懲りないとダメ

 妻に呪われているんです! と言う第一声から伊藤さんは話を始めた。私が聞きたいと言ったわけではなく、彼が私にどこか紹介できないかとメールで食い下がってきたのでこうして会うことになった。正直に言えばもうこの時点でゲンナリしていた。なにしろ彼は呪われていると主張するが、その原因は彼の不貞であり、運の悪いことにその妻は心霊関係で有名な地域の出身だった。奥さんが実家に帰って以来ロクなことがないので、それは呪いに違いないというのが彼の主張だ。


「落ち着いてください、呪われているかどうかはさておき、お話を聞かせてもらえませんか?」


 狼狽している彼を何とか落ち着け、話を聞くことにした。ただ、呪い返しは相手にダメージが行くことが多いので、そもそもの原因が彼である以上そんなことをするべきではないのではないかと思っている。


「あの女、俺がちょっと同僚に手を出しただけでヒステリックに叫んで実家に帰りやがったんです! ほら、この傷を見てくださいよ!」


 そう言って彼は腕をまくる。そこにはミミズ腫れのような傷跡が残っていた。彼によると、夢の中に奥さんが出てきて恨みがましく引っかかれたらしい。別のところで付いた傷だとして、そんな嘘をつく理由はないのでおそらく本当のことなのだろう。だからなんだという話でもあるのだが……


「その傷は確かに霊障のようにも見えますね。他にも何か?」


 そう聞くと待ってましたと彼は最近の不幸話を始めた。階段を下りていると誰もいない後ろから押されたように倒れそうになったり、ドアを開けて部屋に入ろうとしたら指を挟まれそうになったりと様々だが、見たところ彼は五体満足のように見える。


「あの女、なんでこんな事をするんだよ、俺が何をしたって言うんだよ!」


 それは不倫でしょうと言う言葉が喉から出かかったのだが、それを飲み込んで彼に聞いた。


「それが奥さんの仕業だと仰っていますが、ならば謝罪はしましたか?」


 原因がはっきりしているなら謝って止めてもらった方がいいし、そもそも単純に呪いをはじいても相手が呪いを使えるなら生きているかぎり呪うことが出来る。そんなどちらかが力尽きるまで続く不毛なことに首を突っ込みたくはない。


「は? なんで謝らなきゃいけないんですか? 俺はちゃんと家に金は入れてましたし、誰が稼いでいると思ってるんですか? 俺の稼ぎで生活しているんだからアイツが細かいことに口を出す理由はないだろ?」


 ダメだなと思った。彼はどうしようもない。一応呪いを祓ったところで次の呪いが来るだけだろう。穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなものだ。そんなことを続けたところでキリがないのは目に見えている。


 最低限元をなんとかしないと泥縄になるに決まっている。そんな無謀な戦いに首を突っ込みたい霊能者などいない。そもそもこの男の場合呪いを祓って感謝するかどうかさえ怪しい。とても霊能者を紹介できるような相手ではない。


「申し訳ないですが私には心当たりがないですね。世の中にはお金を払えば祓ってくれるという方もおられるのでそういった方を探してはどうでしょう」


 温情にそういう人がいることを伝えたのだが、彼の反応はといえば……


「はぁ? なんでそんな大金のかかるようなお祓いをしなけりゃならないんですか。そんなのゴメンですよ」


 そう言って彼はカフェの伝票を残したまま乱暴に立ち上がって去って行った。どうしようもないな……と思いながら窓の外に見える彼を見送ったが、その後ろにうっすらと黒服を着た女性が見えた。しかしそれを伝えたところでどうしようもないなと思いそのまま見送った。


 現在、彼の続報は届いていない。せめて彼がきちんと謝罪してまともな霊能者に祓ってもらっていることに一縷の望みを抱いている。

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