第3話「自分を変えたい」

 放課後。

 みんなが「じゃあねー」と言って帰っていくのを横目に、柚葉も帰る準備をしていた。そのとき、


「今日の日直は……坂下だったか、おーい坂下、ちょっとこの荷物を職員室まで一緒に持って行ってくれないか?」


 と、担任の先生に言われた。


「あ、はーい」


 柚葉は言われた通り荷物を持って職員室に行く。職員室は一階の一番奥だ。広い空間に何やらコーヒーの香りもする。独特の空気感は柚葉も嫌いではなかった。


「そこに置いておいてくれ」

「分かりました」

「ありがとう。ああ、そういえば坂下は河村と仲がいいんだったな」


 先生が急にそんなことを言った。え、柚真と仲がいい……まぁ間違ってはいないが、柚葉はちょっと恥ずかしい気持ちになった。


「あ、まぁ、あいつとは中学のときから一緒ですからね」


 そう、柚葉と柚真は、中学生の頃からの知り合いだった。中学一年生で初めて一緒のクラスになってから、なぜかずっと一緒のクラス。高校も、二人ともここ樺島南かばしまみなみ高校に通うことになったと知ったときには、柚葉もびっくりした。そして高校でも一年生、二年生と一緒のクラス。これは腐れ縁というべきなのだろうかと思っていた。


「そうか、河村はなんかこう、学校行事に消極的だな」

「あ、そうですね、昔からあまりやる気がないというか、消極的というか」

「うーん、先生としてはもっと積極的になってもらいたいんだが……河村はそれなりに勉強もできる。生徒会役員などやってくれないかなと思っているのだが」


 先生から意外な言葉が出た。え、柚真が生徒会役員……? 嫌そうな顔をする柚真がすぐに柚葉の頭の中に浮かんできた。


「うーん、それは難しいかもしれませんね……」

「そう言わずに、坂下からもなんとか言ってやってくれないか」

「うーん、分かりました。とりあえず伝えてみます」


 柚葉は「失礼します」と言って職員室を後にした。生徒会役員か……柚真は嫌だと言うだろうな。そんなことを思いながら教室に戻ると――


「あ、おかえり」


 柚葉に声をかける人がいた。教室にぽつんと一人佇んでいたのは、柚真だった。


「あ、あれ? どうしたの? てっきり帰っているもんだと」

「いや、柚葉が戻ってくるまで待ってた」

「……あー、私がいなくて寂しかったんだねぇ、うんうん、分かるよぉ」

「……いや、別にそんなんじゃない……」


 恥ずかしいのだろうか、柚真が少し赤くなっているような気がした。


「恥ずかしがらなくてもいいのにー。じゃあ一緒に帰りますか」

「ああ」


 二人で一緒に帰ることにした。玄関で靴を履き替え、校門を出る。そのとき、先生の言葉を思い出した柚葉は、


「……ねぇ柚真、ちょっと自分を変えたいとか、思わない?」


 と、柚真に声をかけた。


「ん? どうしたいきなり?」

「あ、いや、先生が柚真がちょっと消極的なのが気になってるって言っててさ、柚真は勉強もできるし、生徒会役員とかやってくれないかなって」

「……生徒会……役員……?」


 柚真が柚葉の目を見た。また今日も綺麗な顔して……と柚葉は思っていたが、口に出すことはない。


「うん、もっと積極的になってほしいっていう、先生のお願いみたいなもんかな」

「……柚葉は、どう思う?」


 柚真からちょっと不思議な言葉が出てきた。え、どう思う……って?


「え? どういう意味?」

「あ、いや、僕なんかに生徒会役員が務まるのかとか、そういう意味」

「ああ、なるほど……うーん、適任……と言えるか分からないけど、柚真もできるんじゃないかなと思うけどね。ほら、女の子の人望はあるわけだし」

「……それは人望って言えるのかな」

「まぁいいじゃん。それなりに有名人だよ、柚真は。それに、芯はしっかりしているのは私も知ってる。でもちょっと何事も消極的すぎるかな。だからさっき『自分を変えたいとか思わない?』って訊いたんだよ」

「……なるほど」


 柚真がうーんと考え込む仕草を見せた。あれ? 意外と考えているな……すぐに『嫌だ』と言うのではないかと柚葉は思っていただけに、ちょっとびっくりしていた。


「ちょっと、考えてみる。生徒会役員のこと」


 柚真がそう言った。柚葉はその言葉にもびっくりしたが、


「そっか、うん、悪いことじゃないし、考えるのもありじゃないかな」


 と、言った。


「うん。自分を変えたいっていうのは、心のどこかにあったかもしれない」

「そっか、でもあまり難しく考えないでね。柚真は柚真だし」

「ありがとう。なんか今日は柚葉が優しいな……」

「えー、いつも優しいじゃん。さーて、今日は何おごってもらおうかなー」

「……そういうことか」

「なんてね、冗談だよ。ま、なんとかなるさぁ~」


 二人は帰りにコンビニに寄ることにした。柚真の考えていることが少しだけ分かって、なんだか嬉しくなった柚葉だった。

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