短編

(転生)花屋のマリーはみた!

 花屋のマリーは、動揺していた。

 いや、まあ、仕事中なので、顔に出すことはしないけれど。でも、心の中は混乱でいっぱいだった。


(おおおおおかしいおかしいアルトラシオン殿下推しステラシア悪役令嬢とお花選びに来てるうううう!?)


 職場である花屋の店先で、透けるような淡い金髪に銀混じりの尊い紫色の瞳を持つ、この世でも稀に見るほどの美形が、熱心に花を見ていた。

 傍らにちょこんと存在しているのは、銀にも金にも見える不思議な色合いの髪を華麗に結って、町娘に扮装している少女だ。星空のような瞳が、神秘的な輝きを放っている。

 男のほうは、どう見ても第一王子のアルトラシオン。

 少女のほうは……マリーの見間違いでなければ、あと、記憶違いでなければ、前世でハマっていた乙女ゲーム『聖女と王子のアストルディア』の第一部『〜星降る王国のプロファシー〜』に登場する悪役令嬢、ステラシアだ。


(そう、そうだよ! ここはアストルディアだもん! 王都にいれば推しに出会うことだって万分のイチの確率であるに決まってるじゃない! でもでもでもどうして推しが悪役令嬢と一緒にデデデ……デート!? を、しているの!?)


 転生してから早十七年。前世を思い出してからは……まあ、十五年くらい。

 国の名前や女神の名前を聞くたびに、いつか、いつかきっと、アルトラシオンに会えるかもしれない! 推し!! と、はぁはぁ……もとい、ワクワクしながら生きてきたのだが。

 まさか、こんな王都の下町の花屋にお忍びでやって来るなんて思いもしなかった。全然お忍びできてないけど!

 そして、まさか、ヒロインではなく、その姉の"ステラシア"が王子と連れ立ってくるとは、夢にも思わないじゃないか。


(はぁー……ちょっとよくわかんないけど、あ~……でもでもアルトラシオンかぁっこいいー! なにあれまつげなっが!? ……って待って待って……あ、なんか、アルトの手がステラシアの頬を撫でて……えっ、やっ、きゃーあ!?)


 店先の花を、アルトラシオンが手に取って、ステラシアの髪へそっと差したのが見えた。ステラシアが慌てたように花に手を遣り引き抜こうとする。

 うん、まぁ、商品だから当然の反応だよね!

 その小さな指先を掬い取り、アルトラシオンが唇を寄せた。

 思わず、ちゅ、という幻聴が聞こえてきそうなほど、艶めかしい仕草だった。


「え、なに……尊……」


「マリーちゃんマリーちゃん声漏れてる。漏れてるから」


 横から、店長が声をかけてくるけれど、マリーの視線は外に釘付けだ。

 あの、騎士団の死神と言われたアルトラシオンが、悪役令嬢ステラシアの前で柔らかく笑っている。

 その光景が信じられないのに、目を離すことができない。


 カラン、とドアベルが鳴って、ハッとした。


「すまない。この花をもらえないだろうか。ひとつはあのままで。残りは……城に届けてもらえれば助かる」


 ステラシアを外に残しながら、アルトラシオンが店内へと入ってくる。その声の良さに昇天しそうになって、マリーは満面に笑みを貼り付けた。


「承知いたしました!!」


 元気な声にびっくりした顔をして、そして、推しが微かに笑う。「ありがとう」と紡がれた言葉に目をみはりながら、マリーは慌てて銀貨を受け取った。


(待って。アルトラシオンがお礼言ったお礼! え、なに? 愛情メーター振り切ってるの!? なになに……やだもう、この二人……推せるわー!)


 内心で騒ぎながら、城への花を手配する。チラリと見た窓の外では、ステラシアの髪に差し込まれたリリアの花が、薄いピンク色を反射しながらふわりと揺れていた。

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