運命の相手だと言い張る女に人生めちゃくちゃにされそうです!?
織本 洸
トモダチから友達
第1話
放課後の体育館裏、鬱陶しくも夏の装いへと変わりつつある陽射しに目を細める。
今日は一段と風が強く、流される髪を手で抑えて風が静まるのを待つ。
すっかり葉桜へと姿を変えた桜の木に背を向け、辺りを見渡すけれど人の気配はない。
普段なら運動部が活動している時間だというのに、テスト前の部活休止期間という事もあって周囲は静寂に包まれている。
大半の生徒は早々に帰路につき、勉学に励むか娯楽に身を投じるかの二択なので、当然とも言える。
では何故、私がこんな人気のない所で暇を持て余しているのかと言うと、待ち合わせである。
今朝、登校すると令和の時代になんともまぁ古典的な呼び出しの代表例とも呼べる、ハート付きの手紙が靴箱へ投函されていた。
手紙、もとい恋文をカバンから取り出す。手法に少し感心するものの差出人は不明。
便箋に書かれた丸っこい文字を見ると差出人は恐らく――
「はぁ」
思わずため息が漏れてしまうけど、相手がどうこうの理由ではなかった。
ここに来る相手へ、「ごめんなさい」と言わなければいけないからだ。
誰しも好きでもない相手と付き合おうとは思わないだろう。当然私もその考えに賛同する一人だから。
高校に入学してから幾度となく薄っぺらい愛の言葉を贈られ、今となっては何人目になるかを数えるのをやめる程度に私はモテている。悪い気はしない。
ただ、それを断る作業にはどうしても気を使うので精神的に疲れてしまう。
友人達は美人の宿命だと言うけれど、面倒事が自然発生する事も多いのだから、そんな宿命を与えた神には抗議するべきかもしれない。
待つこと二十分、指のささくれへと意識が向きかけていると、こちらに近付いてくる足音に佇まいを正した。
放課後という曖昧な時間設定をした相手に一言文句を言ってやりたい気持ちを抑え、深呼吸。
そして、体育館裏へとやってきた宛先不明の君は予想通り、女子だった。
こちらの様子を伺うように歩を遅める彼女は、
だからだろうか、控えめに一筋だけ入ったブラウンのメッシュがやけに目を引く。
何より彼女の身長は、頭のてっぺんが私の目の下にくる程度で、私服で中学生だと自己紹介されば疑う事もなく信じたと思う。
俯き気味の彼女の顔は、前髪に隠れて見えなかったものの、彼女とは知らない間柄という訳でも……いや、面識はあるのかな?
「えっと、
確かそんな名前だったと記憶している。
私と同じ二年二組で、進級した際の席順が近かったので恐らく間違いないだろう。
まぁ一度も話した事がないから名前もうろ覚えなんだけど。
私の呼び掛けに、こくりと頷いたので間違っていなかったようで安堵する。
しかし手紙を出した相手が清水だという事で新しい問題が脳裏に浮かぶ。
彼女の印象と言えば、いつも一人静かに過ごしていて、一匹狼を気取っているのか誰かと喋っている姿も見た事がなかった。
そんな誰とも接点のない孤高の彼女が、私へ告白する理由なんて第三者の介入があって然るべきと考えてしまうのは些か飛躍しすぎだろうか。
「はぁ」
本日二度目になるため息に清水は肩を震わせた。
「あ、ごめん。別に怒ってる訳じゃなくて」
周囲を改めて見渡すも、こちらを観察してそうな人影は見当たらない。
悪戯の犯人はよほど隠れるのが上手いらしい。
そんな挙動不審な私へ、前髪の奥から視線を感じたので先に被害者を解放するとしよう。
「犯人は
姿を表さない友人達に代わり、手を合わせ謝罪の意思表示をしてみるが清水の反応は薄い。
「本当にごめんね、それじゃ」
気まずさから早々に別れを切り出し、どこかで盗み見てる友人達を捕まえてコンビニスナックでも奢らせようと踵を返したのだが――
「あ、あのッ……!」
「うおっ!?」
先程まで微動だにしなかった清水に勢いよく腕を掴まれ、仰け反った勢いで思わず驚嘆の声を漏らしてしまう。
陰キャを怒らせたら面倒だよな。
そんな失礼極まりない考えを頭の隅に追いやり、清水へと振り返る。
すると、恐ろしい勢いでかぶりを振るう清水の姿があった。
止めないと首がもげるんじゃないかという心配が真っ先に思い浮かぶ。
腕を掴まれているので必然的に距離は近くなり、何かを言いたげな清水は躊躇う様子を見せた後、控えめに頭を上げた。
同時に春嵐に揺られ、漆黒のヴェールに隠された彼女の顔が露わになる。
まつ毛、ながっ……。
交じる視線、触れ合う吐息。そして鮮やかに染まった清水の幼気な顔。
一時の邂逅。互いの視線は、再び前髪によって断線した事で、清水は私から距離を取り高らかに叫んだ――
「あいッ、らびゅっ、ゆー!」
噛みに噛んだ愛の告白が体育館裏に響き渡る。
まさか本当に告白されるとは。虚をつかれた事で「ごめんなさい」とすぐ言葉にできなかった。
すると清水は脱兎のごとく逃げ出し、私は呆然としたまま彼女を呼び止める事も出来ず、再び静寂に包まれた体育館裏に一人取り残されてしまう。
高校二年の春、私が清水と初めての出会った日の記憶であり、ここが人生最大の転換期なのだと気付くのはもっともっと先の事だった。
ーーーーーー
「ただいまー」
帰宅を報せる言葉に返事はない。いつもの事だ。
リビングの扉を開けると母の姿はなく、寝間着姿の姉がソファでだらしなく横になっていた。
「……ただいま」
「んー」
なんとも素っ気のない返事だこと。
とは言ってもこれは姉に限った事では無い。
我が家ではあまり挨拶に必要性を感じていないみたいで、私以外はみんなこんな感じだったりする。
返事がある方が何かあるのかと疑う程度に。
「花の女子大生が聞いて呆れるね」
「なにをー!」
当たるように軽口を叩き、反撃を食らう前にそそくさと自室へと逃げた。
ブレザーを床へ脱ぎ捨て、そのままベッドに倒れ込む。年季の入ったベッドは私の体重を支える代償と言わんばかりに大きな軋みをあげた。
靴下も床へと脱ぎ捨て、仰向けになり天井をぼんやりと眺める。
「まさか逃げられるとは思わなかったな」
瞼を閉じると、脳裏に浮かんだ清水の顔は、熱を帯びた様に真っ赤に染まっていた。
悪戯なんかじゃなかった。きっと清水は私に惚れている。ほの字である。ラブである。
でも清水から慕われる理由に見当がつかない。
人の名前を覚える事に苦手意識があるからか、昔から人の顔を覚えるのは得意だったりする。
髪に隠れてて分からなかったけど、清水の顔は一度見たらそう簡単には忘れない……と思う。
――羨ましい。ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
「はぁ」
本日何度目になるか分からないため息で雑念を吹き消す。
勇気を出して告白してくれた清水には申し訳ないけどやはり私は誰とも付き合わない。付き合えない。
だって私は、大切を知らないから。
「なんて断るべきか」
思考を巡らし、導き出した結論は、面倒くさい。
そんな感情が一気に頭を埋め尽くし、面倒臭がりな性格が災いする。
明日、朝一で清水と話せばいいか。
次の指針が決まると少しだけ気持ちが楽になる。
明日の事は明日の自分が解決してくれる。
瞼を閉じ、面倒な現実から逃げる様に夢の世界へと深く、沈んでいった。
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