第34話 湖賊の水上村(2)

「大事な息子を助けて下さりかたじけない。さあ、どんどん食べて下され」


「いやあ、かえって恐縮にござる」


 水上村の湖賊の頭領ヨーギ・アーズミーは、留守の間に息子のニルットをヴァトエル教徒から守ってくれた藤真たちを自分の舟へ招き、食事を出して歓待した。


「改めて、こちらはわしの息子のニルットだ。……ほらニルット、おサムライさん方にお礼を言いなさい」


「うん。助けて下さりありがとうございました!」


 ニルットが元気な声で感謝を述べると、藤真とラットリーは嬉しそうに微笑んだ。間近で見たサムライの武勇に感動して目を輝かせているニルットの横で、同席した二歳年上の姉のディーパは不機嫌そうに頬を小さく膨らませている。


「不味い飯でしょ? いつも飛びきりの高級料理ばかり食べてる王子様の舌には合わないと思うけど」


「いや、そんなことないよ。ちょっと辛いけど美味しい」


 嫌味混じりに言うディーパに、赤い唐辛子をまぶした米料理を食べているルワンはごく自然な声で即答する。その場を取り繕う世辞などではなく率直な感想としてそんな風に言ってくる王子を見て、喧嘩腰だったディーパは思わず拍子抜けした。


「しかし王都でそのような大事件が起こるとは……。全くとんでもないことになったものですな」


 メクスワン六世が暗殺されてラプナールが反乱軍の手に落ち、ルワンがここへ逃げ延びてきたと聞かされたヨーギは低く唸った。反王権の気風が強いこの村で湖賊相手に事情を明かすのは危険だと最初は考えていた藤真とラットリーだが、ニルットを助けて頭領の心を掴んだこの状況なら何とかなると踏んで正直に話したのである。


「我らは今、敵に追われており申す。あとほんの数刻で構わぬゆえ、ここで匿っていただけるとありがたいのでござるが」


 藤真が下手に出て丁寧に頼むと、ヨーギは鷹揚にうなずいた。


「いやいや、我が子の命の恩人、たった数刻だけと言わず、何日でもここにいていただいて結構だ。ただ……」


 ヨーギもただ情にほだされているだけの父親ではない。村と湖賊を率いる長として、彼は未来の国王になるかも知れない人物にこの機を逃さず自分たちの要望を申し出た。


「この村は見ての通り貧しく、わしらの生活はとても苦しい。湖賊になって他の村を襲ったりするのも、生きるために仕方なくしていることじゃ。わしらの多くは戦で故郷を焼かれてコルディカから逃げてきた者だが、ナピシムには住む土地がないしコルディカにももう帰れぬし、正直なところどこにも居場所がない」


 ディーパやニルットのようにここに来てから生まれた子供たちもこの村には多いが、彼らはコルディカの民としてもナピシムの民としても認められず、戸籍も所有地もなく文字通り湖の上を漂っている根無し草でしかない。深刻な不法移民の問題は今後、この村の人口が増えるに従ってますます大きく厄介になるだろう。


「もしルワン殿下が敵を討ち果たし、晴れて国王に即位された暁には、どうかこれまでの罪を不問とし、わしらが陸に土地を持ってもっと豊かに暮らせるよう取り計らっては下さらぬか。このままでは、この水上村での暮らしはいつかどこかで立ち行かなくなってしまう」


「それは……」


 事情はどうあれ、ヨーギらの湖賊がこれまでに村や町をいくつも襲い、人を殺して財貨を奪ってきたのは打ち消しようのない事実である。しばらく考えてから、ルワンはラットリーの方を向いて相談を持ちかけた。


「どうだろうラットリー。私としては、もし王になったらこの村の貧困を解決するような政治をしたいし、そうすればもう湖賊となって罪を犯したりする必要もなくなって国中の皆のためにもいいんじゃないかと思う。でも今までに被害を受けてきた周辺の村や町の人々は、王が彼らを許すのを不公正に感じたり怒ったりしないかな」


「なるほど。それは為政者としてとても大事な視点で、素晴らしいと思います」


 ルワンが目の前の感情だけに流されず、各方面に気を配った多角的な見方をできているのを嬉しく思いつつラットリーは意見を述べた。


「これまでの被害者に対しては、この村の人々の代わりに国王陛下の名で国から相応の補償を与えて略奪の被害を埋め合わせる必要があるかと思います。それでも恨みや汚名は簡単に晴れるものではないでしょうが……もし湖賊がこの前例のない国難において、民を守って国を救う活躍をしたとなれば話はまた変わってきます」


 ラットリーが考えているのは、湖賊をこの機会に味方に引き入れてゾフカール軍と戦うという戦略である。無論マノウォーン家を筆頭にナピシムの貴族や領主の手勢にも水軍はあるが、それは主に広い海での戦闘を想定した船団であって、ヨーギたちのように狭い河川を自在に動き回って戦える部隊となると敵味方共にほとんど保有していないため貴重な戦力になり得る。


「つまり、私らを戦の駒として利用しようってこと?」


 面白くなさそうに、そう言って舌打ちしたのはディーパだった。


「王都を追われて一人でも味方が欲しい状況だからって、都合のいい話ね。土地を持つなとか戦えとか、民ってのは命令さえすれば何でも言うことを聞くと思ってるんだ」


「こらディーパ。口を慎め」


 ヨーギは慌てて叱ったが、彼女の指摘はルワンとしては図星でもある。手厳しく言い返されてラットリーは思わずむっとしたが、これまでずっと冷遇されてきた難民たちに急に国家の危機だから我が国のために戦えと言っても、反発を受けるのはやむを得ない面はあると彼女も理解できない訳ではなかった。


「確かに虫のいい話だなって、自分でも思う」


「えっ……?」


 自分たちの側に非があるのを率直に認めてルワンが言うと、ディーパは意外そうな顔をした。彼女としては正直なところ、鼻持ちならない王族を怒らせて話を破談にしてやろうという意図もあってわざと吐いてみた挑発の科白だったのだ。


「この国は豊かに栄えているように見えるけど、貧しい民も大勢いたり、差別もあったりして解決しなければいけない問題が色々あるのも事実だと思う。かく言う私自身、今までそんなことは全然知らずに過ごしてきたのは恥ずかしい限りだけど……もし私がこの戦いに勝って王になったら、今まで父上や他の王が手をつけてこられなかったそれらの問題についても決して目を背けず、皆が幸せに暮らせる国を作れるよう努力していきたい」


 協力すればこの村を豊かにしてやる、と上から目線で恩賞を提示しているのではなく、ルワンが語っているのはもっと大きな視野における王としての志である。ディーパが虚を突かれて黙っていると、ルワンは彼女に向かって懇願するように言った。


「でも勝てなければ、そんなのも全てただ口だけの絵空事に終わってしまうんだ。だから今は力を貸してくれないだろうか。この村のためだけでなく、ナピシムの皆の未来のために」


 これには隣で聞いていたヨーギも唸ったし、藤真とラットリーも驚きを禁じ得なかった。出家の身から急遽、次の王を目指すことになってまだわずかな時間しか経っていないにも関わらず、ルワンはひとまずの王としての自分なりの考えをしっかりとまとめている。


「ナピシムの次なる王は、どうやら誠実なお人のようだな」


 ルワンの言葉に感嘆しつつ、ヨーギは深くうなずいて言った。


「よく分かり申した。この村とこの国の未来のため、我が湖賊衆はルワン殿下にお味方しよう。ディーパもそれで文句はないな?」


「まあ……しょうがないかな」


 どこか悔しさも混じったような口調でディーパが言うと、ヨーギは愉快そうに肩を揺らして笑った。


「確かにナピシムの王様や領主様には不満や恨みもあったが、それももはや過去のこと。これからの扱いを考え直していただけるならば、わしらの運命をここにおられるルワン殿下に賭けてみるのも悪くない。ゾフカールの侵略者どもをこの国から追い払うために、我が湖賊衆はぜひ協力させていただこう」


「ありがとう。ヨーギ村長」


 こうしてウィサーナ村の人々は兵力の提供を快諾した。水の上では縦横無尽の湖賊が味方となれば、ルワンを旗印とする王国再興軍は水場の多いナピシムの平野部における戦略の幅が大きく広がることになる。


「しかしまあ、実際に戦となるのはリジナスで兵を挙げられてからのこととして、今はひとまず敵から隠れられる舟を急ぎ用意せねばならんな。この水上村には村人の住居だけでも数百の舟がある。その中から王子を探し出すのはそう簡単ではないからな。見つかる心配はまずあるまいて」


 豪放に笑うヨーギの手配で、ルワンらは普段は物置に使われている小屋付きの大きな舟を貸され、その中に隠れることになった。

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