第二話 俺のメイド side亜樹
side亜樹
俺は薄野(すすきの) 亜樹(あき)。
薄野グループの御曹司で、顔も良けりゃ頭も良い。衣食住には困ることない、悩みの種の一つも飛ばせない――そんな罪深い人生を送っている。
……いや、訂正する。俺にも、唯一困っている事がある。それは、女だ。といっても、俺を彼氏にと欲する女子は、引く手あまただ。俺が困っている女、それは、たった一人。
コンコ、ガチャ
「失礼します、亜樹様。そろそろ朝の準備を」
「……」
そう、このメイドだ。
黒い頭に、時代錯誤の丸すぎるメガネ。肩を越える髪は、いつも黒いゴムで括っている。メイド服をキッカリカッチリ、まるで戦隊ヒーローのスーツみたいにパリッと着こなし、俺相手に怯みもせず、メイドとしての仕事を、カッチリこなしやがる。
メイドの名は、冬田(ふゆた) 冷(れい)。
名前の通り、常に冷静沈着な態度で、笑うことなんて一切無し。一時期、メイドの募集をかけたが、なぜかプロレスラー並の女しか応募してこず、どうしようか頭を悩ませていた。
が、面接当日という、もはや道場破りのような登場の仕方で、この女は現れたらしい。メイド長が言うには、面接者の誰よりも小さく、誰よりも弱く見えたとのこと。
が――だ。
メイド長も疲れていたんだろう。この冬田、全くと言っていいほど「弱く」ない。小さいのはその通りだが、存在感のデカさは、この屋敷以上だ。
「坊っちゃま、早く支度を」
「チッ、うぜぇ」
「無駄な二酸化炭素を出さないでください。地球が可哀想です」
……おい。
じゃあ、眠たい目を擦ってるのに、「早く準備しろ」とビームのような目線を送られてる俺は可哀想じゃないって事かよ?
俺は結構な強面で、且つ目つきが悪いのもあって、屋敷の中では、使用人たちから距離を取られやすい。通ってる高校だと多少マイルドに振舞ってるから、女子たちからの人気は衰えない。が、屋敷内だと俺を見る目は、ガラッと変わる。
黄色い歓声から、つんざく悲鳴へ。
学校みたいに取り繕うのが面倒なだけで、俺はただ普通に接してるだけなのに、使用人たちは、まるで俺を般若扱いだ。もちろん、辞めるメイドは後を絶たない。特に、俺の世話係なんてなった日には……3日ももたない。
「あ、明日は1日ですか。メイドとして働き初めて一ヶ月記念日です」
「今なんて?」
3日ともたないのがセオリーなのに、この道場破りは、どこまで型破りなのか。なんと一ヶ月も、俺の横で小言を言っているらしい。
「ワケわかんねー女……」
自分の意のままにならない。俺を雑に扱う。何故か主である俺の方が、この冬田にされるがままの日々。この地味地味メイドが、そんなダークホースだったなんて……。なんつー奴を雇ったんだメイド長は。
「坊っちゃま、これを」
「ん?アイス?なんでだよ、これから朝ごはんだろ」
「朝ごはん……」
言い方が可愛いですね――と笑った冬田。俺が敗者のような雰囲気が嫌になって、デカイ両開きの窓を全開にする。
「虫が入ってきますよ。あ、ムシムシってやつですか?」
「お前、もう黙ってくんね?」
だけど、アイスは美味しそうだ。ご丁寧にフルーツまで添えられている。今日も暑そうだしな。これを朝ごはん……朝メシにして、学校行くか。
「ん、うま」
俺がアイスを食べている間、冬田は珍しく黙っていた。あ、そうか。さっき俺が「黙ってくんね?」って言ったからか。変なとこで反抗してくるくせに、変なとこで忠実なんだ。まるで犬と猫を足して2で割って、悪魔のエキスを注入したような奴――それが冬田だ。
「あっ、」
すると、いきなり冬田が声を上げた。何かと思えば、なんか知らないデカイ鳥が、冬田の髪の辺りをワサワサ飛んでいる。いや、でかすぎねぇ?そんな鳥に、なんで好かれてんだよ!
だけど、鳥も身の程を弁えたみたいだ。冬田がギロリとカラスを睨むと、颯爽と飛び去った。さすが冬田。もうロボット超えてサイボーグだ。その目から、いつビームが出るんだよ。
いっそ感心して、残り僅かなアイスを口に運ぼうとした。だけど、目の前から、冬田が姿を消した。いや、実際には……
「あ、髪が……」
鳥に髪をつつかれた事で、冬田のゴムが外れ、黒髪がサラリとなびく。その衝撃で、丸すぎるメガネが、冬田の顔からポロリと外れる。
カシャン
メガネが床に落ちた。
その時――
俺の中の、何かも落ちた気がした。
「あ、坊っちゃま。失礼しました。今、身なりを整えて参ります」
浅くお辞儀をして、退出するためドアに近づく冬田。指の先まで硬そうなサイボーグに、なぜだか俺は、手を伸ばした。
「待て、冬田」
だけど、触れた指は、想像と全く違って。年相応の、柔らかい肌触りだった。
「……坊っちゃま?」
今まで触れたことのなかった俺たちの距離が、訳分からない速さで一気に縮まる。その事実に、冬田は少し動揺しているらしかった。俺と繋がっている手を見た時、目が僅かに揺れた。
といっても鉄仮面はそのままで、動揺の「ど」の字も、俺に悟らせないが。
「何か用がおありですか?」
「……ある、って言ったらどうする?」
「聞きます。私はメイドですから」
「あっそ。じゃあ――こっち来て」
「え、あ!」
グイッ
繋がっていた手を、俺へと引っ張る。まさかの自体に、冬田は簡単に俺の胸に飛び込んだ。
ん!?――とでも思っているのか、両目が開いている。冬田の動揺、捉えたぞ。そして冬田自身も捕らえた。俺はがっちり、冬田を抱きしめる。
「あの坊っちゃま、暑いです」
「おい、この状況で開口一番それはやめろ。ムードに欠ける」
「必要ない物は削ぎ落とすまでです」
「容赦ねぇな……はぁ」
「ため息も必要ありません」
険しい顔で、冬田が俺見る。俺も、黙って見返した。黒い綺麗な髪。メガネよりも丸っこい大きな目。ぷっくりとした形のいい唇。どれをとっても、もう冬田を「サイボーグ」とは呼べそうにない。
「チッ……」
ほんと、どこまで型破りなんだよ。サイボーグじゃねーじゃん。裏切りやがって。ギャップなんか見せんじゃねーよ。
「あの、坊っちゃま。それで用とは?」
「……」
気に触る。気に食わねぇ。
その格好じゃ、もうビーム出せねぇだろ。なら――俺の本音でも食らってろ。
「なぁ、好き」
「……は?」
「お前のこと、いま好きになった」
一目惚れビーム。
その効果の程は――
「え、あ……の……っ」
どうやら効果は、バツグンらしかった。
亜樹side end
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