第5話 ちはやぶる

「いや、冗談だから真に受けるなよ」

「私の身体じゃ不足か?」

 目の前で妹が魔性を発揮した影響か、相当の覚悟を決めたようだ

「こういう状況の約束は卑怯だろう。ルルとはそんな約束はしない。

 今日はおかしいぞ、さっきもスカートの中見せたりして」

「タカが誘ってくれることなんて初めてだ。さっき決めた。わ、私に、私に恥をかかせるな」


 そういえば、大学生になって自分から女性を誘ったことはなかった。会話をした女性に誘われれば断ることはしなかった。しかし、2度目の誘いを承諾したこともなかった。


 励起あるいは覚醒。そんな状態の女性をどうなだめたらいいだろうか。むしろ据え膳に手をつけることが最も正解に近いのかもしれない。


「僕は胸の小さい女性が好きだと言ったら、ヤスがロリコンって解釈しただけだ。

 大した秘密ではない。

 そして僕は女性と胸の話題をしたくないだけだ」

 ルルは僕の目を10秒程、無言で凝視した

「分かった。先払いされたから、ちゃんと一晩付き合う」


 マヤの話から、ルルは過去から逃げようとしている。そして自分が追跡者から逃げ切れない恐怖を乗り越えようとしている。だから、誰かに誘われるのを待っていた。


 いや、違う。ルルは理系大学に通う美女だ、数多の誘いを受けていない筈がない。それに、両親に挨拶する話もフランス料理にも反応しなかった。

 もしかしたら、僕の心が幼い才媛に囚われていることを察知したのが原因かもしれない。


 ルルの気持ちには気付いていた。でも、2人には話せないが、妹は誘えても姉は誘えない呪いがあるのだ


「ルルが自暴自棄になるなんておかしいな。何か悩みでもあるんじゃないか?

 解決はできないかもしれないけど、言って楽になるなら、話ぐらいは黙って聞くぞ。

 大体、お前、そんな安売りするような女じゃないだろう」


 ルルは深呼吸した

「さっきの話、タカは目の前で人が死んだ経験があるんだ」

 既にマヤからルルの過去を聞いているので、冷静に対応できる

「もう6年も前だが、今でも時々映像が蘇る。あの時僕は女性を助けられる場所にいたが、助けることができなかった。

 そして、あれからずっと解のない答えを探している。

 あのとき僕が死ぬべきだったのではないかと思う事もある

 実は今日・・・・・・」

 話は途中で遮られた。あの声の主が誰だか記憶とつながった

「私、私ね・・・・・・

 昔、好きだった人にデートの約束をしたんだけど、待ち合わせ場所に来る途中、その人事故で死んじゃったんだ」


 黙ってルルの手の上に手を重ねた。女性らしい冷たい手だった

「そうか、それは辛い経験をしたね」


 ルルは重ねた手を翻し、強く握った。掌は女性の手にしては温かい

「大丈夫だよ、最後まで聞くよ。僕は途中で逃げたりはしない」


 ルルは何かに憑かれたかのように、不気味に笑った

「ふふっ

 バカだよね

 私となんの関係もないじゃん

 ただの偶然なのに⋯⋯

 おかしいよ

 高校の

 みんなが私を

 人殺しって目でみるの

 悪魔の使い

 だって

 ははは 

 こんな可愛い悪魔がいるもんか

 ⋯⋯タカはどう思う」


「ルルはかわいいというより美人顔だよな」

 ルルの目に生気が蘇る。

「ははは。タカらしい感想だね。タカじゃなけりゃ引っ叩いていた」

 口調はいつものルルに戻っている

「別に、聞き慣れた慰めを僕から聞きたい訳じゃないだろう」

 ルルは俯いた


「そっか、解った。タカも悪魔なんだな」

「そうか、バレていたか」

「否定しろよ、悪魔の訳ないだろう」

「日蓮大聖人は僕のこと天魔って言っているから、門下の方でも日蓮大聖人の意図を理解できず、ただ悪魔だと信じている方も結構いるだろう。だから、あながち嘘でもない。

 まあ、僕もあの事件で対して事情も知らない人に“人殺し”とかも言われたし、見殺しにしたのは事実だ」


「そんな目で見られてタカは平気なの?」

「まあ、無関心かな。

 大抵の人は自分より無思慮だと思っているからね。無思慮の人に理解してもらおうとも思わないし、そういう人に説明したり、係わったり、関わるのは面倒だから」

「バカにしているつもりが、実はバカにされているってこと、タカは強いんだね」

「僕はあの日亡くなった方の分まで生きようと思っている。これが供養になるかどうかは分からない。でも・・・・・・

 このくらいでめげていたら亡くなった方が浮かばれないって、ずっと信じている。

 ・・・・・・そうでもなければ生きられない」


「あのさ、タカは私に起きたことどう思う?」

「今、考えられるのは4通りかな」

 ルルの目が僕を凝視する

「驚いた。分析していたんだ。ねえ、聞かせてよ」


 マヤの顔を見て尋ねた

「変な話しするけど大丈夫?」

「大丈夫よ。私からもお願い」

 マヤは笑顔で答えた


 握られたルルの手に力が籠もる

「1つは偶然

 1つはルルを守護するものがルルを護った

 1つはルルを恨むものがルルに嫌がらせをした

 そしてもう1つはルルが僕と同じ悪魔ってことかな

 気の利いた霊媒師ならばこう言うだろう」

 マヤが口を開いた

「お兄さん、ルル姉はどれなの」


「情報が足らないから何ともいえない」

 ルルは何も喋らない。マヤは身を乗り出して告げた

「ルル姉、恥ずかしがっていないで、お兄さんに協力してもらって解決しようよ」

 ルルは何も喋らない。ただ繋いだ手に力を入れたり緩めたりを繰り返している


「協力するのは構わないけれど、今日は勘弁してもらえないか、月曜日に提出するレポートがあって、若紫の咲く春日野からもうすぐ去らねばならない」

 ルルは繋いだ手を離して、慌ててスマホを取り出した


 マヤは意地悪げな表情でつぶやく

「なんだ、源氏物語じゃないんだ」

「伊勢物語だって判るの?」

「しのぶ摺りの話ね」

「マヤは中学生だよな」

「そうよ、どうして」

「高校の時・・・・・・」


 ルルが声を上げる

「ヤバ、月曜日提出だった。今日のイベントで頭がいっぱいで、1週間間違っていた」

「もしかして手つかずかよ」

「うん、そんな感じ。どうしよう」

 軽い溜め息をついて

「一晩ホテルに缶詰めでレポートに付き合おうか」

「お願い」

「いや、断ろうよ、ここは」

「お願い助けて」

「明日の午後ならば都合がつくけど」

「これ、タカから誘ったんだよね。じゃあ、私の家に来て」

「じゃあ、って何だよ。

 女の子の家に行くのに、こんなにときめかないのは初めてだ」

「ありがとう。早く終われば、またパンツを見せてあげるから」

 割りの合わない仕事だと思った。


 ルルはスマホを操作して地図アプリを見せた

「私の家、ここ」

 スマホに指を当てて縮尺を縮小した

「氷川神社の近くか、一度行ってみたかったんだ。行く前に寄ってみようかな」

「じゃ、レポートの前に案内してあげるよ。

 一緒にお詣りしよう」


 マヤが強い口調で会話を遮った

「ルル姉、それ、篁さんを誘っていることにならない」

 マヤの目から涙が零れた


「ルル、折角だけど、お断りします

 あなにやし えをとめを

 ルル、折角なので氷川神社を案内してもらえないでしょうか」

 ルルは顔を近づけて

「えっ?

 あなにやし?

 どういうこと?」

「お祓いのおまじない。で、氷川神社、案内してくれるの」


 ルルの答えを待たず

「ちはやぶる

あなにやし えをとこよ

ルル姉はレポートで忙しいから私が案内する」



 <つづく>





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