2.仮説
「シンゴ。終わったかや」
中岡刑事が、才谷刑事に声を掛けた。
中岡慎也は、龍河西警察署、刑事課の刑事だ。
栗林市在住の秋山弘、景子、千景から事情聴取をしていた。
勿論、硯川で発見された死体の、発見した経緯を聴取した。
特に不審な事がない。
聴取はすぐに終了した。
ただ、話しが長くなった。
秋山が尋ねるのだ。
秋山は、何でも屋と、スーパーに勤めている。
何でも屋が本業で、スーパーは副業だそうだ。
スーパーの店長に新店舗を見て来てくれと頼まれたそうだ。
秋山が、中岡刑事に、アックスを知っているか。と尋ねる。
中岡刑事は、知っていると答えた。
そして、行った事があるか。と尋ねた。
行った事があると答えた。
すると、話しが長くなった。
昼間に行った事があるか。
夜間に行った事があるか。
不満は無かったか。
と矢継早に尋ねる。
中岡刑事は、昼間も夜も行った事があると答えた。
更に、秋山が、品揃えは充分か。と尋ねる。
それは、分からないと答えた。
どの様な状態が、整っていると云えるのか分からない。と答えた。
どうやら、秋山は、店長の指示に対して、忠実に調査しようとしているようだ。
いや、そう見える。
しかし、どうも、違う意図があるように思える。
中岡刑事は、自身で確認する様に意見した。
もう、そろそろ、付き合い切れなくなった。
秋山が、まだ、物足りない表情をしている。
中岡刑事は、秋山から離れて、才谷刑事の方へ向かった。
「終わっちゅう」
才谷刑事が応えた。
才谷辰午は、中岡刑事と同じく龍河西警察署、刑事課の刑事だ。
才谷刑事と、中岡刑事は、いつも一緒に捜査に当たっている。
所謂、相棒なのだ。
中岡刑事の方が、年齢は一歳上の先輩だ。
しかし、中岡刑事の階級は「巡査」で、才谷刑事は「巡査長」だ。
大した違いはないのだが、警察組織も階級社会だ。
しかし、この二人は、年齢、階級に拘らず、対等な関係を維持している。
才谷刑事は、鑑識課員に付いて、遺体の状況を確認していた。
着衣、所持品から、二ヶ月前に龍河洞で行方不明になった、沢井駿斗だろうとの事だ。
死因に付いては、後頭部の打撲傷が致命傷になった可能性が高い。
溺死ではなさそうだ。
事件性があるか否かは、司法解剖の結果を待つ他ない。
才谷刑事は、龍河大学、探検部員の行方不明になった事件に、関心を持っていた。
行方不明になった沢井は、中橋、小川との三人の班にいた。
中橋班は、西洞の北奥を重点的に調査していた。
一日目を終えた時点で、沢井が行方不明になっていた事に気付いた。
学術調査中、休憩のため、いくつかの大学の探検部員が、何人も洞から出て来た。
ただし、一班、三人が一緒に出て来る。
一人で出て来る事は無かった。
また、調査に入る時も三人で入洞している。
中橋班は、一度も洞から出ていない。
だから、沢井一人が、洞から出て行った可能性は低い。
また、龍河洞の入口には、何人もの受付、案内人が居た。
当日は、観光コースだけの受付だった。
それでも、多くの人が出入りしていた。
沢井が、もし、一人で洞から出たとしても、中橋、小川は気付くだろう。
だから、可能性は低い。
つまり、西洞の奥で、何等かの理由があって、沢井は行方不明になった。
沢井は、洞から出て居ない。
と、なると、今度は、どうやって洞を出て、硯川で遺体として発見されたのか。
例えば、沢井が西洞の奥で、地底湖を発見した。
足を滑らせて、地底湖へ落ちた。
地底湖は、硯川へ繋がっていて、硯川へ流れ着いた。
しかし、もし、地底湖に落ちたとしても、声くらいは出すだろう。
班の他の二人が気付かない訳がない。
更に、沢井は、水泳が得意だった。
これは、沢井に限らず、学術探検部員全員は、探検装備のまま、泳ぐ事が出来る。
だから、溺死する筈がない。
実際に、鑑識課員の見解によると、沢井は溺死ではない。
死因は、後頭部の打撲傷らしい。
勿論、西洞の奥には、大小、様々な鍾乳石が、上からも下からも突き出ている。
だから、鍾乳石に後頭部を打ち付けた可能性もある。
しかし、当時、警察も捜索に当たった。
洞内で痕跡を調べたが、発見出来なかった。
仮説ばかり、謎ばかり。では仕方ない。
しかも、西洞の奥にあるとされる、地底湖も発見されていない。
捜査の基本。
もう、足で稼ぐしかない。
「事件、事故の両面で、調べてみようかにゃあ」
中浜課長が云った。
中浜萬路は、龍河西警察署、刑事課の刑事課長、階級は「警部」。叩き上げだ。
そして、中岡刑事と才谷刑事の上司だ。
中浜課長の指示で、中岡刑事と才谷刑事は、龍河大学の学術探検部員から再度、聴取を実施する事になった。
しかし、もう一つ、気になる事がある。
今、龍河西警察署に「龍河大学生硯川殺人事件捜査本部」が、立っている。
もう、十ヶ月経っている。
捜査は続いている。
龍河西警察署の刑事、近藤湧と土方俊光が充っている。
近藤刑事と土方刑事は、これも所謂、相棒だ。
二人と中岡刑事、才谷刑事とは、反りが合わない。訳ではない。
ただ、意見が合わないだけだ。
「ああ。お世話になりました」
中岡刑事は、声を掛けられた。
秋山一家が、今から栗林市へ帰るようだ。
秋山家の主人が、ぎこちなく挨拶をしている。
中岡刑事が、挨拶を返した。
何か思い出したら、連絡してください。と中岡刑事が云った。
「分かりました」
秋山が頷いた。
そして、才谷刑事の方を見て、名前を尋ねた。
才谷刑事が答えた。
秋山は、どういう神経をしているのか。「シンゴ」とは、どう書くのかと尋ねる。
中岡刑事が「シンゴ」と声を掛けていたからだ。
中岡との話しの中で、「才谷」という名字が聞こえたのかもしれない。
才谷刑事は、「辰午」だと教えた。
すると。
秋山が、長々と名前の由来を尋ねだした。
確かに、「シンゴ」を「辰午」と書くのは珍しいかもしれない。
たまに、聞かれる事もあるのだが。
初対面で聞かれたのは、初めてだ。
秋山は、「ああ。成程」と云った。
一体、何を納得したのか。
答えは、すぐに分かった。
秋山が喋り始めた。
才谷と聞いて、梅太郎を思い出した。
才谷梅太郎といっても、飲食店ではない。
「才谷梅太郎」は、当県の有名人の偽名だ。
それに「辰」は、竜。
「午」は、馬。
に、あやかろうと、したのだろうと云った。
才谷刑事は、考えた事も無かった。
と答えた。
しかし、才谷刑事も、成程と思った。
名前の由来を両親から、聞いた事が無かった。
秋山が、もし判ったら、今度、教えて欲しいと云った。
何故、そんなに興味を持ったのか解らない。
才谷刑事も、分かったと応えた。
秋山一家は、皆、飄々と山道を下りて行った。
しかし、今度。といっても、再会するかどうかは、分からない。
秋山は、そんな事を気にしていないようだ。
才谷刑事は。ぼんやりと、立ち去る秋山一家を見送っていた。
「おい。行くぜよ」
中岡刑事が呼び掛けた。
仕方ない。
足で、稼ぎに行くか。
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