7.仲間
間に合った。
起きたのが、十二時過ぎ。
お母さんは、何度も起こしたと云うが、全く聞こえなかった。
慌てて、アックス龍河店へ向かった。
ちょうど、十二時半だ。
入荷口の通用ドアから、バックヤードへ入ろうとした。
すると、副店長に呼び止められた。
退勤した後は、来店客として店内に入るのは構わない。
しかし、バックヤードへ入る時は、責任者の許可が必要だ。
弘は、副店長に忘れ物を取りに来た、と噓を吐いた。
今後、ちゃんと許可を得るように、注意を受けた。
当然と云えば当然だ。
「承知いたしました」
と返事をして、バックヤードへ入った。
忘れ物を理由にしたからには、ロッカーへ向かわなければならない。
ちょうど、ロッカーから喫煙室はすぐ近くだ。
また、咎められれば、一本、煙草を喫ってから帰る。
と言い訳を用意した。
喫煙室へ入ると、ドライ主任が煙草を喫っていた。
実を云うと、ドライ部門には借りがある。
早朝に、ディリー品が入荷する。
乳製品や日配品だ。
夜間部が、その入荷の品出しする。
しかし、夜間部は、日勤のドライと違って、レジも守備範囲だ。
早朝の来店客の、レジも担当している。
どちらの作業も重要だ。
ドライ主任が、チェッカー主任に交渉して、早朝のレジ担当を確保した。
だから、夜間部は、ディリーの品出しに専念出来るのだ。
ただ、ちょっと疑えば、ドライ主任の陰謀だ。
ディリーの品出しを夜間部が遅延すれば、ドライ部が、品出しをせざるを得ない。
つまり、ドライ主任が、ディリーの品出しを逃げたのだ。
「お疲れさまです」
ドライ主任が、弘に挨拶した。
「ああ。お疲れさまです」
弘は、横柄に挨拶を返して、煙草に火を点けた。
やはり、ドライ主任が嫌な顔をしないのには、夜間部に弱みがあるからだ。
すぐに、ドライ主任は、トランシーバーで呼び出された。
ドライ主任は、慌てて煙草の火を消した。
「失礼しました」
と云って、急いで喫煙室から出て行った。
待ってました。
「おはようございます」
峰岡が、喫煙室に入って来た。
「ああ、おはようございます」
弘は、挨拶を返した。
「実は…」
峰岡が、煙草に火を点けて、すぐ、弘に相談を始めた。
大学の同じ学術探検部で、親しかった沢井が殺害された。
遺体は硯川で発見された。
また、学術探検部の板井先輩が、龍河洞の学術調査の初日に、行方不明になった。
二ヶ月後、硯川で遺体が発見された。
沢井の場合は、殺人事件と断定された。
しかし、板井先輩の場合は、事件、事故の両面で捜査していた。
そして、殺人事件の可能性が濃厚になった。
学術探検部員の多くは、萎えてしまった。
龍河洞の学術調査に参加した部長の中橋先輩と、副部長の小川先輩は、部室どころか、大学にさえ来ていない。
勿論、二人は、単位も卒業出来る状況だし、就職も決まっている。
だから、大学へも来ていないのかもしれない。
それにしても、無責任だ。
残っている二つの学術探検と、卒業探検の準備を放置したままだ。
今、部活をなんとか回しているのは、大山先輩だ。
大山先輩も、卒業出来る単位を取っている。
就職も、龍河水産加工株式会社に決まっている。
硯川は、希少な、天然うなぎの生息地だ。
龍河水産は、シラスウナギからの養殖に参入している。
実を云うと、峰岡も同じ会社に内定している。
沢井も板井先輩も、硯川で亡くなっている。
だからなのか、沢井と板井先輩の事件に興味を持っている。
学術探検部の学術探検準備もしている。
更に、事件を調べようとしている。
峰岡は、龍河洞学術調査に参加していた。
その際、大山先輩と同じ班だった。
大山先輩の手助けをしたい。
そう思ったそうだ。
だから、峰岡も、二つの事件を調査しようと思っている。
ただ、問題がある。
大学卒業のための単位は、ほぼ取っている。
後は、ゼミの出席だけだ。
ゼミは、週に三日、三限ある。
水、木、金曜日の三日だ。
卒業に必要な単位の講義も、ゼミのある水、木曜日に設定している。
だから、土曜日から翌週の火曜日まで、アルバイトをしている。
家庭の事情もあって、授業料、部活費をアルバイトで賄っている。
高校二年から、ずっとコンビニで、アルバイトをしていた。
アックスの募集を見て、時給が全然違う事を知った。
それで、アックスでアルバイトを始めたそうだ。
成程。
時給が良いから、アックスでアルバイトをしているのだ。
ただ、日中、アルバイトをしている。
アルバイトの無い日は、授業に出席している。
だから、事件の調べようが無い。
必勝。
「ちょうど良かった。夜間勤務に変更せえへんか」
弘は、満面の笑顔で、夜間部に誘った。
夜勤の時給には、深夜手当が加算される。
二十三時から翌日四時までは、時給の二割五分の深夜割増が加算される。
更に、四時から七時までは、時給に百円加算される。
勤務する曜日と時間の調整には、弘が相談に乗る。
そうすれば、丸一日、休日にしても日勤よりも稼げる。
その一日を事件の調査に、充てれば良い。
また、慣れれば、夕方からアルバイトへ出勤出来るまでの時間に、起きられるようになる。
つまり、睡眠時間に合わせた、生活習慣を確立出来る。
筈だ。
弘は、今までに無い熱量を持って説得した。
何故だろう。
すると、峰岡が、不思議そうに尋ねた。
「なんで、そんなに私を夜勤に、誘うんですか」
弘は迷わなかった。
「そら、峰岡さんが、硯川の事件を解決する、手助けをしたいんや」
そう、熱意を持って応えた。
「事件の、情報を知りたいから、私を夜勤に誘うんですか」
峰岡が、少し不満そうに尋ねた。
「勿論。そうや」
弘は、正直に応えた。
峰岡さんは、就職が決まっている。
どうせ、峰岡は、大学を卒業すれば、アックスを辞める。
それなら、アルバイトをしながら、今、興味のある事をすれば良い。
アルバイトは、現在の状況の、穴埋めの筈だ。
実際、時給が良かったから、コンビニから、アックスへ移って、アルバイトをしている。
だから、持ちつ持たれつだ。
弘は、硯川の事件に、興味を持っている。
峰岡も、硯川の事件を調べようとしている。
実は、弘もアルバイトでアックスに勤務している。
興味のある事に、行動出来る時間は、限られている。
弘の今、実際に興味のある事は、硯川の事件だ。
だから、直接的に関係に関係のある、峰岡を夜勤に引き込んで、自分なりに調査したい。
と、本心を説明した。
すると、峰岡は、、何となく、納得したようだ。
そして。
「何で、そんなに、硯川の事件に興味があるんですか」
不思議そうに尋ねた。
「板井君。板井君の遺体を発見したんは、儂なんや」
弘は、答えた。
本当は、千景なのだが。
朴落葉の杣道 真島 タカシ @mashima-t
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