも男の中では大きいほうなんだぞ!」とついカッとなって言い返してしまう。

 俺の言葉を訊いた紗月が「ふーん、どうなんだが―――」と疑うような眼差しでこちらを見てくる。


 このまま言われぱっなしなのも癪に障るので少し意地悪をすることにする。

「そういうお前だってすぐに絶頂するくせに――――」

 勢いに任せてどんでもないことを口にしてみる。

(………どうだ? 参ったか)

 勝ち誇った笑みを紗月に向けると「そんなことで勝った気でいるなんて本当に小さい人間ね。だから私に振られるのよ。それからそういうこと他の女性には言わない方が良いわよ、即刻、セクハラでブタ箱行きだから」と平気な顔で言われる。

 もっと恥ずかしがると思っていたのに予想外の空振りに拍子抜けしてしまう。


「で………なんの用だよ」

 途端に気まずくなった俺は、強引に話題を変える。

 そんな俺を見た沙月がああそうだったと思い出したようにつぶやいた。

「引っ越しの挨拶に来たのよ。まさか隣人があなたとはね………」と言って、ほいっとぶっきらぼうに粗品を手渡してくる。

「たまたまとはいえ、私からの贈り物なんだから有難く受け取りなさいよね」

 と、今度は上から目線でそう言ってくる。

「お前ってそんなキャラだったけ? 昔はもっと気弱な感じだったのに」

 正直な感想を口にした瞬間、目の前の沙月が般若のような形相をする。


「あ―――はい、はい………どうもありがとうございます」

 わざとらしくそんなことを言いながら改めて紗月の服装に目をやる。休日だと言うのにわざわざスーツを着てくるなんてそういう律儀なところは変わっていないんだなと思っていると―――。

「ちょっと! いやらしい目で見ないでもらえる? 不愉快だわ」

 眉根を八の字にした紗月が人差し指を向けながら抗議してくる。

(俺も今更お前なんかの身体に興味ないわ!)

 心の中で毒づく。


「今日は土曜日なのにスーツなんて着てもしかして転職活動中か?」

 そうからかうとまたしても顔を真っ赤に染めた紗月が「これから人と会うだけよ。バカなの?」とお怒りモードになる。

「おう、それはご苦労なことで」

「あなたこそ、今何しているのよ? もしかしてフリーターとか?」

 小馬鹿にしたように口に手を当てながらそう訊いてくる紗月にちょうど玄関の近くの置いてあった名刺入れから一枚だけ取り出して紗月に手渡す。

「ほら、俺の勤務先」

 名刺に釘付けになっている紗月にさらりと言う。

『株式会社出版社 K 総務部人事課 主任』

「まさか、あなたがこんな大企業に入っていたなんて――――」

 俺の名刺を見た紗月が驚いたように目を見開く。彼女が驚くのも当然だ。

 現在、俺の務めている会社はだいぶ名の知れた企業であり、出版業界では最大手なのだ。


「お前はこそ今、何しているんだよ?」

 紗月に訊き返すと「どうしてあなたになんかに教えないといけないのよ」

 めんどくさそうにして頑なに教えようとはしなかった。

「もしかしてお前の方がフリーターだったりして――――」

 ふざけてそう言ってみると慌てたように「きちんと働いているわよ。はいこれ名刺」と言って一枚の名刺を渡してくる。するとそこには――――。

『市役所 総務課 係長』

 と、書かれており目を疑った。大学を卒業してからかれこれ五年以上は経過しているため、何らおかしいことはないかもしれないが。

 公務員で俺と同じ年で『係長』というポストについていることに驚きを隠せずにいた。

 そんな俺の反応を見た紗月が「なに、人の名刺見て固まっているのよ。あなただって十分すごいところに勤めているじゃないの」

 呆れ気味にそう言われる。


「確かにそうだが、俺は民間でお前は公務員だろ?」

「だからどうしたのよ? 仕事をするうえで公務員も民間も関係ないわ」

 とド正論をかましてくる。

「ところでお前、こんなにゆっくりしていいのか?」

 俺がそう言うと、紗月は自分の腕時計に視線を落とす。

「やばっ! もうこんな時間。どうしてもっと早く行ってくれなかったの? 相変わらず、性格がひん曲がっているわよね…………ああもう早くいかないと」

 くっと俺を睨み、勝手に怒り出したたり、途端に慌てだす紗月。


「それとお隣だからってあまり干渉してこないでよね。私たちはもう恋人でもないんだから」 

 半身だけ振り返った沙月がそう言ってくる。

 そして急いで走り出したそうとした沙月の背中に「俺たちっていつ別れたんだっけ?」

 といって、尋ねてみるが「よく覚えていないけれど、その原因があなただってことははっきりとしているわ、まさか忘れたわけじゃないわよね?」

 すぅーと目を細めて俺を睨んでくる紗月を見て、あの頃の嫌な記憶が蘇る。

―――ああ、確かに俺のせいだ。俺があんな提案しなければ………こんな険悪な関係にならなかったのにな。

 自嘲するように薄く笑う俺を見た沙月が、「ちょっと! 急に割らないでよ」とドン引きした後に、今度こそ急いで走り去ってしまった。

紗月を見送った後に「うるさいやつもいなくなったしもうひと眠りするか」と言って部屋に戻る。




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