第8話 水上戦と蓮の花

「スマホはここに置いて行く」


 レーシェルの能力でスマホスタンドの木を作り、そこに固定しておく。

 これで湖全体が画角に収まって戦闘の様子がよく見えるはず。

 遠巻きなのが玉に瑕だが、それはもうしようがない。


『やっちまえ』

『ひゃはは! 今夜は馬刺しだァ!』

『馬でも水棲ってことは体温低いだろ。寄生虫とか雑菌とかヤバそう』

『やっぱり今夜はハンバーガーだァ!』

『やっぱこれだね』


 コメント欄でバカやってるリスナーを置いて、ケルフィラに再度向かい合う。

 あちらもあちらでこちらを警戒している様子だ。


「クロ。水の上って」

「私は無理」

「だよな。そんな感じの話を聞いたことがある」


 デュラハンの相棒、霊馬コシュタ・バワーは水の上を渡れないから逃げる時は川を渡るといいらしい。

 馬が水の上を走れないのは当然として、だが水の魔物であるケルフィラは例外。

 水の蹄は水面を蹴る事が出来るし、水の鬣は水中での動きを機敏にする。

 どうやっても陸地で戦わなきゃならない俺たちは俄然不利だ。

 だから。


「足場を作るぞ」


 湖の淵から足場を延長するように木を生やす。

 うっすらと水に浸かる程度の木材足場。

 だが、水の中だから成長が遅く、さほど大きくもならない。

 延長できた足場は湖の十分の一程度、攻撃や防御に回す分のリソースのことを考えるとこれが限界。全然足りていないが、一度に作れる足場の面積は把握できた。

 あとは戦闘の最中に臨機応変に作っていくとしよう。


「さあ、やろっか」


 こちらの戦意を感じ取り、ケルフィラが行動を開始。

 周囲の水面から水の塊が幾つか浮かび上がり、それが弾丸のように放たれる。

 それを受けてこちらも動く。

 足場にした木々から枝を伸ばし、しならせ、鞭のように振るい、迫り来る水弾を弾く。凄まじい破裂音と共に弾ける水弾と粉々になる枝。両者は相殺する形で崩壊し、それがもう何度か連続して続く。

 まともに食らったらこの鎧も砕け散りそうだ。


「走るぞ、クロ。淵に添って」

「うん」


 嘶いたクロが湖の淵をなぞるように駆ける。

 その速度に遅れを取らないように、次々と足場を生やしていく。

 クロの全速力はすでに経験済み。

 それを考慮して足場の精製の速度を調節し、この作業の感覚を掴んでいく。

 ぶっつけ本番になったが、これならクロを自由に走らせられる。


「クロ! 攻め込むぞ!」

「わかった」


 飛んでくる水弾を置き去りにして駆け抜け、方向転換。

 先に足場を延ばし、その上をクロが疾走する。

 淵から離れて湖の中心へ。飛沫を上げてケルフィラに迫る。

 こちらが接近するならと、あちらは距離を取ろうと水面を蹴った。


「野郎。ずっと引き撃ちしてるつもりか」


 この広い湖を駆け、蹄で生じた波紋から水球が浮かび上がっては弾丸のように放たれる。

 こちらはそれの対処に追われ、回避動作を含めると、とても追い付けそうにない。

 走るスピード自体はクロのほうが勝っているのに。もどかしいな。


「蓮」


 水飛沫と木片が大量に散る只中でクロの声が届く。


「ケルフィラは私のほうを意識してる」

「近縁種だからか?」

「うん。だから二手に分かれれば私を追ってくるはず」

「囮作戦か。だけど、そしたら足場がキツくなるぞ。用意はしてやれるが変更が利かない。思うように走れないぞ」

「平気。それでも私がケルフィラなんかに追い付かれるはずない」

「はっ! 大した自信だ。いいね、気に入った!」


 クロが囮を引き受けてくれるなら考えがある。


「クロ。一旦陸地で俺を下ろしてくれ。あとの足場は布いておく」

「わかった」


 ケルフィラのケツを追い掛けていた状態から再び方向転換。

 今度は陸地へと向かい、馬上から湖の淵へと飛ぶ。

 着地を決めて振り返ると、すでにクロは陸地から離れてケルフィラとのチェイスに入っていた。今度はクロが追われる側。ケルフィラは目論見通り、こちらを気にも止めてない。

 今がチャンス。

 クロが囮になってくれている間に、俺は一本の木を地面から生やした。

 細く、長く、頑丈で良くしなる。そんな竹のような木を。

 その先端を能力で手繰り寄せ、両手でしっかりと掴み、限界まで後退する。

 それはまるで張り詰めた弓。矢は自分自身だ。

 水面を駆けるクロとケルフィラ。

 その軌道は足場を布いた俺だからこそ完全に読める。


「今!」


 タイミングを見計らい、踏ん張るのを止め、解き放たれた一矢のように飛ぶ。

 木に弾き出されたこの体は真っ直ぐにケルフィラまで到達。

 回避も防御も、反応すら許さない。

 引き抜いた剣が一戦を描き、ケルフィラの首を断つ。

 勢いがあり過ぎて手元を誤り薄皮一枚残ったが、その命は確実に断ったはず。

 そのまま水切りの石のように水面を何度も跳ね、最後に沈み込むようにして勢いが死ぬ。

 着込んだ鎧は重く、自力では這い上がれそうにない。

 このままでは窒息死――は、どうやらしないみたいだ。呼吸をしている感覚はあるのにちっとも苦しくない。

 これ幸いと冷静さを保ちつつ、足下の水そこから木の足場を生やし、それに押し上げられる形で浮上する。


「よっと。錆びたりしないだろうな、この鎧――」

「蓮!」


 クロの珍しく張り詰めた声がして、すぐに顔を持ち上げた。

 目にしたのは首を断ったケルフィラが水面に沈んでいく様子。

 それがどうしたのかと、クロの意図を図りかねたが、次の瞬間には理解する。


「あいつ、再生しやがった」


 ケルフィラは水に浸かった箇所から再生し、断たれた首を繋ぎ合わせていた。

 奴はどうやら水があればどんな致命傷でも回復できるらしい。


「無敵かよ、あいつ」


 実際、水面の上じゃ死なないのかもな。


「クロ! 迎えに来てくれ!」


 そう叫ぶのが早いか遅いか、ケルフィラから水弾が飛ぶ。

 さっきの一撃が余程勘に障ったらしい。

 標的がクロからこっちに映った。


「クロにそっぽ向かれたからって八つ当たりか?」


 足場から枝を伸ばし、鞭のようにしならせて防御に当てる。

 その間にもクロまでの足場を伸ばす。

 クロはすぐに駆けつけてくれ、走り抜け様にその背に飛び乗った。


「さて、どうしたもんか」


 攻撃はさほど強烈でもない。

 だが、幾ら攻撃しても回復するなら無意味だ。どうにかして奴を水面から離さないといけないが、自分から離れてくれるわけもない。

 なにか良い案はないか?

 せめて足場に回してるリソースを攻撃に回せれば話も変わってくるんだが。

 そう思考を巡らせた時。


「おにーさんとおねーさんを助けよー!」

「おー!」


 聞き覚えのある幼い声が響いた。


「アルラウネ!?」


 驚いて湖の淵を見ると、赤い花が群れで咲いているのが見えた。


「そーれ!」


 アルラウネたちが一斉に湖になにかを投げ入れると、瞬間的にそれが湖を埋め尽くしていく。


「これ……はすの花か」


 水面に咲いたのは蓮の花。

 だが、注目すべきはその綺麗な造形じゃない。

 周囲に展開した大きな葉のほうだ。

 止まらずに走り続けていたクロは今、その蓮の葉の上を駆けている。

 それは余りにも現実的じゃなかったが、ここはダンジョンで、この葉はアルラウネたちが作り出したもの。子供の頃に思い描いたようなことが、いま現実になった。


「俺の一番好きな花だ。これなら!」


 足場に回していたリソースを回収し、そのすべてを攻撃に注ぐ。

 より太く、硬くなった幾つもの木の枝をしならせ、飛来する水球を一方的に破壊すると、そのままケルフィラまで伸びてその体を拘束する。

 位置の固定はこれで済んだ。

 あとはその座標に向けて攻撃を仕掛けるだけ。


「ぶっ飛べ!」


 突き上げるのは掌低。

 幾つもの木々が束ねられた木の巨手が水底から伸び、ケルフィラを打って上空に舞い上げる。これでケルフィラは水に触れられない。受けた傷を再生できない。


「跳ぶぞ、クロ!」

「うん!」


 段階的な足場を複数用意し、それを駆け上がるようにして上空に跳び上がる。

 飛翔するクロと落下するケルフィラ。

 その両者が交わった刹那、剣の一撃が今度こそ薄皮の一枚も残さず首を断つ。

 クロと俺はそのまま蓮の葉に着地し、水面に大きく沈み込む。

 ケルフィラの遺体は、先ほどまで拘束していた木の枝に貫かれ、水面に触れることなく静止した。

 これで勝負あった。


「俺たちの勝ちだ!」

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