第39話 信と疑の爆炎(4)
「殿下のあの熱いお気持ちに応えるためにも……ここで負ける訳にも、殿下を死なせてしまう訳にも参らぬのだ……!」
ルワンの声に励まされ、残された力を振り絞ったディナステスゼノクは痺れをこらえて立ち上がるが、胴体を両腕ごときつく縛り上げているプルモーゼノクの触手は彼の怪力でも引き千切ることができない。触手から流し込まれる電撃に、ディナステスゼノクは苦悶の声を上げた。
「フジザネ!」
「おっと、よそ見をしている余裕があるのか?」
パピリオゼノクもコルニクスゼノクの鋭い攻撃で押され、苦戦に陥っている。彼女が掌から放った攻撃魔法の光弾を、コルニクスゼノクは腕の翼を楯のように使って防いだ。
「その程度か。ナピシムの宮廷でたった一匹だけだったというゼノクの実力は」
コルニクスゼノクの右手の五本の指から放たれた怪光線が、パピリオゼノクに命中して爆発を起こす。負けじと突進して得意の上段蹴りを浴びせるパピリオゼノクだが、コルニクスゼノクはこれも固い鉄板のような翼で防いで押し返した。
「フジザネさん……!」
ルワンの隣に立つニルットも二人の苦戦を見て焦る。何か打開策はないかと素早く周囲を見回した彼はやがて湖岸の砂浜に目を止め、猛然とそちらへ向かって駆け出した。
「あっ、危ないよ。ニルット!」
「来るな! 参ってはならぬ」
ルワンが慌てて呼び止めようとし、気づいたディナステスゼノクも苦しみながら制止の声を上げる。波打ち際へと走ったニルットは先ほどルワンが見つけた
「ぐおっ!?」
プルモーゼノクの触手に当たった鉄炮の弾が高圧電流に触れ、中に詰められていた火薬と硫黄が発火して轟音と共に爆発する。プルモーゼノクの触手は高熱で焼き切られ、ディナステスゼノクは拘束を脱した。
「ニルット殿。お見事にござる。恩に着るぞ!」
体に巻きついていた触手を振りほどいて投げ捨て、甲虫型の仮面をニルットの方に向けて感謝を口にしたディナステスゼノクは拳を握り締めて突撃する。怯んだプルモーゼノクを、彼は魔力を帯びて紫色に輝く右の拳で思い切り殴り飛ばした。
「おのれ。死ねぇっ!」
「やぁっ!」
傷を負いながらも襲いかかってくるプルモーゼノクに、ディナステスゼノクは地面から拾い上げた清正の斬撃を力一杯叩き込んだ。魔力を帯びて熱く輝く清正の一撃で脳天を斬り下げられ、倒れたプルモーゼノクは爆死する。
「さすがフジザネね。やるじゃない」
仲間の勝利を称えるパピリオゼノクだが、彼女もコルニクスゼノクに押されて苦戦している。パピリオゼノクのあらゆる攻撃が翼で巧みに防がれてしまい、なかなか打撃を与えられないのだ。
「ラットリー殿、助太刀いたす」
ディナステスゼノクが清正を振り上げて横から斬りかかるが、これも翼で受け止められてしまい効果がない。二人が手詰まりとなったその時、舟を下りてきたヨーギとディーパがそこへ駆けつけた。
「教会からの略奪品だ。たっぷり浴びるんだな」
「ちょっと勿体ないけど、しょうがないね」
そう言って二人が投げつけたのは、フィリーゼ産の上質の
「貴族さん、今だよ!」
「ありがとう。助かったわ!」
ディーパに促されたパピリオゼノクが、コルニクスゼノクを狙って二発の光弾を発射する。咄嗟に左右の翼で防御したコルニクスゼノクだったが、命中して爆裂した光弾は翼にかけられていた葡萄酒に引火し、アルコールを燃やして激しい炎を発生させた。
「ぐっ……おのれ」
「たぁっ!」
羽ばたいて空高く跳躍したパピリオゼノクは魔力を右の足先に集めて眩しく発光させ、両腕を焼かれて翼で防御できないコルニクスゼノクの無防備となった胸に飛び蹴りを見舞う。強力な破壊魔法を帯びた蹴りの一撃を受けて、大きく吹っ飛ばされたコルニクスゼノクは倒れて砂浜の上を転がった。
「無念だ……だが我が帝国のコサックには、俺以上の戦士が何人もいる。貴様らに勝ち目はないぞ……!」
そう言い残したコルニクスゼノクは力尽き、砂塵を巻き上げながら大爆発して消滅した。致命傷を負ったことで体内の魔力が制御を失い、暴発して自らの肉体を粉々に打ち砕いたのである。
「なかなかの強敵でござったが……」
勝利したディナステスゼノクとパピリオゼノクは変身を解き、藤真とラットリーの姿へ戻る。ヨーギとディーパ、それにニルットとルワンが二人の元へ集まり、輪を作って喝采を浴びせた。
「裏切るような真似をしてしまい申し訳ない。あのような者を信じたわしの完全な過ち、どうかお許しを」
そう言って陳謝するヨーギに、ルワンは爽やかな笑顔を見せる。主君の気持ちを代弁して、藤真が彼に答えた。
「いや、この村の皆の生命を考えればやむなき仕儀だと殿下も仰せにござる。それよりもニルット殿、あのようなことをして拙者を救ってくれるとは、凄まじい勇気に感服いたしたぞ」
「本当ですか? フジザネさん」
いつ爆発するかも分からない危険な不発弾を投げて反撃の糸口を開いたのを藤真に褒められて、ニルットは心の底から嬉しそうな笑みを見せる。
「それで先ほどの弟子入りの件でござるが、これほどの勇気と覚悟、サムライの素質は十二分にあるとお見受けいたした。他国の者にサムライのような厳しい道を歩ませるのは拙者の望むところではないと申したが、ラットリー殿も仰せの通り、悲しいが今はそなたたちも覚悟を持って己の運命を切り拓くために戦わねばならぬ時代なのかも知れぬ」
長く続いた泰平の世は既に崩れ去り、瑞那の戦国乱世を彷彿とさせる動乱の時代がこのナピシムにも訪れてしまったのはもはや直視せざるを得ない現実である。ニルットがその中で戦い抜く覚悟があると言うのなら、こちらもそれに全力で応えるのが誠意というものだろうと彼に助けられて藤真も考えを改めざるを得なかった。
「それじゃ、フジザネさん……」
「うむ。そなたが望むなら、拙者がサムライの技と心を教えても良いがいかがかな」
「ありがとうございます! 僕、頑張って立派なサムライになります!」
「されどサムライの道は険しく厳しい。よくよく覚悟して修業に励まねばならぬぞ」
「はいっ!」
飛び跳ねて喜ぶニルットの横で、ラットリーとディーパも視線を交わして互いに勝気な笑みを送り合う。こうしてサンラワット湖の湖賊はルワンのナピシム再興の戦いに協力することになり、水上村は新たな歴史へと船出したのである。
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