第5話「豹変」
翌朝、家の門を開けて外に出ると。
「さやかちゃん?」
何故かさやかちゃんが門の前に立っていた。
何か約束してたっけ? 私。
「おはようございます」
「お、おはよう」
「ここがらんらんの家なんですね」
「うん、そうだけど……何でウチの前に?」
「何でって昨日告ったじゃないですか。もしかして女の子は対象外でした?」
あ、やっぱり昨日のって告白だったんだ。いや、でも私返事してないけど。
「そんなことは……どうなのかな。私恋愛とかしたことないから」
と、私が返すとさやかちゃんは目を輝かせ。
「本当ですか!? そんなウブなところも可愛いかもです。じゃあ……」
!? 腕に抱き着いてきた?
「その気にさせてあげますね」
甘えているようで、でもどこかイジワルな表情でさやかちゃんは私を見てくる。
「えーっと……」
「ふふふ、嫌がらないってことは脈ありと受け取りますね」
いや、驚いてどう反応すれば分からないだけなんけど。しかし、さやかちゃんはそんな私の動揺を感じていないのか、門越しにウチの庭を覗き見て。
「庭、草ボーボーじゃないですか。今度私が草刈りに来ましょうか?」
「いいよそんな!」
自分の家の草刈りなんて後輩にお願いできるわけない。それにお父さんに再三業者にお願いするよう言ってるからそろそろ来てくれるはずだし。芹華にもこのこと文句を言ったような……言ってなかったっけ? まぁ、芹華は関係ないからそこはどうでもいいか。
「むぅ、流石に急にそれは距離感近すぎましたかね。すみません」
「うーん、例え付き合ったとしても恋人に草刈り頼みたくはないかなぁ」
さやかちゃんにやらせるなら私も手伝わなきゃだし、それは正直面倒くさい。
「あーなるほどぉ……」
何やら思案顔になるさやかちゃん。どう私を堕とそうか考えているんだろうか。かなり本気なんだな。でも、肝心の本人の前でやらないほうがいいと思うけど。
「とりあえず学校行こ?」
「あ、そうですね」
次に何をされるのか少し怖いような、でもここまで好意を持たれるのは初めてだから嬉しいような……。若干複雑な心境で私はさやかちゃんと一緒に学校に向かうのだった……。
「ねぇ、家の場所はどうやって知ったの?」
「それはですね……」
さやかちゃんはもったいぶったように言葉を溜めると、人差し指を自分の口の前に持ってきて。
「秘密です。でも、好きな人の家の場所くらいは把握しとかないとですからね」
うーん、やっぱりちょっと怖いが勝ってきたかも。
さやかちゃんと少し通学路を歩いていると、信号を挟んだ向こう側に芹華の姿が見えた。
「せり――!」
芹華の元へ走り出そうとするも、ほぼ進めずに引き戻される。
「どこ行くんですか、らんらん」
そうだ、さやかちゃんが腕に付いてたんだ。付いてるって言っても小さい妖精とかじゃなくて通常サイズの人間のさやかちゃんだけど。
でも、芹華だしいいよね? 私にとっては水……いや、酸素レベルに供給が必要な子だし。
「今、芹華が見えたから追いかけようと……」
すると、さやかちゃんは明らかに敵意を向ける目つきで私を睨んできた。
「ひっ!」
「なんで私と一緒にいるのに安藤先輩のところに行こうとするんですか?」
え、ダメなの?
「いや、だって私にとって芹華は生活必需品じゃん? ないと生きていけないし」
すると、さやかちゃんは私の腕から離れる。
あ、分かってくれたかな。
「なんですか、それ? 私はらんらんが好きだって言ってるんですよ? なのにその本人に向かって他の子との惚気話し始めるとか……」
あれ、もしかして怒らせちゃった?
「えーっと、ごめん……ね?」
「とりあえず謝れば済むと思わないでください。はぁ……」
溜息を吐くとさやかちゃんは私を置いて歩き始めてしまった。
「ごめん、さやかちゃん、悪いところがあったなら謝るから。だから、ね?」
私は追いかけて行って必死に話しかけるも。
「最悪」
それだけ言って、さやかちゃんは私を無視して歩いて行ってしまった。
これ以上なんて話しかければいいのかもわからず、私は伸ばした手を掴む先を失ってしまった。
結局、朝練ではどう接すればいいか分からず、一言もさやかちゃんと話せないまま練習を終えて教室に向かった。
大会も近い大事な時期なのにこのままでは練習に身が入らない。そもそも、部長の私が指揮を上げないといけないのに……。
そんな鬱蒼とした気持ちでドアを開けると芹華がいつもの席に座っている。
あぁ、芹華。今のモヤモヤした気持ちを晴らしてくれるのはやっぱり芹華しかいない。
私はすぐに芹華に駆けだそうとして瞬間、立ち止まる。
今朝さやかちゃんが怒ってたのは私が芹華の元に飛んでいこうとしたからだ。それなのに芹華を求めていいの?
でも今はさやかちゃんは見てないし……いやいや、そうゆう問題じゃない。そうやって問題から目を背けてたらさやかちゃんを怒らせたままだ。
あ、そうだ、文化祭用の絵がまだ置いてあるんだった。避けて歩かないと。
私は芹華の席に向かわず、まず自分の席に鞄を置きに行く。
「あれ、蘭子?」
「うん、おはよう」
私が自分の席まで来たところで芹華も私に気づいてくれた。
すると、私と置いてある絵を交互に見る。
「何かあった?」
「え?」
芹華の言葉に惚けていると。
「らんらんが朝イチ芹華にくっつかないなんてめずらしぃー! ついに倦怠期?」
真央が茶々を入れてくる。
あぁ、そうか。芹華にハグしに行ってないもんな、今日は。確かに真央から見たら何かあったと思わない方が不自然だろう。
「そんなわけないじゃん!」
空元気で笑顔を作って大きく返すも。
「今日は……ちょっと疲れてるだけだから。あはは……」
芹華の方を見たらどうしてもさやかちゃんを思い出してしまいいつもどおりの切り替えしは出来ずに終わってしまった。
「あ、えーっと……」
明らかに様子のおかしい私に突っ込んではいけないところだと察したのか、真央は目に見えてどうしていいのかわからない表情に変わる。
すると芹華の方から私の席に近づいてきて。
「うん、熱はないみたい」
突然、私のおでこに自分のおでこを付けてきた。
「風邪じゃないよ。大丈夫だから」
外野の真央は「キャー」と盛り上がっているが、私には日常茶飯事なのでそこまで驚かない。確かに芹華の方からおでこを付けてくれるのは珍しいけど、今の私にはそこまでテンションを上げることはできない。
芹華は自分の顎に手を当てて、思案顔になる。
「となると……やっぱり今朝一緒に歩いてた女の子がらみ?」
「……!? 芹華、どうしてそれを!?」
芹華は私たちの前を歩いていたから知らないはずだ。姿が見えなくなるまではこっちに気づく様子もなかったし。
「あんまり勝手なことされると私も困るから」
え、それって……。
「嫉妬してくれてるって……こと?」
「その言い方は癪だけど、まぁそうゆうことでいいよ。で、どうなの?」
「う、う~ん」
話しちゃったらさやかちゃんを裏切った気持ちにもなるし。でも、もう今朝一緒に歩いてたのは見られちゃってるしなー。
「わかった、説明するよ。あのね……」
私は今朝の出来事の詳細を芹華と、興味津々の真央に説明した。そこまで話してしまうのはマズイと感じ、昨日告白されたことは伏せて。
「え~、それって浮気じゃないの~?」
「別に私たち付き合ってないし」
「そんな毎日イチャイチャしてて付き合ってないは無理あるんじゃないの?」
「え、私たち付き合ってたの?」
「付き合ってない。真央、論点がズレるからイジリはやめて。で、蘭子はどうしたいの?」
「さやかちゃんと仲直りして今まで通りの関係に戻りたい。今まではずっと同級生みたいに仲良しだったんだもん」
「う~ん、それは難しいんじゃないかな」
真剣な表情で苦言を呈してきたのはそれまでふざけていた真央だった。
「なんで? 元に戻りたいだけなのに」
「その子、本気で蘭子が好きなんだよ。それじゃ蘭子がよくてもさやかちゃんは元の関係に戻るなんて受け入れられないと思う」
「え?」
なんで? 告白の話はしてないのにその話も聞いたみたいな……。
「もしかして昨日の話もどこかで聴いてたの?」
「昨日の話?」
2人の頭には「?」が浮かんでいて、初めて聞いた話のようだった。
しまった、マズってしまったかもしれない。
「あ、あの~。その~」
どうにか話を逸らせないかと視線をさ迷わせていると。
「もしかしてもう告白されたんじゃないの? さやかちゃんに」
図星をつかれる。的確に。
これ以上隠そうとしてももうボロしか出ない。私は素直に首を縦に振った。
「やっぱり」
「え、マ!? 本当にそこまで進んでたとは……」
各々反応の仕方は違うものの、どちらも私の言葉に驚く。まぁ、そりゃそうだよね。私が芹華以外で恋愛事を起こすなんてありえないもんね。いや、芹華と付き合うとかそうゆうことじゃないけどさ!
「それで?」
「? それでって?」
主語がないと何のことなのかわからないよ芹華。
「さやかちゃんになんて返事する気? もう告白されてるならもう有耶無耶にはできないでしょう」
「そんなこと言われてもぉ……」
告白なんてされたの初めてだから、どうすればいいのかよく分かんないよ。
「付き合う気は、ないんでしょ?」
「うん、それは勿論……」
でも、ハッキリ断ったらさやかちゃん傷ついちゃうだろうし。
すると、そんなはっきりしない私の態度にやきもきしたのか、芹華は小さくため息を吐いて。
「はぁ、蘭子が自分で返事できないなら私から伝える」
「ふぇ!? なんで?」
一瞬ちょっとありがたいと思っちゃったけど告白受けてるのは私なんだよ?
「蘭子は私を好きだと思ったからさやかちゃんは怒っちゃったわけでしょ? なら私も関係あるから。私から断ってもいいでしょ」
「う~ん、それは」
「普通に修羅場になると思うけどね」
流石の真央もそれはまずいと感じたようだった。
「だよね。やっぱり私から……話すよ」
「本当に大丈夫?」
自分から話すと切り出したものの、心の中に残る不安が表情に出てしまったのか、芹華は心配げな表情で私を覗き見る。
「大丈夫かどうかは……正直分かんない。断って「じゃあ今まで通りの関係に戻ろうね」とは絶対いかないだろうし」
「じゃあやっぱり私が」
「「それはダメ」」
思わずツッコんだ私と真央の声が被る。
珍しくシュンとした芹華は、その後も心配げに私を見る目線を授業中も送ってくるのだった。
「別にいいですよ」
「へ?」
放課後。意を決してさやかちゃんを部室裏に呼び出し、今日一日中考え抜いた断りの台詞を喉から絞り出した私が受けたのはあっけなさすぎるそんな一言だった。
「今朝の態度で私に興味がないのは分かってましたから」
「う、うん、ゴメン……」
「謝るなら昨日のうちに断ってください。あれだけ好きって気持ちを伝えたのに最初から私なんて眼中になかったんですね、らんらんは」
「えと、その……」
何か取り繕う言葉を捻りだそうとするも、大きすぎるさやかちゃんの圧に何も言えない。恐怖に体が震えだす。
「もういいでしょ」
聴こえてきた声は親よりも沢山聞いた声だった。
「何でアンタがここにいるの?」
突然現れた芹華は私の手を握って私の体の震えを止めてくれた。
その行動にさやかちゃんは思わず芹華を睨みつける。
「何でいるかなんてどうでもいいでしょ。それより蘭子をこれ以上イジメないで。あなたに興味ないって言ってるでしょ」
「でも私はらんらんが好きだって——!」
「それはあなたのエゴでしょ!? 蘭子が断ってるんだから本当に好きなんだったら手を引いてあげなよ」
「私の気持ちはどうでもいいっていうの!?」
感情的になるさやかちゃんに芹華は冷たく言い放つ。
「うん、あなたなんてどうでもいい。その辺で勝手にくたばっても無視する。蘭子が幸せならそれ以外いらない」
「頭おかしいんじゃねーの!?」
そう言うと、さやかちゃんは眉間に皺を寄せて私たちの前から去って行った。
見たことのない芹華の剣幕に驚きながらも、今朝のことがあったとはいえ今までの人懐こいさやかちゃんからは想像もできないほどの変容のほうが私にはショックだった。
「芹華、私……!」
思わず芹華の体に腕を回す私。そんな私の体を芹華は両腕で受け入れてくれる。
「怖かったね」
幼い子供のように芹華は私の頭を優しくなでてくれる。そんな心地よさを感じるとより先ほどまでのさやかちゃんの姿が鮮明に脳裏に浮かんできて自然と頬を涙が伝っていく。
「うん、でも……さやかちゃん、あんな子じゃないの! もう、さやかちゃんと話したり、できないのかな」
「優しいね、蘭子は。でももうあの子に近づいちゃダメだよ。今度はもっと酷いことされるかもしれない」
「……! そんな、さやかちゃんはそんな悪いことする子じゃないよ」
これまで半年くらいさやかちゃんと一緒にいたんだ。さやかちゃんは私をイジメたりするような悪い子じゃ……でも、そう思おうとすると、さっきのさやかちゃんの憎しみに満ちた表情がフラッシュバックしてしまう。
あれは本当にさやかちゃんだったの? それとも今まで私が知ってたさやかちゃんが嘘だったの?
だんだん頭が混乱してグチャグチャしてきた。
私は何を信じれば。
「顔色が悪いよ、蘭子。とりあえず今日はもう帰ろう。私も一緒に帰るから」
私はその言葉に力なく頷くことしかできなかった。
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