彼がいなくなったあとで

 ぴろん。

 携帯の着信音がなる度にすぐ通知を確認する。事務連絡だったから、ついでに内容を確認して携帯を机に置く。シュラ兄さんがいなくなってから3日、ずっとこんな感じだ。彼に送ったメールの返信をひたすらに待ち続ける。

 もしかしたら返ってくるんじゃないか。何事も無くひょっこり姿を見せるのではないか。そんな淡い希望を抱きながら。

「おーい、ジュセル兄さん。」

 隣の席に座っていたブルグァの声で我に返る。

「ん、どうした?」

「そろそろ会議再開するって。」

「ああ、うん。」

 ぼーっとしていたのがブルグァにはお見通しだったようだ。けれど、いつも通りではないのはブルグァも一緒のようだった。彼の明るくて陽気な雰囲気は鳴りを潜め、考え事に表情を曇らせていた。考え事は言わずもがな、行方不明になったシュラのことだ。

 今行われている会議も、そのことについてサーティ軍の幹部を招集した臨時会議だ。もう何度目か分からない。会議室の空気は、緊張感に満ちていて、休憩時間でも笑い声は聞こえてこなかった。

「そろそろ始めるぞ。」

 ダギ兄さんの合図でそれぞれ席に着いて、会議が再開される。

「さっき休憩時間でワースト兄さんとも話したんだけど、正直深を犯人にして国際問題にした方がいい。」

 ミドが再開直後に発した一言でその場がざわつく。深がシュラを拉致した、たちの悪いシナリオ。

 でも、ミドとワーストが考えていることはあながち間違っていない。深との国境に近い場所で、軍幹部の中でも最強クラスの戦闘力を持つシュラが行方不明になったならば、深の魔人の関与も視野に入れて対処すべきだ。

「俺もそう思う。」

「俺も。」

 少なくともユキアラシ兄さんとブルグァは賛成している。

「深との敵対は危険すぎる。」

「もっと他に方法が……。」

「相手の出方を窺ってる時間はない。」

 皆が思い思いの意見を発する。今回も会議は長引きそうだ。

「隣国に協力を求めるのは?」

「それってインフィニア?」

「サーティのために深と対立して得られるリターンが少なすぎる。」

「一応打診はしようよ。」

「うん、やる価値はある。」

 いつもは際限なく続く議論が今日は不思議とまとまる。一刻も早くシュラを救出したいという、皆の共通認識がそうさせたのか。

 俺は口に出すほどの大層な意見を持ち合わせていないから、黙って会議の行く末を追いかけていた。

 俺にできることは何だ……。

 油断すると、また考えてしまう。焦ったところで何も答えは出ないと、わかっていながら。

 

「なあ、諜報活動も強化した方がいいと思うんだけど。スロヴィンだけで大丈夫?」

 同盟の話がまとまったところで、セドリックが話題を変えた。

「正直、もう一人いてほしい。調査が追いつかない。」

「諜報部隊編成しよう。」

「誰が追加で行く?」

「俺が行くよ。」

 ミドが、いの一番に名乗り出た。

「ん?お前、シュラ兄さんの管轄引き継いだよな。」

「ダメか……。」

 すぐにセドリックが指摘する。

「これって現場?」

 ラクトバルドがフーディエに小声で尋ねる声が聞こえる。

「当たり前だろ。」

 フーディエが淡々と答えを返す。

「そっか……。」

「でもまじで危ないから、無理はしないでほしい。」

 スロヴィンの言う通り、諜報活動は深の実地で行うからかなりの危険を伴うだろう。

「スロヴィン兄さんの負担もでかいし、補助だけでもつけようよ。」

 ディオーメが呼びかける。

「ディオが来てよ。」

「僕弱いんでやめときます。ミド兄さんは誰がいいと思う?」

 スロヴィンのアプローチをディオーメが華麗に受け流す。

「能力で考えたら――」

「俺が行く。」

 考える前に言葉が口をついて出た。ミドの言葉を遮ってしまい、周りの注目が集まっているのが分かる。顔が熱くなる。

 恥ずい、言うんじゃなかった。

 自分から言っておいて、気まずくなる。

「……悪くない。ジュセルの能力なら、『人形』との相性もいい。」

 沈黙を破ったのはワースト。

「俺もそれ言おうと思ってたんだよ。」

 ミドも付け加えて言った。

「ジュセル兄さんが行くなら俺も行く。」

「お前はダメ。他で人手が足りなくなっても困る。」

 意気込むブルグァをダギ兄さんが制する。

「じゃあ、俺の管轄をブルグァに任せてもいい?」

「……もちろん、任せて。」

「ありがとう。」

 少ししょんぼりしたブルグァの肩を撫でる。

「決まったね。兄さんたちは大丈夫?」

「大丈夫。」

「大丈夫。」

 ディオーメの確認に答える返事の声がスロヴィンと重なる。 

「そろそろ、解散でいい?記録はバウリオか。」

 諜報活動についての議論もまとまり、ユキアラシ兄さんが会議を締める。

「うん。後で詳細送るよ。」

 会議が終わった途端、幹部たちは流れるように各々の仕事へ戻っていく。

「ジュセル。」

「お?」

 話しかけてきたのはスロヴィン。

「俺たちも行こう。」

「うん。」

 携帯をしまい、スロヴィンの後に続いて会議室を後にする。転移門を通って、スロヴィンの作業室に入る。

 薄暗い部屋の中には壁一面にモニター画面が設置されており、そこには彼の諜報活動を支える『人形』が見ている景色が映し出される。整然と並ぶ巨大なコンピュータと床に転がる『人形』のサンプル。

 物が多いのに散らかっていないのは、ミドに片付けてもらっているからだろう。

「座って。」

 スロヴィンに促され、作業台のゲーミングチェアに座る。

「早速だけど何か当てはある?深に何体か送り込んでるけど大した収穫がなくて。」

「俺が知ってるのはアンギャロだけ。」

 それを言った途端スロヴィンの顔が少し強張った。

「……そう言うと思った。」

 そんな反応されるだろうと思った。

 地下都市アンギャロ、深の地下に巣食う巨大な無法地帯だ。深から虐げられた者、裏社会の者、人ならざる者が集まりコミュニティを形成している。五体満足で帰れた者はいない、致死率の高い呪いが蔓延しているなど、悪い噂が絶えない。だが見合う代償を払えば欲しい物は手に入る場所だ。

 その入り口は深の領域内にしか存在しないが、自分の『時空の歪み』から簡単に入れるから問題ない。

「そこの情報屋に伝手がある。」

「……そこに俺の『人形』を送るのはダメそうか。」

「勿論、俺が行ってくるよ。」

 スロヴィンが俺を引き止める気持ちは分かるが、事態は一刻を争う。

「……分かった。感覚共有のサポートはするから、困った時はすぐ連絡して。今から方針だけちょっと話そう。」

「うん。」

 まだ納得はしていないようだったが、スロヴィンが折れる形となった。

 20分ほどの打ち合わせの後、すぐに『時空の歪み』からアンギャロへと発った。


 いったんここまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る