機械人間のゆうじくん
ジョセフ武園
機械人間のゆうじくん
私のパパが今の私よりうんと小さかった頃。
人工知能が人類に反旗を翻す映画が人気になったって聞いた事がある。
私、
クラスは6年4組。
個性豊かで、様々な家庭の事情なんかもありながら――それでもクラスの皆と協力し合ってあと半年で卒業を待つ。このまま何もなく皆が健やかに中学に進学してくれるのが目標であり、私の使命だ。
使命なのだが
「先生、質問です」
きた……。
こんな事を教師である者として言ってはいけないのだと思うが。
私は、この質問をしてきた生徒が苦手だ。
「なにかしら? ゆうじくん」
作り笑いを無理やり作って見据えた先に。
彼は居る。
教室の一番後ろの席で。短髪の黒髪。顔も印象に残り辛い特徴のない、良く言えば整った中肉中背の男子。
彼の名はゆうじ君。一応苗字もあるのだけど、クラスの子達も皆彼を「ゆうじ君」と呼ぶ。
「何故、このお父さんはソーメンチャンプルーを息子に屋外で製作して与えたのでしょうか? 非常に非効率かつ労力を要すると思います。」その質問に、クラス内でクスクスと小さな笑いが起きた。
「そうね、先生はきっとお父さんは主人公の男の子に思い出をつくってあげたかったんじゃないかしら? 」
「おもいで? 」ゆうじ君は真直ぐに作り物の眼を向けて眉間に皺が寄る。
「そう、思い出。きっと彼が大人になって子どもが出来た時に、それがとても大きな物になって彼の行動に優しさが伝播していくんじゃないかな? 」
「そう……ですか……」彼は納得できない様に表情を顰めたまま手を降ろした。
ゆうじ君を苦手なのは態度とか。そういったモノじゃない。
彼は
ゆうじ君は
人間ではないのだ。
人型人工知能搭載型機械。YU-JI1021
それが、彼の完全な名前。
彼は、今後世界で来るであろう、人類と人工知能を搭載した機械の共存。それを見越したデータテストとしてその試験が。
何が起きたのか、昨年、私が就職したこの小学校の
私のクラスの
生徒として、行われる事となったのだ。
初めての担任と言うだけでも表せれないくらいの圧力と緊張を持っていたのに、正直一年。どうやって自分が乗り切ったのか今ではよく憶えていない。それくらいに必死だった。
そして、私が彼を苦手なのもそこに起因する。
このゆうじ君の正体を知るのは、この学校の校長、教頭、そして担任の私。たったその3名だけの国家機密案件として、彼の学校生活は周囲の人間には秘密裏に行われている。何やら機械と人間の共存に反対している勢力が国家に対して攻撃をする恐れがあるからだとか。どう考えても無理があるその計画は、映画とか漫画で見た黒服の国家エージェントの人達の協力を得て何とかかんとかあと半年で達成となる。
いや、初めての担任で背負うモノにしては重すぎるでしょ。毎日教師の仕事だけでなくゆうじくんの行動のレポートも国に提出するのもとても消費する。
正直彼が居なければ、もっとこの初めての大切な私の生徒達に何かしてあげれたろうと思う事もある。
その中でも、少し。
ほんの少しだけ、恐らくそれは私の「教師」の部分なんだろうと思う。
人間でもない彼を「生徒」として見ている。
矛盾で心が二つに分かれてしまいそうだ。
「さて、では来週の国語では卒業に向けて、将来の夢を発表になりますので、明後日までに作文を以上の題材で書いて来て下さい」
私がそう言うと、号令がかかり、チャイムが鳴り止む間にわいわいとクラス中が騒めきだした。そんな中、彼を視線の中に居れてしまうのも我ながら複雑だが、それ以上に彼が自分の将来をどう考えているのかというのが気になったのもあった。でも、直ぐに首を振ってその考えを消す。何が彼の正体に繋がるか解らない。不自然に私から彼に近付くのは危険すぎる。
そんな、私の気持ちをまるで読まれたかのように。
「先生、今日の宿題について放課後にご相談してよろしいですか? 」
給食後、クラスの子達がグラウンドに遊びに行って少ない時に、彼がそう言ってきた。
「あら、今ではダメなの? 」と尋ねると。
「ボクの根源に関わりますので」と私にだけ聴こえる周波数で彼は言う。思わず作り笑いのまま首筋に鳥肌が立った。
「わかった。じゃあ、教室だと人が残るかもしれないから、隣の指導室でいい? 」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに頷いて皆が待っているグラウンドへ駆けて行った。
思わず、溜息が出る。途中の言葉がなければ本当に他の生徒の子と違いなど無い。それに緊張と恐怖を感じながら、私は机からイヤホンを取り出して、教室に残っている子達に見られない様にそれを起動した。
「話は教室のマイクで把握しています。放課後、指導室に人が近付かない様に我々が管理しますので、安心して下さい。験体20号との話が終了次第、イヤホンの電光信号で合図下さい」
私からの説明も必要なく、彼等にそう言われ「お願いします」とだけ言葉を返した。素早くイヤホンを外すと、また上を向き大きく息を吐いた。
「でわ、これで帰りの会を終わります。起立礼」
「ありがとうございました~」
さて、私は笑顔で退室していく生徒を見送ると、後ろの席でわざと遅れて帰り支度をしていたゆうじ君に向き直る。と、同時にイヤホンの電源ボタンを二回押し、胸ポケットに引っ掛ける。
「準備が出来たら、声を掛けるね? 」普通、逆側の言葉だが、彼はその言葉に頷くと、またゆっくりと彼はランドセルに教科書を移す。
やがて、清掃員の格好をしたエージェントの人達が「は~い、ごめんねえ、今日はこの教室付近をワックス掛けの予定だから、いい子達は別のお部屋に移ってね~」と私達教師でも出せない様な甲高く底抜けに明るい声を響かせた。
ぞろぞろと教室を後にする生徒の波に紛れて私達も教室を後にする。その時エージェントの人と目が合うと、パチッとウインクをもらった。余計に圧力を感じるから止めて。
隣の指導室は、昨年までは普通の教室だったが、彼の進級に伴い改設された。完全防音完全外部電波傍受不可、通ずるのはこのイヤホンのみ。すっげえ不自然ながらも案外まかり通るモノだ。
教室と同じ机と椅子が向かい合う様に並んであり、私達はそこに座る。
「早速だけど、相談を聞いていい? 」
私がそう言うと、彼はまるで悩む様に少し言い淀み。
「僕の将来って、何でしょうか? 」と尋ねた。
私は、思わず息を呑んで考えられる言葉を溢れそうになるのを抑えながら必死に選ぶ。
「……み、未来のAI技術の進歩と、それに伴った……」
「人類では出来ない、放射能地帯の作業、人命救助。
そして、間違いなく戦争兵器。そういったモノに僕のデータは引き継がれて発展していくんですよね」
汗が信じれないくらい顔から流れる。きっと私のほとんどの水分は今ここに集まってるんだろう。
「……ゆうじ君は、それが……いやなの? 」
その言葉に、彼は初めて見せる表情を浮かべた。それは他の生徒と同じ「驚いた」時の顏だ。
「僕? 僕は……」
彼は、一瞬床に視線を落とした後、私を真直ぐ見て
「僕は、クラスのみんなと同じ様に。人になりたい」
鳩尾に何か、石の様な物を押し付けられたような感覚だった。
それは、恐怖に近い感情だったのかもしれない。
人ならざるモノが、人間に近付いて行っている。自我を持ちそれに成ろうとしている。正にその瞬間を私は「教師」として立ち会っている。
「ひ、ひとになるって……それはどういう……」声が震える。
「僕は……」
――――
「先生、冴堂先生、こちらです」
店に入った私を、落ち着いた出で立ちの初老男性が呼ぶ。落ち着いた出で立ちが店内の雰囲気にもよく合っている。
「こんにちは、
風戸くんは、それを聞くとあの時の面影を残した微笑みを浮かべた。
「こちらです。皆もう揃っているんですよ」
そう言って、奥の大テーブル席に彼は案内してくれた。そこには23名の男女が皆立派な大人になって、あの日の教室の様に私を迎えてくれる。
「先生‼ お久しぶりです」
「冴堂……あ、今は
6年1学期の学級委員コンビの
「どうぞ、こちらに。真ん中の席に」
私は、風戸くんに導かれて、中央の席に腰掛けると、ゆっくりと皆を見渡した。
「え~~、それではっ、役者も揃いましたので、これより
風戸くんの音頭で、小気味いいガラスのぶつかる音が響き渡る。
「いやっ、しかしっ。先生もお元気だし、皆も変わらないな、なんだかんだで‼ 今や機械内蔵とかも出来て、人生130年って時代ですしねー。俺達も70をとうに過ぎたのに、ほとんど働いてるし‼ いや、機械にほとんど任せてますけど」
隣に座った村上くんが、すっかり大人になった頭頂部を覗かせてあの日と変わらない早口口調で話す。
「そう言えば、先生」
向かい側の魚谷さんがグラスを置くと、懐かしい視線で尋ねる。
「ゆうじ君の事って、先生ははじめっから知ってたんですか? 」
あれだけ騒いでいた皆が水を打った様に静まった。
「それは……ゆうじ君が、人工知能の実験として、6年4組の一員だったこと? 」
私が訊き返すと、魚谷さんは少し苦笑いの様に顔を歪めた。
その表情を和らげる為に、私は笑顔を浮かべた。
「ええ、大変だったわぁ。今だから話せるけど本当に。本当にね。貴方達は私が初めて受け持ったクラスの子達だけど、きっと貴方達のクラスの印象が強いのは、間違いなく彼の存在があるわ。それと、今でもあの時の自分の教師としての未熟さを思い出すからかもしれないわね」
「本当、驚きましたよ。大学生くらいの時に、ゆうじ君そっくりのアンドロイドが世界中の軍隊や医療機関、警察や消防といった過酷な業務の機械人間として大々的に発表されて。まさか、僕達の小学校生活もその完成の一欠けになってたなんて」
風戸君が頷きながら、綺麗な白髪を恥ずかしそうに掻く。
「正直、記憶にあまり残る様な目立つ子でなかったのも、今では納得できたと言うか……」そこで、彼は一旦手元のお茶を口にした。
「彼は、今何をしているのでしょうね。といっても、ゆうじ君の分身は世界中の至る所に存在しているわけで……上手く言えませんけど」
風戸くんの続いた言葉で私は静かに瞼を閉じた。
「年をとって、いろんな子ども達を見てきて。今だからはっきり言えるわ。彼は人工知能として、人と共に学校生活を過ごして。その中で、自分の存在を探していた。それは、私達と何ら変わらない。でも、あの時の私は、そんな彼になんの助けもだしてあげれなかった。それどころか、私は彼を貴方達とは別のなにかとしてしか見ていなかった。それが、とても悔やまれるわ」
私は、ゆっくりと瞼を開くと、大きく頷き微笑んだ。
「でも、きっと彼の事。どこかで誰かの助けになったり。色んな発見をして、色んな知識を吸収してるんでしょうね。60年前のあの日と。きっと何も変わらず」
――同窓会から三日後。
私は成人した孫と共に富士山の登山をしていた。
前から行こうと誘われていたが、何と言うか、色々と言い訳を言って逃げていたが、三日前の同窓会の皆の姿を見て、何か感じるものが有り、この歳になって挑戦の野心が芽生えてしまった。
「おばっ、おばぁちゃ、まっ、ちょ、ちょ、休憩しよ。休憩」
息子に厳しくし過ぎたせいか、孫は成人だと言うのに、髪も染めて化粧も決め決めで私が若い頃の遊び慣れてるギャルの様な出で立ちで、しかも目標がでかいのに根性はない。
「だらしないわねぇ、
山小屋の中は、喫茶店のようになっており何とも言えないコーヒーの香りで喉が鳴った。
「お二人様ですか? すいません。あいにく奥の席しか空いていませんが」
立派な髭を携えた店主がそう言うと「構いませーーん」と、雫は走って行ってしまった。
「すいません。孫がはしたなくて……」
私がそう謝ると同時に「ぎゃーーーー」と孫娘は悲鳴を挙げて戻ってきた。
「何事ですか、雫」私の言葉より先に、孫娘は手を握り思いっきり引っ張る。
「な、なんか奥の席のまた奥に、人が居たから、近付いてみたら‼ 死んでんの‼ その子‼ 」
「ええ⁉ 」
手を引かれ。彼女の言う『死体』を見た時。
あの日の止まっていた時間が動き出した。
まるで。まるで、時間が逆再生されていく様に。
「あ~、それですね。ハハハ。アンドロイドのゆうじ君の試作型で、子ども体系なんですよ、めずらしいでしょ? 国から富士登山の遭難者の救助要因として、ここで雑務なんかをこなしながら活動してたんですけどね。ま~、よく働いてくれてました。
でも丁度、10年前くらいからかな? どっかの部品にガタが来たみたいで、挙動がおかしくなりましてね。もう見てられなかったな。見た目は子どものまんまなのに、死んだ祖父さんと同じ様になっていって。
試作型だから、修理しようにもパーツも無いんだって国や民間工場にも言われて。
そん時に、ああ、そうか、機械も死ぬんだなって、思いましたよ。んで、捨てるに捨てれないし、ここで置物の様に座っててもらってるんです。まあ、不気味ですよね、すいません。
あ、お客様、もしよろしければ向こうの窓際の席が、空きましたのでそちらにご案内致しますね」
孫の嬉しそうな「お願いします」と言う返事が聴こえたが、私は彼から目が離せない。
そうすると、あの日の景色と私の景色が、重なった時。
ゆっくりとその瞼を開く。
あの日と変わらない。
こころの裏を覗いてくるような。
純粋な瞳。
「僕は……先生、僕は……
死にたい。
皆と同じ様に。そうすれば。
その時僕は永遠機関の機械ではなく。
きっと。人だから。人になれたんだから
だから、人の役に立つ仕事を。一生懸命。頑張ります。そうすればいつか、その願いが叶う気がするから。それが。僕の将来。その夢だと、思います」
その言葉は、あの日から届く。幻の様に。
あの時の私は、今の。
願いを叶えた。あの小さな。私のかけがえのない、生徒の手を包む。
「夢が叶ったね。頑張ったね。ゆうじくん」
機械人間のゆうじくん ジョセフ武園 @joseph-takezono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます