11.恋
目が覚めると、見慣れたダンジョンの天井ではなく、果ての見えない闇に覆い尽くされた空間に立っていた。足元には何もない。ただ闇が広がる。
怖くなり、魔術で光を灯そうとするが、それは叶わなかった。
「なんで……?」
魔力を取り戻したにも関わらず、何度試してみても魔術は発動しなかった。
無数の槍で貫かれ、ゴーレムに潰されたことを思い出し体が震える。自身を抱きしめ落ち着きを取り戻そうと深呼吸するが、払拭することが出来なかった。
「リュカ、アスタロト……、リオさん!クロウさん!!
どこに居るの!」
恐怖に支配され、皆の名前を必死に叫ぶが反応はなく、反響することもなく闇に飲まれてしまった。
ふと、視界の端に赤色が目に入る。
本だ。
タイトルも絵も描かれていない赤色の本が落ちていた。拾い上げると、妙な重さを感じ、恐る恐るページを捲るが、中に何も書かれていない。本文も目次も奥付も何もなく、白紙の紙が並んでいるだけだった。
「何これ?」
訝しげに本を見ると、突如闇がざわめき本に手を伸ばす。まるで蜘蛛のように動き、徐々に形作られてページに染み込んでいく。
「ひっ!?」
気味の悪さに本を落とそうとするが、闇は細く形を変えて、まるで糸のように私の手と本を縫い付ける。落とさないように、離さないようにしっかりと固定され動くたびに鈍い痛みが走る。糸を引っ張られ、ページを捲る。
先程まで白紙だったのに、文字が綴られていた。
『ある所に、魔女がおりました。
強く、美しく、人間にも関わらず最強の力を手に入れたのです。』
『その魔女は、神と魔王に恋をされました。
2人は身分と種族の違いもあり、魔女と会うことすら許されませんでした。
魔術を使い、遠くから魔女を眺めることも許されたのはごく僅かな時間でした。』
『いずれ死んだ時に、魔女と会えることを2人は楽しみにしていました。
せめて、楽しく一生を終えることができるように、魔女をあらゆる厄災から身を守り続けることを誓いました。
魔女はそんなことなど露知らず、平和な村で楽しく暮らしていました。』
『しかし、魔女は不老不死の力を手に入れたのです。
不老不死は禁忌とされているものです。
そして、死ぬことがなくなり、神と魔王には会えなくなります。』
『不老不死のおかげで、魔術の研究がもっと出来るわ。
この力でこの村をずっと守り続けるの。
禁忌なんて知らないわ。そんなの神と魔王が勝手に決めたことでしょう?』
『この言葉に2人は激怒し、悲しみに襲われたのです。
魔術があるからいけないのだ。
村があるからいけないのだ。
自分達より強いのがいけないのだ。』
『2人は協力して、村人達を脅し、毒を仕込みました。
自分達を傷つけ、禁忌を破った罰を与えるために、魔女が苦しむように、ダンジョンを作りました。』
『でも、魔女は気高く美しくなければならない。
心が折れないように、邪魔な奴等を魔女の助けとなるようにダンジョンに放り込みました。』
『魔女をずっと見ていたい。
だから、配信を作りました。
これで魔女をずっと見ていられます。』
『魔女を殺すために機械人形を作りました。
殺人を目的として作ったのに、
魔女を見ると手加減をしてしまいます。
おまけに、愛の言葉を囁いたり、キスをしようとしたり、微笑みかけてしまうので頭部を電球に変えました。
プログラムも書き換えたので完璧です。』
『魔女に会いたい。
禁忌を犯した罰として会えました。
魔女をずっと見ていたい。
禁忌を犯した罰として見ることが出来ます。
魔女に必要とされたい。
叶いません。
魔女に触れたい。
叶いません。
魔女と結ばれたい。
叶いません。
魔女を殺したい。
好きなので殺せません。』
『魔女に愛して欲しいだけなのです。』
「気持ち悪い。」
思わず、声に出てしまった。
これが本当だとすると神と魔王は私に恋をして、悪趣味ダンジョン配信を開始したことになる。気持ち悪すぎる。
こんな気持ち悪い本も一刻も早く手放したいが、どう足掻いても叶うことはできない。
嫌悪を感じ取ったのか、本が震えだし、中から闇で綴られた文字が溢れ私の体に張り付いてくる。
身体中に這いずり周り嫌悪感で叫ぶが、口の中にまで入ってくる。本で追い払おうとしたが、すり抜けて侵略してくる。
目まで闇に覆われ、恐怖のあまり必死にもがく事しか出来なかった……。
「アザラ様!」
目を覚ますと、クロウさんの声が響いた。私の息は荒く、全身に冷たい汗が滲んでいる。服が肌に張り付いて気持ち悪い。
「どうした?大丈夫か?」
震える私にクロウさんが優しい声をかけてくれる。その声にほんの少し安心しつつも、胸の奥には拭えない不安が残っていた。
確かに何かがあった。それだけは分かる。でも、思い出せない。忘れてはいけない何かだったはずなのに……。
「いや、夢見が悪かっただけで、大丈夫……。」
心配させたくない一心でそう言ったが、自分でも驚くほど涙が溢れた。覚えていない恐怖と嫌悪感が胸を締め付け、どうしようもなく涙が止まらない。悪夢ぐらいで迷惑をかけるなんて……。
「ご、ごめんなさい……。」
声にならない言葉を絞り出した瞬間、クロウさんが私を抱きしめた。
その温かさに緊張がほどけ、涙がさらに溢れる。ただその温もりに身を任せた。
クロウさんの体は大きく、背中に回した手が届かない。もっと近づくように無意識に力を込めると、彼の体が一瞬強張った気がした。でもすぐに柔らかくなり、むしろ抱きしめる力が強くなった気がする。
こんなにも近くにいて、こんなにも私を守ってくれる人がいる。自然と安心してしまう。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
クロウさんは何も言わず、ただ抱きしめ続けてくれた。ようやく涙が止まり、冷静になった私は、自分の行動が急に恥ずかしくなった。
「クロウさん、あの……もう大丈夫です。ありがとうございます……。」
クロウさんはゆっくりと体を離し、顔を上げずに立ち上がる。
「ごめんなさい。急に泣いてしまって……。」
「謝るのは俺の方だ」
「え?」
「機械人形の時、俺は守ることが出来なかった……信用に値しないかもしれない……。」
「そんな、アイツは機械だったし気付かなくても当然ですよ!」
私は必死に声を上げるが、クロウさんは首を振る。
「今度こそ、アザラ様を守る。
ずっと側にいる……だから、安心しろ。」
その言葉に心臓が跳ねた。こんなにも真っ直ぐに好意を向けられるなんて、ずるい。不器用だと思っていたのに、こんな……!
「もう遅い。ゆっくり休め。」
クロウさんはそう言って立ち上がる。
「は、はい!ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げ、クロウさんは近くの布団に潜り込む。個室などなく、ただの眠れそうな平地にリオさんが召喚した野営道具で宿泊しているにすぎない。
時々部屋みたいなところで偶然個室のあるところで眠ることも出来るが、そんなのは滅多にない。周りにはクロウさん以外にも人がいるし、交互に起きている見張り役がいる。
だから、声を上げないように布団に顔から倒れ込む。
――優しすぎる……!
敵を相手にする時は冷酷で容赦がないのに、こういう時はまるで別人みたいだ。普段とのギャップが激しすぎて心が追いつかない。
きっと、さっきの「ずっと側にいる」という言葉も、私のことを気遣っての行動なんだろう。最初にした約束を守ろうしとてくれてるだけだ。
分かっている。でも……。
さすがに意識してしまう!
心臓の音がうるさいほど早くなっている。1000年も生きているのに、恋愛の経験がない自分が恥ずかしい。彼の言葉ひとつひとつに振り回されてしまうなんて、情けない……。でも悪い気はしない。
深呼吸をして気持ちを落ち着けようとする。明日は、いよいよ死神の元へ辿り着く。そのために、気持ちを切り替えなければならない。
クロウさんには、これまで何度も助けられてきた。今度は私が、彼の力になりたい。その恩を返すためにも、明日は全力を尽くすと決めた。
目を閉じ、少しずつ眠りの淵へと沈んでいく中で、彼の温もりをほんの少しだけ思い出してしまう自分がいた――。
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