第26話 進化を呼ぶ覚悟(2)
「景佑……それと確かチェンロップ卿のご家来でござったかな?」
茂みから出てきた景佑と弓を持ったもう一人の男を鋭く睨みつけながら、藤真は相手の素性を確認して言った。彼の懐に抱き寄せられて守られていたルワンが、その記憶を肯定してうなずく。
「スワナパット……どうしてこんなことを」
スワナパット・ポーンサイはチェンロップの配下で、弓の名手として知られたナピシム人の騎士である。王家の忠臣の一人だった彼が自分を狙って矢を射てきたことに、ルワンは信じられないという思いで声を震わせる。
「おぬしら、一体何の真似でござるか!?」
声を荒らげて問い質す藤真を、景佑とスワナパットは面白がって嘲笑う。ルワンは懇願するように、ずっと信頼してきた家臣の真意を訊ねた。
「スワナパット、これはどういうことなんだ。答えてくれ!」
「我が主チェンロップ様はミズナのサムライ衆と共に決起され、パトムアクーン王朝を打倒することになされました。そしてご覧の通り、その計画は見事に成功を収めましてございます」
遠くに燃え立つ王都ラプナールの炎を片手で指し示して、スワナパットは誇らしげに語る。反乱の成功を証明するその業火を見やって、藤真は歯噛みした。
「父王メクスワン六世陛下の首級は既に我らが頂戴いたしました。イムリス平原に出陣していた三人の王子も全てゾフカール軍に討たれ、軍勢も壊滅しております」
「そんな……父上と兄上が……」
ルワンは青ざめ、立ち眩みを起こしてその場に倒れそうになった。藤真もあまりのことに言葉を失いかけるが、ここは動揺している主君の代わりに自分が目の前の者たちと対話せねばと思って何とか声を絞り出す。
「つまり謀反にござるか。不忠な」
恩を忘れたのか、と怒りを露に責めてくる藤真を片手で制して、景佑は言った。
「そう怒るなよ藤真。不忠と言えるかどうかは事情次第だろ。お前が親しくしているあのラットリーの父親は、前々から俺たちサムライのことを疎んでいた」
ジラユート宰相が以前からサムライたちの反逆に警戒し、彼らへの厚遇を考え直すべきだと国王に進言していたのは藤真も知っている。ラットリーは度々サムライの忠誠心の強さを父親に力説していたが、彼の疑念を晴らすことはなかなかできずにいた。
「それは致し方あるまい。現にこの有様では、ジラユート卿はむしろ先見の明がおありだったと讃えられるべきでござろう」
抹殺される前に先手を打ったという理屈は分からないではないが、このような暴挙に出てはかえって自分たちを危険視していたジラユートらの主張が正しかったと実証してしまうことになる。愚かな、と目を閉じて深く溜息をついた藤真を、景佑は逆に見下すように嘲り返した。
「お前は勘違いしてるみてえだが、所詮、俺たちサムライは傭兵だ。主君のために命懸けで滅私奉公していた、瑞那にいた頃の武士とは違う。例えご主人様と言えども不義理があれば遠慮なく背を向けるし、もっと高い報酬で雇ってくれる相手がいればそっちに靡く」
「なるほど。武士道などというものはとうの昔に忘れてしまったという訳でござるか。おぬしのそういう所が拙者とは合わなかったのだ」
例え傭兵でもサムライとして雇われるからには母国にいた頃と同じ武士道に則って忠義を尽くすのが当然だと考えている藤真と、サムライはあくまで傭兵であって瑞那における身分としての武士とは別物だと割り切っている景佑では根本的な職業倫理が嚙み合わない。以前から双方が感じていたその温度差が、とうとうこのような事態を招いたのだ。
「して、おぬしらをより高値で雇った新しいご主人とは何者でござるか」
チェンロップのような一貴族はあくまで表のまとめ役に過ぎない。もっと巨大な黒幕の存在を察して藤真が訊ねると、景佑は隠そうともせずあっさりと雇用主の名を答えた。
「ああ。それはこのナピシムの新たな支配者……西洋一の偉大なる英傑・ゾフカール帝国の皇帝ディミタール七世陛下さ」
「ゾフカール帝国……!」
ルワンは息を呑んだ。北からナピシムを攻め落とそうとしているゾフカールにサムライが内応してこの反乱を引き起こしたということは、開戦したばかりの対ゾフカール戦争がナピシムにとって最悪の結末を迎えたことを意味するのだ。
「俺たちサムライの夢を叶えてくれるのはパトムアクーン王朝じゃねえ。ゾフカールの皇帝とその配下のコサックだ。己の未来を考えれば当然の選択だろ?」
「夢を叶えてくれる……? 笑止。アレクジェリア大陸の者たちは、我らのような東洋人をそこまで大事には思いやってくれぬと存ずるが」
ジョレンティア人やユリアント人らがこの国でしている所業を見ても、西洋人が他の大陸の人種に抱く差別意識は強烈なものがあるとよく分かる。そのようにこちらを見下している連中に自分たちの夢など託せるものか、と藤真は思うのだが、景佑は本気でゾフカールに心酔している様子で期待に胸を高鳴らせている。
「さあどうする藤真。今ここでその王子様の首を俺たちに差し出せば仲間に入れてやってもいいが」
ルワンの方を冷ややかに見つめて、景佑は藤真を味方に勧誘した。多くのサムライがゾフカールに呼応し、国王一家の弑逆まで既に果たしてしまった現状では誘いに乗るしか生きる道はない。己の保身を考えれば、それは当然の判断に思われた。
「……分かった」
言葉を発しようとした藤真より先に、そう答えたのはルワンだった。
「私のために勝ち目のない戦いをして、犬死にしてくれとまでは流石に命じられない。私が投降すればフジザネを助けてくれるのなら、潔くそうしよう」
「おお、物分かりのいい聡明な王子様だ。主君に恵まれて命拾いしたな。藤真」
重々しくうなずき、せせら笑う景佑の元へ歩き出そうとしたルワンだったが、後ろから急に腕を引っ張られて立ち止まる。ルワンの手を握り、行くのを阻止したのは藤真だった。
「断る」
驚いたように自分の顔を見上げてくる若い主君と視線を交わして小さく微笑み、それから景佑とスワナパットの方に向き直った藤真は毅然と答えた。
「例え殿下が良いと仰せられても、大切な主君を裏切り、武士の道を踏み外して生きることなど拙者は真っ平御免にござる。この津賀蔵人藤真、命に代えてもルワン殿下をお守りいたす!」
「フジザネ……!」
彼ならそう言ってくれると信じてはいながらも、自分のために命を捨てる選択をさせるのは大切な忠臣なればこそ忍びない。そんな思いで自ら投降しようとしたルワンだったが、藤真はそれを断固拒否した。ルワンにとってはそれが嬉しくもあり、また申し訳ない気持ちにもなってしまう。
「お許し下され。ルワン殿下。拙者の身勝手な我儘にて、殿下への忠義を貫かせていただきたく」
「ありがとうフジザネ。そして……何だかごめん。でも、この状況でどうするつもり?」
「まあ、どうにかいたしまする」
自嘲にも似た不敵な笑みを浮かべて藤真が言うと、ルワンもやや困ったように肩をすくめて苦笑し、家臣の決断を了承した。
「やれやれ、そう言うと思ったぜ」
誘いを一蹴された景佑は、藤真のどこまでも真っすぐな愚直さに呆れたように両手を広げた。
「分かってるとは思うが、味方にならねえなら死んでもらうしかねえ。覚悟はいいか」
「どうだかな。命を捨てる覚悟ならいつでも出来てはいるが、かと言っておぬしらのような
ルワンの楯になるように立ちはだかりながら愛刀の清正を構えた藤真に、景佑も自分の太刀である久秀を抜いて斬りかかる。刀と刀が何度かぶつかり、押し合った両者はやがて同時に後ろへ飛び退いて間合いを取り直した。
「分かってるはずだぜ藤真。お前はどう足掻いても俺様には勝てねえってことをな」
例え人間としての刀の技量が互角でも、景佑と藤真の間には決定的な差がある。それを理解していて焦りを浮かべる藤真の前で、景佑は彼にとっては死の宣告と同義となる呪文を唱えた。
「――
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