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開拓しーや@【新ジャンル】開拓者
第1話 緊急コール『・・・---・・・』
有名な世界滅亡論といえば、ノストラダムスの大予言が思い浮かぶだろう。
1999年7月、世界は滅亡する運命にあった――少なくとも、そう信じられていた。
しかし実際には、ただ一つのウイルスが、それを遥かに上回る“終わり”をもたらしたのだから、今頃、ノストラダムスも白目を剥いて墓の上でタップダンスを踊っているに違いない。
「いやぁっ! お願い、マサユキくん! こっちに来ないで!」
耳を裂くような悲鳴に振り返ると、そこには涙でぐしゃぐしゃになった学級委員長の顔があった。
あれほど落ち着いていた彼女が、今や顔を真っ青にして後ずさりしている。その視線の先には、“それ”がいた。
目の前の“奴ら”――かつては人だった何かが、俺たちを襲いかかってくる。
「くそっ……!」
俺は震える手で古ぼけたリボルバー拳銃を握り締め、引き金を引いた。
銃声とともに“奴”の頭部が弾け飛ぶ。だが、次から次へと現れる無数の影が視界を埋め尽くしていき、
「くそ、キリがねぇ」
「ううっ、どうして、こんなことに……!」
「泣きごと言うなっ! 死にたくなかったら銃弾を装填しろっ!」
科学が発達して、誰もが幸福を享受できるようになったはずの24世紀半ば。
目の前でうーうー呻きながら襲いかかってくる"奴ら"のせいで、俺たちの青春は一瞬で崩れ去った。
充実した学園生活を送るはずだった。
放課後に同級生たちとカラオケに行ったり、明日返却されるであろうテストの結果をボヤいては、馬鹿にしあったり、そんな高校生活を送るはずだった。
それなのに――。
俺たちの青春の象徴だった学園は、一瞬で死者の楽園に変わってしまった。
「いやだ、死にたくない……」
「俺だって死にたくねぇよ……っ!」
「嫌だ! こんなところで死ぬのは嫌だあああああああああああああああ」
「おい! 戻れっ! そっちはまだ奴らの群れが――」
そう言いかけて、名前も知らない同級生が悲鳴を上げながら、食われていく。
「ちくしょうっ」
“自分だけは特別”だなんて、どこかで信じていた。
誰もが人生の主役だと思っていたのに――今やその舞台すら崩れ落ちている。
「くそっ、もう弾切れかよ! みんな! いったん学園に避難して体制を――」
そう言いかけるも、俺の声に応える者はいない。
それどころか動く奴らの中に、見覚えのある顔がいくつも増えていて、
「――委員長。みんな、ごめん」
唇を噛み、手探りで掴んだのは手榴弾。
俺は何も考えずにそれを抜き、“奴ら”に向かって投げつけていた。
爆発音とともに橋が崩れ、数体の“それ”が川の中へと落ちていく。
――これでしばらく時間は稼げるはず。
せめてこの事態を学校に避難している連中にも知らせねば。
「マサユキ、借りるぞ」
落ちている拳銃を拾いあげ、みんなが避難しているであろう学園まで全速力で走った。
そうして籠城していみんなに避難を呼びかけようとすれば、――そこは赤と黒のグロテスクな地獄が広がっていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
「やめてやめてやめて」
「誰か助けてくれええええええええええ」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴があちこちから上がり、同級生たちだった者が生きたまま咀嚼されている。
それはまるで、旧世代で一世を風靡した『ゾンビ』や『ユーレイ』のようなフィクションでしか見たことのない光景で。
「なんだよこれ……なんでこんなことになってんだよッ!」
気づけばあらん限りの叫びをあげて、自分に襲い掛かろうとする奴らに、拳銃の引き金を引きまくっていた。
眼鏡をかけた親友の胸を。恩ある担任の顔を吹き飛ばすたびに、血生臭い液体や脳漿が体に付着し、俺の理性が削られていく。
そうしてただひたすらに生きるために、引き金を引き続け、
「ご、ごもんぐん、だだすげで」
俺の背後で、かすれた声が聞こえた。
振り返ると、そこには学園のアイドルで、俺の恋人だった――“はず”の存在がいた。
青白い唇から、ヒューヒューと引きつった音を鳴らし、こちらに近づいてく極穣エリナ。
身体のパーツが足りないせいか、動きはぎこちなく。生前あったような美しさがない。それでも、その真っ赤な唇からは生きているんだか死んでいるんだかわからない意味のない呻き声が漏れていて、
「え……エリナ……?」
震えながら彼女を見つめる。
しかし、返事はなく、ゆっくりと伸ばされた腕が俺の足を掴んだ瞬間――
「ちくしょう……。ちくしょおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は叫びながら引き金を引いた。目を閉じたまま、何度も何度も。
やがて、静寂が訪れる。
撃鉄を起こす銃身がカチカチと虚しく鳴り、拳銃を握る右手が震える。気づけば、俺の手には血と灰がこびりついていた。
動かなくなった先輩を見下ろし、呆然とする。
だが悲しんでいる時間などない。
「そうだ、アリス。俺にはまだアリスが――」
難病で動けない妹の安否を思い出し、即座に保健室までの道のりを走る。
学園の防衛線が崩壊した以上。せめて唯一生き残った妹たちだけでもどうにかしなければ。
そうして妹がいるであろう保健室のドアを勢いよく開け放てば、短い悲鳴の後に俺の目に飛び込んできたのは――竹刀を震わせ、必死に妹たちを庇う幼馴染のサクヤだった。
カタカタと震える竹刀をこちらに向け、驚きで目を見開いているサクヤと視線が合う。
よかった。無事だ。
「コモン! これは一体どういうこと⁉ なんで奴らが避難所に入ってきてるの⁉」
「どうやら奴らに噛まれた奴がいたみたいだ。サクヤ、この拠点はもう駄目だ。別の拠点に避難するぞ」
「そんな――嫌よっ! 病気のこの子をこのまま置いていけないわ!」
そうして何もわかっていないような顔で俺を見上げる幼い少女の手を取り、同じく自分の妹に寄り添っている幼馴染の手を引けば、イヤイヤと首を振るサクヤ。
だがこんなところで問答している時間はない。
「こうしている間にも、奴らがやってくるかもしれない。そうなれば妹ともども俺たちはおしまいだ! 無茶でもなんでもここで動かなければ食われるだけだぞ!」
「でも――」
「これも奴らから逃げて生きのびるためだ。頼む、今だけでいいから言うことを聞いてくれ!」
そうして何とか躊躇うサクヤを説得すれば、悲しそうにうつむいた幼馴染が、体調を崩した妹の顔を覗き込む。
「大丈夫。病院に行けばきっと治してもらえるわ。だからもう少し頑張りましょう、ね? リサ。……リサ?」
ピクリとも動かないリサ。
サクヤはそんな妹の様子を不審に思い、少女の顔を覗き込む。
するといままで大人しく姉の背中におぶられていたリサがは牙をむき、狂ったように叫び始めた。
「おながずいだああああああああああああああああああああ」
「そんな⁉ ――どうして! あいつらには噛まれていないのに⁉」
それはまるでどこか出来の悪い映画のようで、姉の首筋に噛みついたリサがあっさり頸動脈をかみ切り、サクヤは悲鳴を上げて絶命した。
そしてその白い瞳がギョロっと動き、何かに取りつかれたように動き始め、
「お兄ちゃん、助けて!」
「アリスッ!」
ふと世界が暗転したかのように切り替わり、奴らの群れに囲まれた妹のアリスが、今にも食べられそうになっていた。
伸ばした手は届かない。
それどころか俺の足掻きをあざ笑うかのように、妹の原型が少しずつなくなっていくのをただ見ていることしかできなかった。
あとには耳にこびりつくように自分に向かって助けを叫ぶアリスの声と、残骸が無残に床に散らばり――
「やめろ。やめろおおおおおおおおおおおおおッッ」
そうして狂ったような叫びあと、奴らに取り押さえられた俺の意識が徐々に遠のいていく。
それからどのくらいの時間が経っただろう。
いつまでも頭の中で響く絶叫が、自分のものか、それとも誰かのものかわからなくなった時――
『ソノカラダヲヨコセ』
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
ゾワリと、耳元でささやかれた言葉に、
慌ててVRゴーグルを投げ捨て、飛び退くようにして辺りを見渡せば、そこは自分のよく知る望内コモンの部屋が視界一杯に広がっていた。
空中に浮かぶ液晶画面に、制作会社のエンディングロール。
ドクドクとうるさいくらいに高鳴る心臓は今にも破裂しそうで、逆にそれが『俺』を冷静にさせ、そのままベットにもたれかかるようにして大きく息をつけば俺――望内コモンは滝のような汗をぬぐった。
「はぁ、――なんだよ。夢かよ」
夢オチなんてサイテー、という謎のワードが頭をよぎり、どこか残念な、それともホッとしたような息をつき、脱力する。
どうやら旧時代の映画を見て、そのまま寝落ちしてしまったらしい。
17歳の誕生日。
キモオタ眼鏡の親友が入院デビューオメ(笑)というメッセージと共に送り付けられたものだが、
『異常な心拍数を検知しました。指向性ヒーリングミュージックを実行しますか?』
「余計なお世話だっての」
さっそく備え付けの補助介護ドローンAIからのビビり判定を頂戴し、有無を言わさず電源を落とす。
そうして凝った体をほぐすように大きく伸びをして、窓の外に視線をやれば、太陽はすでに真上に上がっていた。
俺は、どうやら完全に寝過ごしたらしい。
今日は大事な進級がかかったテストだったはずだ。今頃担任の女教師はカンカンに怒っていることだろうが、まぁいいか。
どうせ、今の状態じゃ碌なテストも受けられないだろうし。
「それにしても旧時代の人気映画とはいえ、タイトルに釣られてB級映画なんて見るもんじゃないな。いくらなんでもリアリティなさすぎだろコレ」
おかげでずいぶんとリアルな夢を見た気がするが、もう大半のことは覚えていない。
当然だ。
なにせ旧時代の人間が考えた未来設定とはいえ、ウイルス汚染程度で世界が滅亡するはずがないとわかっているのに、どうやって怖がれというのだ。
正直、設定がチープすぎて、逆に見たことを後悔してるくらいだ。
「はぁ――、せっかくマックスに高い金払って違法アップロードしてもらったってのに、これかよ」
旧時代の人間はよくこんなもので怖がれたもんだな。
やけに古い型番の電子媒体をゴミ箱に投げ捨て、即座にデリートボタンをクリックする。
そしてぐっしょり汗で濡れた肌着を交換すべく、存在しない空間に手探りで手を伸ばし、一枚のシャツを虚空から取り出そうとすると、
『エマージェンシー、エマージェンシー』
『病室の端末』に接続されたスマホの通知がけたたましく鳴り、コモンは思わず顔をしかめた。
「うげっ」
わざわざこの古い携帯端末に連絡してきたということはよっぽどの緊急事態なのだろう。
正直、見なかったことにしたい。
だが残念ながら放置した結果の末路もありありと想像できるので、仕方なく通知画面を開けば、オタクな親友からのSOSが数十件と、幼馴染のお小言メッセージがこれでもかと届いて――、
「入院してまで、試験で殺されるとかごめんだっての」
そういって望内コモンは、病室に設定していた自宅のホログラムを消し、全機能を強制シャットアウトする。
そして白い無機質な空間が広がる病室で布団をかぶると、頭に包帯を巻いたコモンは今日も退屈な非日常を憂い、二度寝を決め込むのであった。
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