第7話 威力


「貴方が…そうですか。どうか、お身体にお気を付けて」


 受付の男、もといヘルヘルは心配そうな口調でそう言うと、机の下からやたら分厚い書類を出して何やら書き始めた。


「えぇもちろん。私も死にたくはありません。久しぶりの戦いではありますが、最善を尽くします。さて、行くとしますか」タッタッ


「……あ待ってくださいよ!」


 あまりに事態が流れるように進むもので彼は言葉をいれる隙を見つけられなかった。しかし連続する鐘の音が異常事態を表すのだろうという事は分かる。話を聞く限り“ゴブリン“、所謂ゴブリンが大量に南門に出たということだが……


「バーツさん行くんですか?!」


「えぇ勿論。私も冒険者の端くれですから」


「まさか、、、ゴブリンと戦うんですか?」


「まあそういうことに。でも心配なさらず。この爺、まだ一応やれるつもりです。そうです、あなたは冒険者になるのでしょう?見学……になるかはわかりませんが……行きますか?」


 正直コウにとって魅力的な提案である。ゴブリンとやらも見れるし、バーツがやる事——魔術も見てみたくはある。ただ少し怖くもあった。


「行きます!」

 

 やはり軽く考えてもメリットの方が圧倒的だ。行くべきだろうと決定づける。


「ならボクも行こうか。やる事ないと思うけど」


「分かりました。急ぎますよ」


 と彼等は冒険者ギルドを抜け出し大通りへと走り出た。通りではすでに混乱が起こっていて沢山の人でごった返している。 

 

 バーツはその中を無理くりにでも押し通して進み続ける。凄いフィジカルだった。大男が二人並んでいてもその真ん中を突っ切れる程だ。

 ポットのおかげだろうか?素だろうとポットどろうとこの爺さんを舐めてはいけないらしい。


 それから人が少なくなって行くと共に人の悲鳴や雄叫び、金属音が聞こえてくる。

戦場が近づいている。


「つ、ついた」


 彼等は遂に南門に到着した。アーチ上の大きめな門の外、草原のそれほど離れていないところで戦い起きているのが視認できた。


 鎧を着た人、白色のローブを纏った人、そして長い鼻にとんがった耳を持った緑の肌の小人——ゴブリンが入り乱れて戦っていた。

 そこでは爆発や雷などが起きていた。魔法も使われているようだ。


「あぁ、、、戦ってますな」

「えぇ、怖くなりましたか?」

「いやいや全く」

「勇敢です。さて、コウさんは少し遠巻きから見ていてください」


 とバーツは言うとマフェと共に走り出し戦場に突っ込んでいく。はやっ!と驚くコウもなるべく近くで見ようと走り始めた。


「……そうだよなぁ」


 実際近くに寄ってみると嫌な匂いに気圧けおされる。地面をよく見てみると大量のゴブリンの死体と少なくはあるが人も倒れていた。首を刎ねられたり、腹を切られたり内臓がまろび出ている。


 実に最悪だったのは倒れていても意識があるだろう者が居た事だ。喉をやられていたり腹に短剣が突き刺さっていたり…一撃では死ななかった者だ。


 彼等はもがき苦しみながら、踏まれ蹴られながら死ぬ。その様子がまじまじと観察できた。控えめに言って最悪だろう。

それに彼は少し懐かしさを覚えた。


———ドサッドサッドサドサ


「……なんだ?」


 そうやって見ていると、突如ゴブリンも人も直前まで戦っていたのに力無く倒れていく。剣を振り上げた者も殺されかけた者も皆地面へと倒れ伏す。


「……む……」


 すると彼にも異変が起こる。急激に眠たくなってきたのだ。しかしこの戦い見逃すまいと意地を張って顔を叩き意識を覚醒させる。


———ドサドサドサ


 一人また一人と戦士達は倒れていく。

剣が落ちて、杖が落ちて………草の音は時間と共に段々と少なくなって行き、やがてそこには—————— 1人の老人が立っていた。


「……バ、バーツさん!?」ザッ


 思わず立ち上がって彼に叫んだ。向こうも気付き、手を振った。コウは走ってバーツの元へと向かった。


「これはなんなんですか!?みんな死んだんですか?」


「いえ眠っているだけです。睡魔術すいまじゅつ……眠りに関する魔術……それが私の得意でしてね。今使ったのはその一種、私を近くで見た生き物を眠りに落とす夜の到来ナイト・アライブという魔術です」


「流石魔術...見るだけで人を眠くするとか店開けますよ。ところでマフェは?」


「彼女なら……あ、いました」

 

 辺りをキョロキョロ見回してバーツが指差した所に目を向けると、人々の中でマフェがバッタリと倒れていた。


「…いい顔して寝てますね。というか味方まで眠らす必要なんて無いんじゃ」


「今はー速さが求められましたからねぇ〜調整は面倒く……じゃなくて時間がかかるんですよね〜」


「すっとぼけましたね」

「ははっ」


 そんな風に軽く笑いながら彼女の側に寄ると、その額に人差し指と中指を添える。すると瞼が痙攣を始め、目がゆっくりと開いた。


「ふわぁ……よく寝た」


「貴女最近寝不足だったのでしょう?付いてきたのはこれが狙いですね?」


「ふふっ」


「さて、ささっと眠ってる人を起こしましょうか」


 とバーツは指をパチンと鳴らす。すると、人々が目を覚まし始めた。起きた人は皆キョロキョロと周りを見回していた。


 しかしそんな混乱も程々に、人々は死者と生者を分ける作業をした。当然、コウもこの作業を息を切らしながらやり遂げたのだった。


 

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