第24話

 中庭を選択したのは、間違いだっただろうか。

 パーゴラの下にあるベンチに並んで座ったものの、照り返した熱で汗がじんわりと浮かんでくる。

 生い茂った草木が屋根の代わりになって、直射日光を防いでくれているだけマシだと思うしかない。

 それに、私のすぐ隣に座っている清水の存在も、感じる暑さの原因の一つなのかもしれない。

 名残惜しそうに、手のひらを見詰める清水も薄らと汗をかいている。


「暑いから手早く済ますね。早速だけど、私を付け回してる理由聞いてもいい?」

「言わないと、ダメ……?」

「早く言ってくれると私は嬉しいかな」


 首を傾ける仕草は可愛いいものの、この暑さの前では、少しばかり鬱陶しく感じてしまう。

 返事を待つ間、私をじっと見詰め微動だにしない清水に、もう一度催促の言葉をかける。


「清水、聞いてる?」

「あ、うん。どう伝えたらいいのか、考えてて」

「ストーキング行為は、言い方次第で合法にはならないからね」

「ストーキング!?」


 自覚がなかったのか、心外だと言わんばかりのリアクションを取る清水は、自分の中から言葉を拾う様に話し始める。


「わたし、小深の友達なのに、小深の事、全然知らなくて、よくないなって思ったの。でも、直接聞いても多分、はぐさかされるって思ったから。観察してたの」


 これは要約すると、私の事を知りたいからストーカーしてました、となる。

 清水の言いたい事は前半部分は理解できるけれど、私には相手を深く理解したいと思える程の何かを、見出す事が出来ない。

 それに、学校を卒業したら会う事はもう……。


「だからってストーカーはダメ。相手の事を知りたいなら、言葉にしないと伝わらないよ」


 持論を説教っぽく言ってみるけれど、清水の憶測は正しかった。

 聞かれた事に全て正直に答えるとは限らない、面倒な事に繋がりそうだと判断したら、何かと理由を付けて話を逸らすだろう。


「ごめんなさい……次からは、気を付ける」


 清水が私を付け回してた理由は分かったけれど、その動機がまだ判明していない。


「それで、このタイミングで私の事を知りたいって思った理由は?」

「烏滸がましいって、思わない?」

「私がそんな事、思う人間に見える?」

「……少し?」


 どうやら清水には、もう少し私の事を知ってもらわないといけない気がする。


「思わないから! それで?」


 話の続きを求めると、清水は立ち上がり、私の前へと移動する。

 深呼吸した清水は、ゆっくりと動機を語る。


「小深の、親友になりたくて」

「しんゆう……?」


 それは恋人と等しく、私には最も縁遠い関係性の名前のだった。

 人は臆病さ故に、相手との関係性に安易な名称を付け縛ろうとする。名前のない繋がりは浅く、名前のある関係性は密だと信じているからだ。

 でもそれは違う、関係性とは共に積み重ねた時間によって生まれるものだ。自分と相手の関係性を定義付けるだけで、成り立つ関係に一体何があるというのだろうか。


「……清水は、私と親友になってどうしたいの?」


 私は自分自身にも問うていた。適当にあしらうなり、拒絶の意思を示す事だって出来た。

 でもしなかったのは何故? その答えは私の目の前に、ある。

 告白を二度断っても私の前から消えず、まだ友達であろうとし続ける彼女。恋慕の情を寄せられて面倒と感じていながらも、そんな彼女に少なからず、私は何かを期待しているのかもしれない。

 そして、清水は私の質問に、「違う」と言った。


「わたしは……小深の事をもっと知って、誰よりも仲良くなってから、親友になりたい。小深もそう思ってくれないと、意味ないから、わたしの事も知ってほしい……」


 大事なのは結果ではなく、過程なのだと清水は言う。在り来りな言葉だが、意外だとは感じなかった。

 告白をなかった事にしてと言われた事を思い出す。告白されて振られるなんて初めての経験だった。

 初め、清水は友達を経て恋人になりたいだけなのだと思っていた。けれど、溢れる程の恋心を抑えてでも、私との関係を構築しようとする姿勢に、それは違うのだと感じている。

 だからだろうか、意外でもなんでもない在り来りな言葉が、抵抗なくすっと胸に落ちていった。


「はぁ」

「うぅ……」


 私のため息を、否定と捉えた清水は、肩を落と俯いてしまう。


「自己紹介」


 そう言うと、清水は何事かと顔を上げる。


「親友になるから、相手の事を知らなきゃいけないんでしょ? 私、清水の事あんまり知らないから教えてよ」


 私の言葉の意味を理解したのだろう。目を見開き、清水は喜びに満ちた表情を私に向ける。


「わたしは、清水楠希しみずなつき。十七歳、四月四日生まれの牡羊座……!」


 四ヶ月程の人生の先輩である清水は、ニコニコと私を見る。あぁ、次は私の順番という事か。

 交互で言い合うだなんて、少し気恥しい気さえする。


「私は小深菊水こぶかきくすい。八月十五日生まれ、獅子座の十六歳」


 目で合図し、それを受け入れた清水は、楽しそうに言葉を紡ぐ。


「趣味は人間……小深観察。好きなものは小深」

「あはは、全部私じゃん。私の趣味はお風呂かな」

「あっ、だから……」


 そう言いかけて、清水は慌てて口を抑える。

 何を言いかけたかは、私は知っている。


「だから、なにかな? お互いの事を知るのに秘密にされたらなぁ」


 そう煽ると、逡巡した後に、清水は口を開く。


「神の湯……スーパー銭湯に行くって言ってたから」

「言ってたから?」

「会えるかなって思って……」

「思って?」

「行きました……」

「うんうん、まぁ知ってたけどね」

「……えっ!?」


 清水のリアクションは見ていて面白い。予想通りに驚いてくれる。


「え、えと、あの……小深は、いたの?」

「いや、結局行かなかったよ」


 厳密に言えば、駐車場まで行ったものの神の湯には行かなかった。


「そ、そうなんだ……」


 ほっとしたのか、安堵の表情を浮かべる清水へ、私はベンチを立つと、目の前まで歩を進める。


「清水って、えっちだね」

「ち、ちがッ……!!」


 顔を赤くして、否定するけれど否定になっていなかった。


「だって、私のあられもない姿を見る為に、神の湯まで行ったんだよね? それはやっぱり下心じゃないかなぁ」

「そそ、それは……その……うぅ」


 羞恥によって沈黙してしまった清水で楽しんだ私は、自己紹介に話を戻すことにする。


「甘いものは全般好きかな。嫌いな事は面倒な事。あと朝も弱い。私、低血圧だから遅刻する理由も大体それなんだよね」

「わたしは、朝強いから相性がいい、かも。モーニングコール、する?」

「アラーム掛けても起きれないから、モーニングコールしてもあんまり意味ないと思うよ」

「じゃあ、起こしに、行っても……?」

「それは……遠慮しとくかな」


 昼休みの長いようで短い残りの時間、たった二人しかいない中庭で、私と清水の親友になる為の密談は予鈴が鳴るまで続くのだった。

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