第12話 コサックの宣戦布告(3)

 ナピシム王国領・北部国境地帯。冷たい夜風が流れるイムリスの低地平原に、無数の軍旗がはためいていた。


「王都から伝書竜が到着しました。ゾフカール帝国との交渉は先ほど決裂。彼らは我がナピシムに対し宣戦布告に及んだゆえ、敵軍は直ちに動き出すであろうとのことにございます!」


「承知した。ご苦労!」


 ラプナールの都から飛んで来た小型の飛竜が、つい一刻ほど前に王宮で行なわれた会談の結果を記した密書をナピシム軍の本陣にもたらす。古来、この地方では動物を使った連絡手段として伝書鳩が多く用いられていたが、近年ナピシムでは知能が高くて鳥よりも遥かに速く空を飛べるドラゴンを調教し、伝書竜として使役することで情報伝達にかかる時間を大幅に短縮する技術を実用化していた。


「しかし敵の陣立てを見るに、バヤーグ族の戦い方は三百年前から進歩がないと見えるな」


 国境線を踏み越えてナピシム領内へ侵入したゾフカール軍はおよそ五万。ただしその大部分はバヤーグ族を始めとする草原の騎馬遊牧民や、その更に北の寒冷地に住む狩猟民族らの部隊であり、ゾフカール直属の将兵は少ない。斥候の報告を元に描き出された戦場の鳥瞰図をじっくりと眺めながら、考えを巡らせていた国王メクスワン六世の長男アピワット・パトムアクーン王子は二人の弟に言った。


「騎兵の群れを続けざまに突進させ、我らの陣を馬蹄で蹴散らそうという算段だろう。ゾフカールのコサック部隊はわずか六千。数から言って、三万七千のバヤーグ軍が敵の主力となるのは間違いない」


「確かにビルグン汗の時代には、我らの先祖はバヤーグ族の突撃戦法に散々苦杯を嘗めさせられましたが……今となっては時代遅れの戦術でしょう。恐れるに足りませぬ」


 次男のセタウット・パトムアクーン王子が、既に勝利を確信したように兄の言葉にうなずく。総勢四万のナピシム軍の最前列は、アレクジェリア大陸から輸入した火縄銃を装備した鉄砲隊である。弓矢と投石機くらいしか飛び道具がなかった過去の戦いとは違い、敵の突撃を受ける前に蜂の巣にしてしまえるだけの火力が今のナピシムにはあるのだ。当時と同じ戦法で同じ結果が得られると考えているらしき敵の思考は、猪突猛進型の猛将と自他共に認めるセタウットでさえ時代錯誤という印象を抱かざるを得ないものであった。


「攻め寄せる敵の騎馬隊を鉄砲で薙ぎ払い、打撃を与えてからサムライたちに攻めかからせれば造作もないことでしょう。ミズナの傭兵たちは戦意も高く、既に準備万端です」


 三男のプラシット・パトムアクーン王子が楽観的にそう述べると、セタウットは急に表情を曇らせ、不満を吐き捨てるように言った。


「またサムライに先陣を譲るのか。不名誉な話だ」


 母国・瑞那の戦乱で実戦経験を積んできたサムライの強さはセタウットも認めるところだが、先陣を自国の部隊よりも外国人傭兵に任せることが多くなっている現状は生粋の武人肌な彼としては嘆かわしく思えてならない。それを特に問題だとは感じていない様子の弟に歯がゆさを覚えつつ、セタウットは言い放った。


「あの者たちに頼らずとも、我が配下の将兵たちは日頃から厳しく鍛え上げてある。バヤーグ族の騎馬軍団とも存分に渡り合えるはずだ」


「されど兄上、北方の蛮族との戦いで敢えて殊更にナピシム人の血を流すこともございますまい。サムライたちは勇猛で戦功に飢えておりますゆえ、彼らに先鋒を任せることは双方の利害の一致となります」


「その他人任せの根性がよろしくないと申しておるのだ」


 セタウットが苛立ち、議論が白熱しそうになったのを見た総大将のアピワットは弟たちをたしなめるように口を挟んだ。


「セタウットの申すことももっともだが、今は何より勝利を優先すべき時だ。それよりも、気がかりなのはバヤーグ軍の後方に陣取っているコサックの動向だな」


 地図の一点を指しながら、アピワットは警戒を促すように弟たちに言った。数が少ないのは前述の通りとは言え、コサックがどんな戦い方をしてくるかについてはナピシム人の誰もまだはっきりとは知らない。


「ユリアントから来た宣教師の話によれば、元々コサックとはゾフカール帝国の没落貴族や落人おちうどなどが徒党を組み、武器を取って略奪や傭兵稼業をするようになったものとのこと。騎兵と銃火器の強さは卓越しているらしく、寡兵とは申せ油断はなりますまい」


 プラシットはそう言って気を引き締めた。数では圧倒的に勝るバヤーグ族の兵たちが、彼らに手駒として使われているというこの戦場の構図はコサックの強さを雄弁に物語るものであろう。ラハブジェリア大陸の北部の広い範囲を既に征服している彼らの実力は、やはり侮るべきではないと思われた。


「ならば、私に考えがある」


 沈黙を破ったのは、自信満々でそう言ったセタウットであった。


「戦場の東に広がるこのハムカの森林には秘密の抜け道がある。まずはサムライたちを敵軍の正面にぶつけ、注意を引きつけている間に私の隊がその道を通ってコサックどもの側面に回り奴らに奇襲を仕掛けるのだ。異国から来た敵はこの辺り一帯の地理には暗く、まさかあの鬱蒼と生い茂る密林を兵が乗り越えてくるなどとは夢にも思うまい」


「面白い策だ。良かろう」


 しばし瞑目して考えたアピワットは、弟が提案した奇策を承認することにした。突撃してくる敵兵を平原での戦闘で喰い止めつつ、頃合いを見て森から飛び出した伏兵が敵の側面に不意打ちの一撃を浴びせる。これならば傭兵を上手く利用して自国の兵の損害を最小限に抑えると同時に、華々しく勝敗を決する役割を演じるナピシム軍の名誉も保たれるだろう。


「正面と側面から挟み撃ちにし、存分に討ち取ってくれよう。セタウットよ。日の出と同時に行軍を開始できるよう、直ちに準備にかかれ」


「心得ました。兄上」


 宣戦布告がなされた以上、敵軍は間もなく動き出すことだろう。明朝からの決戦を見込んで、ナピシム軍は敵よりも一足先に臨戦態勢に入った。

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