第32話:誘う玲奈

【◇現実世界side◇】

***


 一日の授業が終わった。

 影裏さんとは、学校近くのファミレスで待ち合わせする約束をした。


 ホームルームが終わると、彼女はチラッと俺に目配せをして、先に教室を出て行った。


 なんとなく秘密の逢瀬おうせみたいでドキドキするな。

 俺もカバンを肩にかけて、教室を出た。


時任ときとう君」


 玄関口に向かって廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。

 八奈出さんだ。気になっていたことが自然と口から出た。


「イラスト描いてる?」

「はい。もうすぐ一枚完成します」

「へぇ、そっか。ぜひ見てみたいな」

「恥ずかしいけど、もちろん時任君には最初に見せますね」

「俺が最初じゃなくていいよ。オプチャにアップしたら、みんな同時に見れるし」

「いいえ、最初に時任君に見せます。私が改めて絵を描く気になったのは時任君のおかげですから。その後にオープンチャットにアップします。最初に時任君に見せます。」


 俺に最初に見せることに、そこまでこだわらなくてもいいのになと思うけど。

 義理堅いな。八奈出さんってホントに真面目でいい人だ。


「わかった。じゃあイラストができ上がったら、先に俺に送ってよ」

「はい」


 そのまま八奈出さんは俺の横を歩いて、何気ない雑談をしながら一緒に校門から表に出た。


 今日は天気が良くて青空が気持ちいいだの、今朝はテレビの占いで自分の星座はラッキー順位が最下位だったのと、ホントに他愛のない雑談だった。


 それにしても学校の女子と、それもこんな美人と、雑談しながら歩く日が俺にやって来るなんて、思ってもみなかった。


「時任君。少し寄り道して帰りませんか?」

「え? 寄り道って?」


 生真面目で風委員長並みに堅物の八奈出さんが、そんなことを言うなんて。

 制服で下校途中に飲食店に寄るのは、校則で禁止ってわけじゃないけど、教師はあまりいい顔はしない。


 八奈出さんもとうとう生真面目キャラ卒業か?


「まだ話し足りないので、どうでしょう。公園でお話ししませんか?」


 ──前言撤回。やっぱ生真面目だった。


「あ、ごめん。今日はちょっと都合悪い。用事があるんだ」


 このあと影裏さんと待ち合わせしてるから──


 それは言えなかった。

 言うとファミレスに行くことも、八奈出さんに言わなきゃいけなくなる。


「そうですか。それは残念です。ではまた後日」

「うん」


 最寄駅に近づいてきた。

 影裏さんと待ち合わせしているファミレスは、少し手前の道を左に曲がる。駅はまっすぐだから、八奈出さんとはここで分かれないといけない。


「じゃあ俺はこっちだから」

「え? あ、そうなんですか……」


 少し怪訝な顔された。

 学校帰りの途中でどこ行くんだって話だよね。


 でも変に言い訳して墓穴掘るよりは、黙っていた方がいい。

 だからそれ以上なにも言わずに角を曲がった。


*


 しばらく歩くと待ち合わせのファミレスが見えた。

 道路から店内を見ると、影裏さんはよっぽど注意して見ないとわからないような奥の席に座っている。


「お待たせ」

「あ、時任ときとう君。こんなとこまで呼び出してごめんね」

「別に大丈夫だよ」

「私、男子と二人で会ってるところとか見られたら、なんだかんだ言ってくる人もいるんだよねぇ」

「なんだかんだって?」

「えっとね。あいつと仲がいいのか詮索されたり、あんな男は影裏に相応しくないとか言う人がいたりするんだよ。主に男子だけど」

「うわ、めんどくせぇ」


 人気女子も大変だな。異性と一緒にいても、単なる友達ってこともあるだろ。

 俺に至っては、悲しいかな、まだ友達ですらないんだぞ。

 そんなのをいちいち気にしたり、噂にしなくてもいいのにな。

 ホント男ってヤツは……


「だったら、ここでも人に見られる可能性はゼロじゃない。マズいんじゃないの?」


 ウチの生徒はあまり来ない店だから可能性は低いけどゼロじゃない。


「あまりに人目につくのは避けたいだけで、絶対に見つかっちゃダメってわけじゃないよ。人に言えないやましいことをしてるわけじゃないし」


 そりゃそうか。俺と二人で会ってるからといって、本気で影裏さんの彼氏かと疑うヤツはいないな。


「ま、そこ座ってよ。遠慮なく」

「うん、座るよ。遠慮なく」


 お店なんだから遠慮も何もない。


「ふふ、時任君って思ったよりも面白いね」

「そうかな?」

「うん。あんまり喋らない人かと思ってた」

「おう、間違いない。滅多に喋らない人だ」

「じゃなに? 今私が聞いてる時任君の声は幻聴なの?」

「だな。……聞こえ……ますか? あなたの……心に……直接話しかけています」

「キャハハハ! めっちゃ喋るじゃん。しかもめっちゃ冗談言うし」

「ああ。俺もびっくりだよ。俺ってこんなに冗談言えるヤツだったんだって」


 女子相手にこんなに喋れるなんて、いやマジでびっくりだよ。

 一生分のトークが口から流れ出てるのかもしれない。もしかして俺、この後死ぬのか?


 それは冗談として。 『マギあま世界』での体験のおかげで、俺のコミュニケーション力が少しはアップしてる気がする。


 席について二人でドリンクバーを注文した。

 オレンジジュースをコップに注いで、席に戻った。

 影裏さんも同じくオレンジジュース。


「おそろだね」


 ドキッとするようなことを言わないでほしい。

 たかが同じジュースを飲むってだけなのはわかってるけど、可愛い女子に言われたら、それはまるでなにか特別なことのように感じる。ペアルック的な?


 気を落ち着かせるために、オレンジジュースをストローで一口飲む。

 しかし次の瞬間。もっとドキッとする言葉が彼女の口から飛び出した。


「ねえ時任君。キミって彼女いるの?」

「ぶふぉっ!」


 思わず吹いた。

 だけど軽く一口含んだだけだったので、大惨事には至らなくて済んだ。


「な、なに突然?」


 まさか俺。今から学年一の人気女子から告られるのか?

 緊張しすぎて口から胃が出そうになった。

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