四への応援コメント
>誤魔化すようにして、晴季は箸を手に夕食の皿に向き直る。大根おろしがのったイワシの竜田揚げを、大根おろしごと口に放り込んだ。
大根おろしが程よく染みて、衣を濡らしている。端の方はかりっとした食感の衣は、中央に近付くにつれて少しだけ柔らかくなった。じんわりと溢れ出たイワシの味は、さっぱりとした大根おろしのおかげで後に引かない。
……食事シーンの描写がとてもお上手ですね。ここのシーンを読んでいるだけで、口内に涎が溜まってしまいますw
作者からの返信
紫雨さん、ありがとうございます!
こちらのシリーズは食事のシーンを重視しているので、自然と描写も力が入っているとも言えます。
そう言っていただけて嬉しいです!
幻とこそなりにけれへの応援コメント
千崎先生、お待たせしました。
「読み終わるまで待ってください」と言った者ですが、本当に待ってくださり、ありがとうございます。
古典に通じる、仏教的な記述のところは、私には難しかったですが改めて、再読させていただきたいと思っています。
レビューも書きたいので、6月中に再読しますので、もうしばらく作品を引き下げるのをお待ちいただければ幸いです。
作者からの返信
紫雨さん、ありがとうございます。
こちらこそ、公募のために閉じてしまうということで急かしたようで申し訳ございません。
古典というのは馴染みがないので、なかなか難しいですよね。
六月中は公開しておく予定ですので、ご安心ください。
まずは、最後までありがとうございました!
幻とこそなりにけれへの応援コメント
早朝に失礼します。ラスト、読み終えました。自分の部屋でひとり、良いお話を読んだあとの余韻に浸っております。
お話を閉じると伺って駆け足で参上しましたが、伺ってよかったー!!これは人生で見逃したくないお話でしたね。「ひとごろし」の真実を追うミステリではあるのですが、最終的にはそれ以上の多くの人を「救った」お話でもあったんじゃないかと感じました。幽霊が視えることがはじめてだれかの救いとなった晴季をはじめ、犯人である先生(予想自体は当たってましたが、切ない…!)も、今の時点で自分の罪に気づけたのならまだ再起の余地はあるんじゃないかと思っていて。良い先生のベースはあると思うので、しっかり自分と向き合ってほしい。教職にはもう就けないとは思いますが、きっと誰かの力にはなれるはず。
なんだろう、最後になったらあれもこれもお伝えしたいと思っていたのに、うまく言葉が出てきません…笑 ちょっと思いついたのから書いていいですか?まずやはり「天鼓」ですよね。お恥ずかしながらその方面への知識がほぼないのですが、ちょっと気になりすぎて昨日某動画サイトで「天鼓」の舞台を観てみました。もちろん台詞(っていうのかな、ナレーション的なやつかもですが)は何言ってるか全然わからなかったのですが、舞台の迫力や笛の音色、そしてぽんという鼓の音が圧倒的な世界を作り出していて、物語の冒頭を思い出してなるほどこれが…!と震えました。鼓を乗せている装置?がとっても綺麗でした。
「天鼓」の話だけじゃなく音楽家の話や七夕、日本神話などさまざまな古典が登場し、歴史の時間寝ていた勢としては無知を痛感したのですが、視点である晴ちゃんも知らないという前提で進んでいくので解説ありがたかったです////カノンだけはわかりました!私も大好きな曲です。最後は頭の中でカノンと鼓の音がセッションしていましたね。
当時小学生だった子たちの話だけでなく、遠い過去である中森さんの真実も絡んでくるのが素敵でした。ラスト鳥肌たちました…よかった、よかったよおお…( ; ; )当時は悲劇だったでしょうが、これでようやく彼女も浮かばれるんですね。
晴季、吉彰くん、誠一郎さんのトリオも全員がしっかりリアリティがあって印象深かったです。孤独が人を殺すならば、彼らもみんな危うい位置にいるんですよね。同じ家で暮らすこと、みんなでご飯を食べること、丁寧な生活の描写…それらは三人がきちんと人間を続けていくことを描いていたのかなと思ってじんわりしています。事件を経て、それぞれが自分のモヤモヤをひとつ乗り越えた感じもあり、そういうところも大変素敵な終わりでした。
現代はきっと生徒にとっても、そして先生にとっても難しい時代だと思います。「福子」になるか「鬼子」になるかは、環境と、支えてくれる人にどれだけ出会えるかという運ゲーのようなものです。うちの子もいわゆるグレーですが、いつか難しい事件が起こるような気もしてます^^; でもそれでも本編で言及されているように、まずはひとりの人間として見てやらなければならない。気分がしゃきっとしました。
永遠に語れちゃいますが、感想欄真っ黒にしちゃうのでとりあえずこのあたりで…!!笑 とにかく、素晴らしいお話でした。あっ、自然と夢中になって最後まで読み終えたので、非公開にあたり無理に読ませたなどとは思わないでくださいね(ミステリ系ならよくやっちゃう笑)!!これは一気読みで正解だったなとニコニコしております。長くなりましたが、深い深い物語をありがとうございました!!
作者からの返信
文遠さん、長い物語、最後までありがとうございました。
彼にもまた救いがあればと、そう私も願っています。決して悪人になりたかったわけではない、道を踏み外してしまったのも悪意ではない、そういう人ですから。
天鼓、見ていただいたのですね! 能楽(こっそり)普及委員会としては嬉しい限りです。何を言っているかは謡本がないと本当に分からないと思います。師匠曰く「物語を理解するより感じれば良い」だそうなので、感じ取るものがあったのならば本当にうれしいです。
色々なものを混ぜ合わせたお話でした。カノン、良いですよね……私も好きな曲です。
悲劇はありましたが、すべからく救いあれと思っています。起きてしまったことは変えられませんが、浮かべて救うことはできる。おこがましいことなのかもしれませんが、そう思っております。
晴季、吉彰、誠一郎は、いずれも道を踏み外す危険性があったりします。けれどそれを誠一郎の約束が繋いで、孤独ではないようにしているのだろうと。特に吉彰は一番危険かなと、作者としては思っている次第です。
彼らは彼らの抱えたものを、普通ではないとか、そういうものを、きちんと消化していってくれればと願っています。
現代はそういったものが取沙汰されるようになり、知られるようになったとはいえ、難しさは横たわっていますよね。「福子」であれと願っても、環境によっては「鬼子」にもなる。
仕事をしていても出会いますが、やはり彼らもひとりの人間であり、思うところがあり……いつも手探りで最善を探しているような気がします。
感想、本当にありがとうございました!
楽しんでいただけたのならば、何よりです。繰り返しになりますが、最後までありがとうございました!
三への応援コメント
しっかりしている吉彰くんですが、教え子さんの様子がだいぶ堪えているんですね。優しくて正義感があるのはいいことで、彼がどうにかこの事件の落とし所を見つけようとしているのが伝わってきます。
しかし人の親をしている者としてはやっぱり誠一郎さんの意見に賛成しちゃう…(´;ω;`)無関心な人間になれとは言わないけど、家庭教師としてなにかしてあげられる範囲ではないですしね。心配だ…。
福子様、名前の通りの明るさではなかったですね。なるほど、福となるか鬼となるかはその場の環境次第。法律や制度に守られた現代ですらまだまだ難しい問題ですし…。神様の時代からそういうのがあったのですね。
私の祖父も学校の先生だったのですが、父もいつも忙しい人だったと言っていました。子供からすると他の子どものことばかり考えている親、というふうに映ってしまうのかな…。ともあれ、どうもその熱心な先生とやらことが気になるような…!
作者からの返信
文遠さん、ありがとうございます。
しっかりしているとは言え、彼もまだ二十歳なりたてですから……色々と、難しいところもあるようです。
本当に、親としては誠一郎の意見の通りなんですよね。なんでもかんでも正義感だろうと肩入れは危険ですから。
福子様という名前にしなければならなかった、そういうものなのだと認識をしています。今でも取沙汰されますが、かつてのムラ社会においては、もっと難しいところはあったのではないかなと。
おじい様、学校の先生だったのですね。
教師の子は色々と複雑なところを聞いたり実感したりしております。
熱心な先生、気になりますよねえ……。
三への応援コメント
お邪魔します!おおお、たくさんのピースが集まってきましたね。近い時期に亡くなった2人の子供。語る人によって印象がずいぶん違う彼。福子様。水が関わる描写、熱心だという先生……そして鳴らないふたつの楽器。どうして土の中に?
じわじわ真実へと近づいていくのは期待してしまうのですが、同時にとても不穏な気配も増していってドキドキです…!一応自分なりに予想していることはあるのですが、推理とかは基本ぽんこつ(笑)なので、どこかでわっと悲鳴をあげそうな予感!!
しかし吉彰くんも誠一郎さんも知的で素敵メンズすぎます…////いいなあ晴季ちゃん…←
作者からの返信
文遠さん、ありがとうございます。
ピースがたくさん集まってきました。どうつなげていくのかは、探偵役でもある吉彰の腕の見せ所ですね。
犯人なんかは分かりやすいので、ぜひ「どうしてそうしたのか?」を想像していただければと思っています。
吉彰と誠一郎、実はちょっと似ているんですよね。晴季は良い男性に囲まれております……。
四への応援コメント
お邪魔します!ここまで拝見しました。
夢と現が入り混じったかのような開幕から、晴季さんをカメラの中心に据えて進む丁寧な日常シーン、そしてその中に時折差し込む『ズレた』モノ。不自然でないくらいに怪異はそこに存在していて、でも晴季さん自身も半信半疑。なんだかとてもリアルでした。私スポーツで何度もボールを頭に受けているんですが、そんなスイッチがオンにならなくてよかったなとちょっとホッとしてます…(笑)
見えるだけで声が聞こえないというのもミステリ感が深まっていいですね。何かしてあげるには(してもいいのかは別として)観察と推測を深めていくしかありません。晴季さんは注意深そうなのでもう少しで何かに気づきそうな感じがありますね。クセのある誠一郎さんや優しそうな吉彰さんが事件究明に関わってくるのか楽しみです。
ひとをころした、なんて告白は大いに気になることではありますが、たしかに本当に今はまったく関係のないこと。でも過去の蓋を開けて首を突っ込むならば、真実を見る覚悟も決めねばなりませんよね。冒頭にも出てきたし晴季さんの頭に当たったのもサッカーボールだったのも少し気になります。そしてやはり「天鼓」という謎めいた存在。神聖さも不吉さも感じるのでドキドキします。
読み応えがありそうなお話にすでにわくわくです!ゆっくりとですが、楽しませていただきます^^
作者からの返信
文遠さん、ありがとうございます!
冒頭からの流れはかなりこだわって直したところなので、そう言っていただけて嬉しいです。
実は私も頭にボールを受けたことがあるので、晴季と同じスイッチがオンにならなくて良かったなあと思っていますw
声が聞こえればもっと早くに解決はされるのかもしれませんが、実際には視えるだけ。実際にどこまで責任を負えるのかはさておいて、視えているものをじっくり観察するしかないのでしょう。
彼らがどのように事件を究明していくのか、楽しんでいただけましたら幸いです。
長い作品でもありますので、どうぞごゆっくりお楽しみください!
幻とこそなりにけれへの応援コメント
「先生とは」、「理想とは」、「普通と異常とは」実に様々なことを考えさせられました。
教師って特別な存在だと思っています。特に多感な時期に近くにいる存在として。
近いからこそ、「頼られる・助けてくれる」存在にもなりうるし、できなければ「恨み」の対象にもなってしまうかもしれません。
子どもは家族や先生・友人に頼るし、家族は学校や他の保護者や習い事先に頼ることが多いかもしれません。けれど教師は困ったとき、誰と一緒に悩み・頼れば良いのでしょうか。
教師そのものが、専門機関や誰かを頼ることが出来る人であってほしいし、頼る時間を作れるくらい少し余裕があればいいなぁと思います(理想ですが)。
父親をあんなに嫌っていた誠一郎が貴晴のことを「何があっても人を殺したりはしない」と断言したシーンは、とても痺れました。父親としては家族を犠牲にしていたとは思いますが、人としてはきっとどこかで尊敬していた部分もあったのかなと思いました。
長くなりましたが、最後にこのような素晴らしい物語を読むことができてとても嬉しいです。
完結お疲れ様でした!
作者からの返信
篠崎さん、ありがとうございます!
教師というのは、特別なんですよね。子供を教え導くという役割は、けれど自分自身が王様のように振舞ってはならないものだと思います。
近いからこそ、気をつけねばならない。自分を戒めねばならない。病になる人が多いのも納得できてしまう部分はあります。
教師もまた人間であるので、彼らも頼る先があればな、とは思うのです。
誠一郎は父親を父親としては最低だと思っていますが、それを抜いても教師としては尊敬するところがあったのだと思います。
最後まで本当に、ありがとうございました!
幻とこそなりにけれへの応援コメント
最後にきました、ハンバーグ……!(しつこい
孤独が人を蝕む、という言葉が深く突き刺さりました。個人的にも、今の社会を見ても。
壱岐の家のように、親子という関係ではなくても家族の形は心で持って紡げるものであるし、家族の形でなくても心の繋がりがあれば人は豊かに生きられるものかもしれません。
ただ、誠一郎さんの言うように首を突っ込むなら責任と覚悟がそれぞれにあることなのだと、そこが無くては心の底から関係性を育むことは出来ないなと、自身を顧みて反省する部分でもありました。(自分に重なる部分があり変な感想になってスミマセン
能楽のみならず様々な知識をちりばめ、それらが一つに集約されていくストーリーは素晴らしかったです。まさかまさか全部つながるなんて! 読む手が止まらなくて大変楽しい時間を過ごさせていただきました。
御多忙のようですが、どうぞお体を大事に活動されてください!
ステキな作品をありがとうございました!
作者からの返信
サジ太さん、ありがとうございます!
蒼雪といえばハンバーグ! 覚えていてくださって嬉しいです。
孤独というのは、本当に人を蝕むのだと思います。誰かがいる、誰かが認めてくれる、そういうものがないと、途端に人は苦しくなるものだと思っています。
関わるのなら、投げ出さずに最後まで。きっとその覚悟と責任が、人間関係を作るのでしょう。
今回も色々と取り入れてみました。最後まで読んでくださって嬉しいです。
本当に、どうもありがとうございました!
幻とこそなりにけれへの応援コメント
コメント失礼します
鳴らぬ天の鼓読了しました。蒼雪から教師について聞くと、少ししんみりとしてしまいますね……。また彼らの物語が見れたこと、自分は嬉しいです。すべき行動をすれば何処かで変われたけれど、それができなかった。できなかった理由は様々ですが、一つの悲劇がまた一つの悲しみに繋がるさまは見てて切なかったです。ですが、謎が晴れて最後の場面を見て心が救われたような気がしました。
面白い物語をありがとうございます。無理なく執筆なさってください。
作者からの返信
アワインさん、ありがとうございます!
最後までありがとうございました。
蒼雪にとって『先生』は、あの人しかいないんですよね。
どこかで行動が違っていれば、きっとこんなことにはならなかったのでしょう。ひとつ掛け違えて、またひとつ、またひとつ。そうして歪んだ果てなのかもしれません。
楽しんでいただけたようで、何よりでした!
三への応援コメント
福子として生きられない我が子を、たとえ直接、手にかけなかったとしても、船で流すのは鬼子として殺すこと……
奇形の原因は色々考えられますが、昔は近親相姦に対する知識がなくて、福子や鬼子も多かったのかもしれません。
誠一郎が、自分の父親は「いい父親でなかった」というのは、個人的にはあまり好きではないですね。
ただ、彼も「壊れた」といわれるくらいには、挫折を味わったのかもしれません。
吉彰のことを誠一郎が、「生徒に肩入れしすぎる」と心配していましたが、わたしもそうだと思います。
教職という複雑な立場で、一人の生徒に注力することは、全体の流れやプライベートにまで影響を及ぼすようなことかもしれません。
難しい立場ですね、先生って……。
わたしはなれませんでしたが……。
作者からの返信
せいひつさん、ありがとうございます!
鬼子は社会にとって害となるので、先んじて流してしまう。それは秩序を守るためとも言えて、何とも言えない気持ちになりますが。
こうして伝えられているということは、それなりの数はあったのかもしれません。
誠一郎は父に対して複雑ではあるので、何とも言えないところです。
教師というのは、誰かに肩入れしすぎることはできません。誰か一人に肩入れするのならば、全員にしなければならなくなる。
本当に、難しい立場であると思います。
幻とこそなりにけれへの応援コメント
素敵な物語をありがとうございました!
最後までとても楽しく読ませていただきました。天鼓や七夕に対する切り口も新鮮で、改めて色々考えさせられました。
少年の告白から始まった事件の真相にはぞくりとしました……。理想を追うことの危うさ、憎しみからではない殺意の恐ろしさがそこにはあって。ずしりとした心地よい読了感で、最高でした!ありがとうございました!
作者からの返信
斑鳩さん、ありがとうございます!
こちらこそ最後までお読みいただき、ありがとうございました。
私はずっと『天鼓』が分からなくて、天鼓と七夕について考えたのがひとつのきっかけでした。
理想というものは美しく見えますが、それを追い続ける、諦めないというのは諸刃でもあるように思うのです。
彼は決して、憎くて殺したのではないんですよね。ただもしかすると、憎しみであった方がまだ恐ろしくなかったのかもしれません。
楽しんでいただけたようで何よりでした!
一への応援コメント
音楽史はマニアです蜜柑桜です。
仰る通りで、彼らにとっての作曲は芸術的目的だけではなく、多くの場合が仕事。キリスト教会から制約も受けながら、権力者の気にいるように戦略的に作っていく。ハイドンも同様ですね。オラトリオでさえ、パトロンで協力者の意向により意に沿わない選択をした。
だから彼らは強くもある。その制約の中でいかに、自らの藝術を保って書くのか。
作者からの返信
蜜柑桜さん、ありがとうございます!
音楽史詳しいのですね、すごいです。私は少し齧った程度なもので、どきどきです。
音楽家も、仕事としての作曲が主ですよね。依頼で在るのならば当然その通りにしなければならない、次へつなげるためには気に入られなければならない。たとえそれが、意に沿わなくとも。
きっとそれは西洋の音楽科も、日本の芸能者も、同じだったのだと思います。
一への応援コメント
ググってみましたが、足利義満に庇護された『天鼓』の作者、世阿弥も晩年は流刑されたりと心労が絶えなかったようですね。
能楽をする芸術家も、時の権力者のようなパトロンにおもねって、我が子が殺されても、皇帝が祝福されるような『天鼓』を書いたのかもしれません。
天皇を現人神として崇拝していた当時の人たちの感覚を、現代人のわたしたちの感覚で考えるからこそ、残酷に想えるとも考えられます。
それもですが、『能楽』という古典芸能が、物語に深い奥行きを付与しているところが素晴らしいですね。
作者からの返信
せいひつさん、ありがとうございます。
観阿弥と世阿弥は能楽を大成させましたが、どちらも流浪の時期があるんですよね。権力者と芸能者の関わりというのは、東西問わず色々とあります。
当時の感覚で物事を見ることは難しいですが、今の感覚で見てしまうにも難しい。『天鼓』の難しさはそこにあるのだと思っています。
一への応援コメント
平成の透明人間事件にも登場した、蒼雪が出ましたね。
千崎先生の作品は、奥が深いというか、浅薄のわたしにとっては難しいところもあります(能楽の演目の意味なども、とても難しい……)
だけど、日本の古典芸能に関心がないかというと、そうではなく、個人的に狂言を観に行ったりなどして、浅いながらもそういった芸能に携わる方々や、古典芸能自体にも敬意を持っているつもりです。
『天鼓』はひとつは、権力者に対する畏怖や畏敬の念をこめて作られてあって(人身御供などがあった時代ですから)、恨みではなく、「自らの命を捧げた」という感覚に近いのかな……なんて考えていました(浅くてすみません)。
作者からの返信
せいひつさん、ありがとうございます!
能楽をご存知ない方にも楽しんでいただければと思っておりますし、何事も決して浅いとかそういうことはないと思います。
むしろ、敬意をもって接してくださって、ありがとうございます。
そうして考えていただけるのが、書いていて一番うれしいことです。
天鼓をば呂水の江に沈めへの応援コメント
初めまして😊
まるで三行詩のような意味深な始まり方がいいですね。
鳴らない鼓が鳴る
見えない者の声が聞こえる
果たしてこれからどんな物語が始まるのでょうか? 今後の展開が楽しみです☆☆☆
作者からの返信
三夜間円様
はじめまして、ありがとうございます。
意味深に始まるのはミステリーならではというところでしょうか。
楽しんでいただけましたら幸いです!
二への応援コメント
晴季のことを考えると、妹のことを思い出します。
ある日、TVでユリゲラーのスプーン曲げが行われていて、それが妹のスプーンが曲がったのですよ。私のは曲がらなかったんですが。
晴季が幽霊が見えるのも、お菓子のひよこを哀れんだり、命を奪うようでフォークを突き立てるのを恐れたりするのと関係があるのかもしれません。
霊感が強いというか、そういう感性の持ち主なのでしょう、きっと。