8・苣の誕生日編

「ただいま~~」[御前たち疲れたであろう、今日は休息ぞよ]

銀行の帰り。ネイは四人を労う言葉をかけた。


「ここから生活費が差し引かれるのか…」

「しょーがないしょーがない。あ~お腹空いた~」

「ふふふ…今日はね、麦茶漬け!」

「渋いね~」

俺の好物なんだ、とルーは満面の笑み。


担々団体はここ一か月で、かなり依頼をこなした。

すべてが金目的だが…火山氷山の時のようにいたずらで足を引っ張りあったり、提灯の都での団結をまた見せてくれたり、依頼先で捕まったネイを取り返したりした。


今回の報酬を苣が数えていると、スマホから着信音が。

『おまえら順調?』

「あ、ボスー」

いつの間にルドからの電話も、気軽で当たり前のものになったな…

「順調も何も…」

「ちゃんと頼まれた事はこなしてるよ俺ら。」

『うん知ってる』


実は依頼とは別に、ルドから押し付けらまかされた仕事も。


「ボスって人使い荒いよね」

『でも死にかけながらもやり遂げたんだよね?』

「自分の部下を死にかけさせるなや…」


内容の似た敵企業を調べる、ルドの会社を快く思わない邪魔者を黙らせるなど…。

結構な部下使いだ。

『いやぁ死なない部下とか便利でいいね。雇って良かった』

「その前に感謝とか労いとかくれてもいいじゃん!も~…」

「というか、指示が毎回暗号なの何なんですか⁉」

『暗号はおれのシュミ~☆』

「」

『…その邪魔者、なんだか妙なんだよね』

ふいに、ルドが声色を変える。

[妙とは?]


『おまえらだけを、徹底的に狙ってる感じ』


「ん……金槌の奴と超能力の奴もそうだっただろ。」

「また親父さんの企業?」

『裏紙のウラに書くわ㈱じゃない…あいつらはうちの本部を狙ってくるもん』

[具体的にどう邪魔されたのだろうか]

『うちの参謀の見立てでいくと

鯵唖あじあの国役場におまえらを通報したり――』


…鯵唖。その地名に、場の空気が凍り付いた。

『———おまえら?』

[確か、鯵唖は四人の出身国ぞよ]

『それは分かるけど…どうした?』

揃って険しい表情で、返事が返ってこない四人。


「…ごめんボス。ボクらちょっと切る」

ルドの返事を聞く前に、リーヨウは通話終了ボタンを押す。

各々固まって、自国のことを考えている。


…こうなってしまうのも当然だと、ワタシは思う。

己が生きて、一度死んだ場所。嫌悪感が無いはずがなく、思い出したくもない出来事や人物を思い返す。そのとき、

「ッ‼げほげほげほっ‼………う…おえ」

「ルー」

アディルがうずくまって苦しむ。三人はすぐ駆け寄る。

「げほっ、げほげほっ…‼息、できな…い」

「アディルアディル。こっち向いて」

じっと見つめるリーヨウ。ルーは細めながらも目を合わせる。

優しく笑いかけるとリーヨウは、


「とりゃーっ!!」「⁉」

ルーの頭にチョップを繰り出した!何故⁉

苣も霙もネイも、当のアディルも吃驚して、

「えぇぇなんで⁉リーヨウ大丈夫⁉」

「お、普通に喋れるようになったね!深呼吸して?」

「あ確かに」

ルーゆっくり息を吐く。


[荒療治ぞよ…]

「いやボクだってチョップされたから!おあいこおあいこ」

「うん。ありがとリーヨウ!」

「ルーは良いのかよ…」

「そんなリーヨウたんも可愛い!」

その日は、ルーが団員に心配されながら皆で並んで寝た。


          〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「20日、ですな」「ですなぁ」「ですなぁ苣。」

トーストを運ぶ苣に、アディルリーヨウ霙の順で顔を向ける。

[十月二十日…?特別な日なのか?]

「ええと…私、今日はね」


苣の生まれた日である。

[成程、誕生日。この国のお祝いと言うと…やはりケーキ?

パーティは如何する]

「パーティ?それ、どういう遊び!」「ケーキが誕生日に要るのか…?」


…やっぱりな。

コイツらの事だから、誕生日を祝ったこともければ祝われたこともない。

まぁ、身分や生まれもあって「祝えなかった」が正しいと思うが。


文化の違いに混乱する団員に、ネイは説明する。

[人間にとって生まれた日は喜ばしい。だから、周りは好物や贈り物で祝福する。

つまり苣の誕生日は、三人が頑張る必要があるのだ。]

面倒くさがらず丁寧な解説に、感心するワタシ。キミも頷く。


「えーと…まず、買い物に出かける」

「苣に欲しいものを選ばせて、買う」

「で、いっぱいおめでとうって言う!」

…自分を祝う話を、目の前でされている苣。頬を染めて俯いてしまっている。


[…本来これは、サプライズといって

苣には秘密で行うのだが]

そんな彼らも、やるときはやるのだと…期待しておこう。



デパート三階で、苣が欲しい物を選んでる頃。

「なんか店内、オレンジのかぼちゃ多いね」

「あれ南瓜かぼちゃ?普通緑だから気づかん」

「どうしてオレンジなんだろ…」

[はろうぃん、という奴ぞよ]

「……?」

[この国のはろうぃんはどうも、元の文化から離れているが…

"お菓子をくれなきゃいたずらするぞ"のフレーズは変わらぬ。]

「へぇ…」

目の端を光らせたリーヨウが、少し進んで振り返る。


「お菓子くれなきゃいたずらするぞ♡」

これまた苣が喜びそうな…可愛い仕草である。

「生憎、甘い物の持ち合わせは無いんだわ。」

リーヨウの「霙弄り」は身をもって味わってるはずなのに、謎にウェルカムな霙!

ハロウィンがそれを乗り気にさせているのか⁉


アディルが温かく見守る中、

「いいんだね?それっ!」

霙の後ろに回り込んだかと思うと、リーヨウは――


「…二の腕揉むのやめろや」


二の腕を揉むという、予想の斜め上を行くいたずら!

霙の首元から顔を出したネイ、⁉を隠しきれない。


「お菓子は無いけどお肉は隠し持ってるんだね」

「ほっとけ」

かつてない、過剰な霙弄り‼そうか、腕に筋肉あるのか…


霙自身まったく気にしてもいない情報だった。

「じゃあリーヨウと何度やっても腕相撲に勝てないのって…?」

アディルは首を傾げる。

[どちらかと言えば、霙は足の筋肉に極振りしてるぞよ]

「たしかに、かけっこなら誰にも負けないよね♡」

うんうんと頷く二人と一輪。しかし霙は、


「んな誇れたものじゃねぇよ。…逃げてるだけじゃ、

許されない場もあるし」



その台詞に含んだ、静かな痛みを察してか、リーヨウが明るく尋ねる。


「ネイ、それじゃ何でかぼちゃがオレンジなの?」

[魔除けの為ぞよ。元のはろうぃんの姿は、この時期に現れる悪霊を

魔除けや仮装をしてやりすごす、というものだ]


「霊的なものは前会ったから…あんま怖くねぇな」

「どちらかというと俺は人間のが怖い…」

[霊ぞよ。だから悪霊の恰好をして、紛れ込むらしい。]


「んーじゃああれは?」

リーヨウが指さす先、魔法使いや妖精、ユニコーンなどの衣装の

子供達。


[あんな霊は知らないのだが]

……それな。


          〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「今日は値段気にせず、物欲に正直になるといいよ!」

「じゃあまた後で。」「夜ごはん期待しててね~♪」


「……うん、分かった」

三人と一輪に別れを告げ、三階ブティック売り場にひとり。

「【物欲、ね~

無気力無欲な貴方にそんなもの、皆無だよ】」


正確には付喪神も一体。


苣は目を伏せ、呟く。

「なんで皆あんなに切り替え早いの?

昨日のこと引きずってるの私だけ?」

【さァ?忘れたいだけなんじゃな~い?】

「そうなのかな……」

【苣はどう?生前のこと。引きずりたい?】


「そんな訳ないから‼あんな奴らの顔、覚えてたく、無いのに…‼」


どちらも苣から発せられる声だが、

確かに鯵唖あじあ生きていた、苣の恨みが垣間見える。


しかし、場所が悪かった。

「何かお探しでしょうかお客様🥰💣✨」

「ッはい!!?」

ハンガーにぶつぶつ話しかけていたのを、服選びで迷っていると勘違いされ…

「お困りでしたら⭐お客様に似合うものを👍ワタクシが🥳」

「ええと、服を探してるわけじゃなくて、その」


非常に賑やかな語尾の店員に戸惑う苣。


「【お願いしま~す】」

意に反した【朽葉】の発言に、苣は混乱。

「かしこまりました💖お客様は落ち着きのあるや色ゆったりとした素材が

お似合いでございます🤭🎉」


…鋭い。実際いつも苣はそんな服を着ているのだ。

「ですので店を移りましょう🎶」

「店を移る?貴方ここの店員じゃ……」


「なんの自慢にもなりませんが、ワタクシ店をかけもちして

おりまして😎

此処ガーリーから、ボーイッシュ・子供服・制服・紳士服まで

勤めております。」


凄い方に出会ってしまったな、苣……

「まって私いつの間にガーリーブランドエリアに…⁉」

…苣はそっちの方が驚きのようだ。


そんな店員に導かれ、

「お外でもご自宅でも😘ゆるパーカー🎊」

「わっ私が着るにはパステルカラーすぎるというか、可愛すぎというか…

【似合う似合う~】」

「七分丈のひろびろ裾ロングスカンツ⭐」

「これさっきのガーリーブランドでは?」

「素敵なお客様なら着こなせるかと!🥰🥰」

普段づかいの服を次々試着。


ぎこちなかった苣も服選びを楽しみ始めた頃。

「【私、あの人がつけてるみたいなのも気になる~】」

「あれですか!ハロウィン期間の催し物なのです🎃

レジ付近で売っていますよ🙃」


苣は「あれつけんの⁉私にはちょっと…!」と思う。

しかし「是非✨是非✨🎊」と賑やかに勧められると、


「……会計行ってきます」



早速苣は、購入したそれを装備☆


…まさかワタシにもうつるとは。この口調おそるべし。


「【鏡のとこ行ってよ~鏡!】やだ!【朽葉クチバ】絶対バカにするし!

【あっ看板にうつってるからいいや】」

そう。【朽葉】がつけさせたかったのは―――


「【——ふふふふっ‼ふふ、さいこうだよ貴方っ‼似合う~~!】」


悪魔の角のカチューシャである。

看板に向かってクスクス笑う自分の顔を、心を無にして眺めていたのだった。

「【ふふふ、これで少しは切り替えられたでしょ~】」


その言葉にハッとする苣。そして、目を閉じて少し笑う。

「…ふふ。余計な買い物した

【だって断らないんだもん~♪ふふっ!】」


一人称も、笑い方まで一緒な苣と【朽葉】。

お話しできて、とっても仲良しで…


付喪神からしたら、羨ましい限りだ。


          〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「……迷った」



三人と一輪、エスカレーター前の案内図を前に固まる。

「どうしよ!かれこれ一時間くらいウロウロしてるよ!」

「流石に時間かけすぎだわ…」

[階を行ったり来たりしても仕方が無い、地図を見るぞよ]

「でもボク地図わかんない…‼けーきやさん、ってどういう字⁉」


彼らはネイの提案で、ケーキの予約をすることになったのである。

「この国の"図"ってやつ、大体難しいんだよ。」

「あーここ来る時いつも苣が仕切ってくれてたんだ!!!

俺ら、苣頼みすぎる…」


指揮官である苣の不在に、現在地すら掴めない三人。


[ケーキのような丁重に保存する物は、階を挟んで移動するのに適さぬ。

予約していた品を取りに行くことも考えて、

出入口のある一階に位置しておるのだ]

「!」


救世主ネイにより、無事ケーキ店"代月しろげつ"を発見。

「助かったよ、ありがとう!」

「ネイって人間の文化詳しいよな…下手したらオレらより」

[そう…であろうか]

その高い声で、ひらひらと笑うネイ。


[あの花畑で得た、根ットワーク情報ぞよ]

「根ットワーク…花々にもハイテクな物があるわ」



「ありがとうございました~」

道のりは本当に本当に長かったが、きちんと任務を済ませ…。


「ん…苣、二階のテラス居るとよ。」

苣から連絡を受け取り、合流を目指す。


「え!こんな寒いのにテラスって、寒くないの…⁉」

「いや十月はそんな寒くないだろ」

「いやいや既に寒いって‼」

「いやいやいや……」


リーヨウと寒さの話をしていると、ふと氷山でのことを思い出す。

「…今思えば、苣が寒さ強いのは

あいつも山生まれだからなのかもな」

「あいつも、ってことは霙も?」


そう訊ねるルーの目を見て、霙は口を開く。

「うん。十五までは…山岳にある大きな和街で生きてた」

[十五歳…?あとの四年は、どこで生きたのだ]

そう遠慮がちに訊くネイの目は見ず、

「………十五は、鯵唖の徴兵年齢だ」

と、答えた。


霙は足を止め、を閉じ―――

「あ、じゃあアディルってボクと同じ

海側出身なんじゃ⁉」


「……そうかもな」

口元を緩ませて、再び歩き出した。


「ああ、確かに海の見える土地だったよ」

「やっぱり⁉」

リーヨウの輝かせるは、

暗い気持ちにさせないくらい、眩しかった。



「あ!ちしゃ~!」「一時間ぶリーヨウたん可愛い~🥰✌」「んだその語尾」



「おい見ろよルーだっ❕」

意外にも人の居るテラスに、馬鹿でかい声が轟く。


「————ラグ」

思わず振り向いてしまうこの大声、アディルには覚えがあるようだ。


「やァ、逢いたかったよォ?」

「今までダラダラと何やってたのっ♪」

「オマエが死んでから私達、」

「散々だったの。」

「生きてたことが不思議なくらいな❕」

駆け寄ってきた五人は、アディルと同じ肌の色。


この国ではなかなか見ない、褐色だ。

「みんな、あの、俺」

「言い訳は聞きたくない!」

口調に棘を感じ、警戒する苣と霙。ネイはルーの表情を心配そうに伺う。

…その赤い目は見開かれ、怯えたようだった。


[アディル…?]

声をかけるも、返事は無い。

「だってルー、」

「恐かったの。」


「………ッ‼」


「革命戦争のきっかけのキミが、

国に放っておかれるはずないよねェ」



―――その瞬間。

「あっはははは!!よーく燃えそうなやつら!!!」


先程のラグに匹敵する大声!

「こんなにいいのかい?ヒダネさん♡」

なんと、リーヨウが【火種】を使って

暴れてあそんでいるのだ。


燃え上がる火炎が去ると、団員と一般客は逃げて行った。

唯一五人の目の前に、残った物とは。

「……燃えそうな奴らって、これかよ」

テラスに飾られた、ジャックオランタンだった。



「ごめ…っありがと、リーヨウ」

アディルは疲れた顔で、お礼を言う。


炎に紛れてダッシュしてきた団員たち。無事撒けたようだ。

「ぜー…はー……死ぬ…」

一人無事じゃない奴も居るが。

【朽葉】にボソッと「体力ないね~苣」と言われている。

[アディル、落ち着いただろうか?]

「っ、大丈夫…

…ううん、ちょっと休ませて」


心の整理をしようと、ルーが深呼吸をしたとき。

「【えっと、私、

夜ご飯期待しててね、って言われたような…?】」

シリアスをぶち壊す【朽葉】の一言!


「そうだね♡アディル、立てる?」

[…話はそこで]「ゆっくり聞かせろや」

「すご!みぞれとネイぴったり!!!」


…そうだった。コイツら皆マイペースだったな。



「……うん。苣の誕生日なんだし、俺も目一杯祝うよ!」


          〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「「いただきます!」「「[…いただきます。」


一方は元気よく、もう一方は静かな挨拶で迎えた晩御飯。

老舗のテーブルの上に広がるは…

「豆腐鍋美味しそ~!」「リーヨウたん可愛いっ!」

蓋を上げると広がる、市販の出汁の香り。


整列したネギと豆腐にトキメキを覚えるワタシ。

…秋の鍋物はキミだってトキメくだろう。


[えーでは皆、烏龍茶を掲げるのだ。

二十四歳、おめでとう苣]

「おめでと~!」

「…おめでと。」

「おめでと、苣」


「ふふ、…祝われるのってめちゃくちゃ恥ずかしいな」

みんなとコップを交わし、照れ笑顔の苣。

「悪魔かちゅーしゃ似合ってるわ。」

「うわ本当!!なにそれ苣、おもしろ!♡」

「まあリーヨウたんに褒められるのなら…」

「ていうかプレゼントそれだけで大丈夫?」


「そもそも贈り物っていうのが慣れないけど……

私は仲間と、担々団体っていう居場所があればいいや。」


[苣……!]

その言葉に喜びを隠せないネイ。同じように、三人も嬉しそう。

「【…良かったじゃん、苣】」

愛おしげなその声は、

店内のがやがやにかき消された。



「ふ~久々にこんなに食べた…」

「大丈夫?〆の雑炊食べ過ぎた?」

「いや、たくさん食べるのは良い事だしいいよ」

「んじゃ、帰ったらケーキもいけるな」

「ええ…?まだ食わせるの?」


ご飯後だからか、浮いた足取りで事務所の階段を上り――

「あーどいてどいて」


ドアから出てきた見知らぬ方に驚く。

続いて、リビングテーブルを抱える配達員二人に出くわす。

「は……⁉」

「ちょ、ちょ待ってください!どういうことですか、

ここ私達の事務所…!」


ーじゃなくなったからだよ」


突然すぎて呑み込めない。一体どういう…?

「というか、君たちが自ら引き払ったんだよね?

これ、書類ねー」



「ここは今日からー、国役場の拠点だ」

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