第十一章 血脈

#21 血脈 (上)

 ある朝、幼い女の子はガラス製のドアを開け外に出ると、そこによく作り込まれた人形が一体置かれていた。彼女はそれを拾い上げ抱きかかえると、室内へと嬉しそうに戻った。

 室内の壁には大きな三枚の鏡が貼られ、その前に並ぶ高さの変えられる革張りの椅子に女の子は座る。そして奥の部屋とを隔てる扉に向かって、大きな声で呼びかける。

 「パパー!早く髪結んでー」


 奥の扉が開くと、スラっとした中年の男が出てくる。男は鏡に映る娘の姿を見て、声を詰まらせそうになる。

 「由紀ゆき、その人形どうしたんだ?」

 「お店の前で座ってたのー。パパからのプレゼントでしょ?またお人形買ってくれてありがとう!」

 男は突然血相を変えて、その人形を掴み娘の手から引き離す。

 「こんなもの捨てなさい!!」

 声を荒げる父の突然の行動に、娘は泣き出してしまった。そんな娘にかまう素振りを見せず、男は人形の頭を掴んだまま壁の方を向き黙っている。


 そして奥から出てきた母親は、呆然と立ち尽くす男と泣いている娘を見て困惑した。

 「どうしたのー?」

 「パパがお人形無理やり取ったのー」

 男は妻に人形を突き出しながら問いただす。

 「これお前が買ったのか?」

 「知らないわ、そんな人形」

 それを聞くなり、男はごみ袋に勢いよく人形を投げ込む。その行動に娘は余計に泣き叫び、妻は男のそれを咎めた。

 「どうしたっていうの!?何もそんな事しなくてもいいじゃない・・・・」

 ようやく我に返った男は平穏な表情に戻る。

 「店の前に捨てられていた物だったから、汚いと思ってつい・・・・。ごめんな、由紀。また今度新しいの買ってやるからな」

 そうなだめると、男はどこか上の空で娘の髪を結い始めた。たった今、掴んだ人形から流れ込んだ光景。それが頭の中で繰り返し再生される。




 口から下だけが鏡に映る喪服の若い男女。

 「あなたの所業は全部知っているわ」

 「僕達は決して許さない」

 「見慣れない人形を見たのなら気をつけなさい」

 「それはお前の大切な物を全部奪っていく」

 「あなたがそれは一番よく分かっているでしょう?」

 「僕達の力の全てまでは知らないはずだ」

 「目の前の大切なものを失いたくなければ、街外れにある川沿いの廃旅館まで来なさい」

 そして鏡は粉々に砕け散る。



 「パパー?パパー?」

 いつから娘に呼ばれていたのか。

 「パパー?終わった?」

 「あ、ああ、リボンを結んだら完成だ」

 「ありがと。」と言って髪を触りながら部屋へと去って行く娘の後姿を、男は無表情で見つめる。



 昨日の事、人形工房の姉弟は屋代の葬式に参列した後、そのままの格好で真琴に近所の空き地へと呼び出された。そこでセリフの書かれた台本を渡される。彼女は車から大きな鏡を運び出し、空き地の隅に立てながら二人に言う。

 「作戦は大胆にです。お二人ともクールに決めてくださいよ?」

 ぽかんと口を開けた樹は尋ねる。

 「あの、真琴さん?なんですか、これ?」

 「お二人のセリフです。犯人へのメッセージですよ」

 「それは何となくわかるんですが・・・。ここ、って書かれてますけど、僕ら何の隠し玉もありませんよ?」

 「生き人形に関する能力は、人によって若干違いましたよね?だからそこはハッタリです。分からないものは誰でも怖いのです」

 「わざとらしくて流石にバレませんか?」

 「大丈夫ですよ。犯人だって人間です。四六時中監視してる訳じゃないんですから。さ、覚えましたか?セリフ。私は最後に石を投げて鏡を割ります」

 「それ必要あります?」

 「演出、というか、せめてもの嫌がらせです。まぁ、こんなものでは到底気は済みませんが」


 再三真琴にダメ出しをされながら、テイクを重ねた姉弟。ようやく工房へ帰ると、真琴に言われるがまま三人で作ったメッセージ用の記憶を人形に吹き込んだのだった。

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