10話 約束

 琉輝那を家まで送ってから徒歩5分。

 実は意外と近くに住んでいたことが発覚したことで、瑠璃との再会の日は近いと感じた朝人だが、琉輝那に聞かされたあるの存在がそれをさらに早めることになるだろうと思った。


「アルウィチ作品オンリー同人誌即売会、通称”魔法少女の集い”か。そういえばそんな時期だったなぁ……」


 『究極星間魔法少女-アルティメット・ウィッチーズ』シリーズは、二次創作が非常に盛んであり、同人誌、同人ゲーム、同人音楽など様々なものが製作されている。

 この”魔法少女の集い”はそんな様々な作品が販売される場であり、アルウィチファンにとってはぜひ訪れたいイベントの一つでもある。

 朝人は長いこと主要な開催地であった関東から離れていたので、過去に一度行ったきりでそれ以降イベントに足を運ぶことができず鬱屈うっくつとした思いを抱えていたのだが、先ほど琉輝那からそのイベントが今月末に開催されるとの情報を聞かされたことで、今なら参加できるなと考えた。


「せっかくなら瑠璃と一緒に行きたいよな」


 思い浮かべるかつての親友の姿。

 久しぶりにアルウィチのイベントに行くのであれば、是非とも彼女と一緒に行きたい。

 問題は彼女がまだアルウィチ好きであるのかと言う保証がないことだ。

 もし長く連絡を取り合っていなかった中で、万が一にも彼女がアルウィチへの愛を失ってしまっていたのだとしたら、誘ったとしても断られる可能性もゼロではない。

 この前メッセージでやり取りした時も、軽くお互いの近況の確認をして、今度会おうというあいまいな約束をしただけで終わってしまっていた。

 ただ、これは瑠璃と最も近い位置にいるはずの琉輝那が教えてくれた情報だ。その辺りはあまり気にする必要はなさそうだ。


「とりあえず、今月末空いてるか、と」


 いきなり誘いの文章を送ってしまうのではなく、まずは予定が空いているかチェックすることから始める。

 早速既読がつく。だがなかなか返事が返ってこない。

 落ち着かない中でゲームをしながらしばらく待っていると、ようやく瑠璃から返事が来た。


「空いてる、か。それなら早速……」


 可愛らしいスタンプ付きで予定が空いていることを教えてくれたので、イベントの公式ページのリンクと共に一緒に参加しないかと提案してみた。

 このイベントに参加するためには、事前に参加チケットを購入する必要がある。

 チケットは最悪前日でも購入することができるのだが、基本的には早めに購入しておくことが望ましい。

 だからこそ、早い段階で瑠璃を誘うことを決めたのだ。


 既読がつく。しかし返信はなかなか来ない。

 悩んでいるのだろうか。それとも……

 何故か異様なまでにドキドキしながら、今度はゲームにも手を付けずにそわそわしながら待つ。

 数十分後、待望の通知音が鳴った。

 

「オッケー、か。良かった」


 瑠璃から返ってきたのは、朝人の望んだ答えだった。


「……そっか、オッケー、か」


 朝人は心が浮つくのを感じながらも、同時に小さな不安を感じるようになってきた。

 琉輝那は言っていた。瑠璃は大きく変わったと。

 果たしてそれは見た目なのか、内面なのか。あるいはそのどちらもなのか。

 まったくと言っていいほど変わっていない――いや、むしろ劣化しているかもしれない自分に対して、瑠璃はどんな変化を見せてくれるのか。

 

「…………」


 想像する。瑠璃は今、どんな姿をしているのか。

 だが、頭に浮かんできたのは、二人の瑠璃の姿だった。

 中学生の頃の思い出の中の、典型的なオタク少女といった風貌の瑠璃。

 それに対して学校一の美少女とも呼ばれ、周囲からも人気があり、先生からの評価も高い天堂瑠璃。


「――って、なんでここであの瑠璃さんが思い浮かぶんだ!?」


 慌てて頭を振ってそのイメージを取り払う。これは一度ひっこめたはずの妄想だろう、と。

 だが、今朝からどうしても思い出の中の瑠璃と、クラスメイトになった瑠璃の二人が重なって見えて仕方がない。

 いや、それはきっと自分が抱えている願望なのだろう。そうであってほしい、と朝人は心の奥底で思っている。

 見た目が好みで趣味や話も合う。そんな理想的な完璧美少女としての瑠璃を求めてしまっている自分がいることを否定できないのだ。

 だがそんな妄想をいくらしたところで、これから再会する瑠璃からしたらなんら関係のないことだ。


「――やめだやめ! とりあえずチケットだけ買っておくか」


 こんなこと、いくら考えてもどちらの瑠璃にも失礼なことでしかない上に、仮に二人の瑠璃が同一人物だったとしても向こうがこちらを好きになってくれる保証などどこにもない。

 たとえどんな姿であろうとも、あくまで昔の親友として、昔の通りに接しよう。

 改めてそんな決意(?)を固めたところで、当日に向けての準備としてまずはチケットを購入することから始める朝人だった。

 

 ♢♢♢


「おはよう、朝人くん」

「ん、ああ、おはよう瑠璃さん。なんか機嫌良さそうだね。何かいいことでもあったの?」

「いいこと……そうね、いいこと、あったわ」


 翌朝、学園に向かうと、瑠璃のほうから挨拶をしてきた。

 いつもの美しさに加えてどこか表情が緩んでおり、上機嫌なのが伺える。

 昨日別れた時は不機嫌オーラ全開だったので少し不安だったのだが、どうやらそれを打ち消すようないいことがあったらしくて朝人はほっとした。

 もし瑠璃に嫌われてしまったら一気に学園生活が面白くなくなること間違いなしなので、今度からはなるべく怒らせないように気を付けたいところだ。


「朝人くんは、どう? 最近何かいいこととか、あった?」

「えっ、俺は、そうだな……まあ、転校してきたばっかりだけど何とか上手くやっていけそうで良かったって思ってる。瑠璃さんみたいないい人にも仲良くしてもらえて助かってるよ」

「そ、そう……」


 あれ、反応がいまいちだ。もしかして言い方がキモかったのか、などと考えていたが、どうやらそれは違うようだ。


(……もしかして、照れてる?)


 若干頬を赤らめながら顔をそらした瑠璃を見て、そんな姿もかわいいなと思いつつ朝人は席に着いた。

 これだけで今日一日頑張れそうだ。そんな思いを抱きながら。

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