第11話 雷鳥の鎧兜

 鎧に張り付いた砂鉄を引き剥がしはしたものの以前として砂塵嵐は吹き荒れたまま。視界は茶色に染まり、稲妻があちらこちらで轟いている。

 時折影が見えたかと思えばそれはただの砂塵嵐の濃淡で、無駄に気力を消耗させられた。

 位置の特定がまるで出来ない。

 だが。


「次に出て来た時が奴の最後だ」


 鎧兜をヘルハルからレーシェルのものに挿げ替え、期を待つ。

 砂塵嵐の揺らぎを何度サンダルバと見間違えたか、数えるのも億劫になった頃。

 それは雷鳴と共に砂塵を破る。

 サンダルバが初手で見せた超高威力の雷撃。

 木々の盾も、魔法の防御も貫通するその一撃が、狙い澄ました対象を穿つ。

 サンダルバはほくそ笑んだだろう。

 敵を倒したのだと。

 自身が雷撃で穿ったものが、ただの木馬と木偶人形だということも知らずに。


「位置は割れた」


 サンダルバの位置を捕捉し、その足下に若葉が芽吹く。

 急速に成長したそれは絡みつくように枝と幹を伸ばし、サンダルバをその場に拘束、固定する。完全に不意を付いた。これを解くには時間が掛かるはず。

 その間に鎧兜をレーシェルからケルフィラに挿げ替える。


「いくぞ、クロ!」

「うん!」


 ケルフィラの胴体を捕食したことで、クロにも水を操る能力が身についている。俺たちは互いに数多の水球を召喚し、弾丸のようにして集中砲火を浴びせかけた。

 無論、これでサンダルバを殺せるとは思っていない。

 いくら撃ち抜いても稲妻で再生するだけだ。

 だから、撃ち抜かない。

 数多の水弾が一つとなり、巨大な水球を作り上げ、サンダルバを閉じ込める。

 負傷で殺せないのなら溺れさせてしまえばいい。

 サンダルバは脱出を試みるが、それは無理だ。

 水球に捕らえられたサンダルバは自らの意思にかかわらず、体内に溜め込んだ電気を強制的に放出させられている。指向性を持てたないただの漏電では、この水の牢獄も、木々の拘束も壊せない。

 すべての稲妻を吐き出し、呼吸も叶わず、サンダルバが纏う電光が焼失する。

 藻掻き苦しむ様子もなくなり、その瞳から精気が失せた。

 サンダルバはここで命尽きる。


「はぁ……なんとかなった。これで死ななきゃもう無理だったぜ、ホントにさ」

「お疲れ様」

「クロもな」


 互いに労い合って能力を解除。

 サンダルバの念願叶って水球から解き放たれ、死体が地に落ちる。

 それに近づき、馬上から下りて一太刀で首を落とす。

 転がった頭部が浮かび上がると、デュラハンの能力で鋼鉄の頭蓋に変化する。

 鳥の意匠が施された鎧兜。それを被ると胴鎧が一新された。

 鉄の羽根を重ねて形作られ、手の指には鋭い鉤爪が伸びる。

 手の平に意識を集中させると、稲妻が激しく明滅した。


「よし。これで」


 これで耳長を迎え撃つ準備が整った、というにはまだ心細いが、しようがない。

 今の最善で挑むしかないんだ。


「そう言えば、あいつらはちゃんと逃げたのか?」


 スマホは置いてってくれてるだろうか?

 と、そう思いながら周囲を見渡すと、砂塵嵐の名残の中に、四人組が立っているのが見えた。全員、意識が回復したようで、唯一意識のあった新人がその手にスマホを持っている。

 目と目が合う。


「返してもらえるか? それ」


 軽く手を伸ばす。

 すると、スマホが投げ渡された。

 随分とすんなり返してくれたな。


『ただいま』

「おかえり」

『お、鎧が新しくなってる』

『正直、砂塵でなんも見えんかったわ』

『そこのハンターに事情は説明しておいたぞ』

「助かる。で? だから素直に返してくれたのか?」

「お前に……味方するわけじゃない」


 と、彼は言う。


「それを返したのは自分たちの身を守るためだ。逆上されれば、僕らはお前に敵わない。ハンターの第一目標は常に生きて帰ることだ。そのためならそれくらいのことはする」

「……なるほどね」


 この配信の同時接続数は現在十八万まで来ている。

 そんな人数の前で、アンデッドになった俺の利になる行為をする訳にはいかない。

 だからああしてあれこれと事情を付けているって訳だ。

 この場から生きて帰ったあとで何とでも言い訳が出来るように。


「じゃあ、もう行っていいぜ。大丈夫、後ろから刺したりしないから」

「余計に不安になるんだよ、くそ」


 彼らは頻りに俺のほうを警戒しながら去って行った。


「さーて。これで完全にハンター組合に俺の存在がバレたわけだが」

『どーすんの?』

『この配信が終わるのも時間の問題か』

『寂しくなるな』

『お前のこと忘れないよ』

『命日が近いな』

「俺の命日はちょっと前だけどな」


 もう死んでるし。


「まぁ、いいや。どうせいつかはこうなってたんだし、避けられないことだった。残りの配信余生を楽しもうぜ」


 彼らが本部に帰って、上司に俺のことを報告し、事態が動き出すまで、まだすこしばかりの猶予がある。その間に耳長との決着も付くだろう。

 その後は。

 その後は、俺が生き残っていたらお別れ配信でもするかな。


「よし。じゃあ行こう。耳長と決戦だ」


 クロに乗り、ダンジョンの通路を行く。

 正面からぶつかって耳長を倒し、自分の首を取り返す。

 もう逃げない。

 どちらかが死ぬまで戦ってやる。

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