十二宮シェアハウス

宵宮祀花

短篇蒐◆各話完結

ランチデート


 高身長、高学歴、高収入。

 所謂三高を兼ね備えた紡には、毎年恒例の出来事がある。

 それは――――


「あっ、社長~いまからお昼ですかぁ?」

「良かったらあたしとご一緒しませんかぁ?」


 ただでさえ高い声を、更に甲高く繕った猫なで声ですり寄る女性新入社員。

 慣れた他の社員たちは「おっと、今年もこんな季節か」と季節の移ろいを感じたり「私もあんなふうだったな……」と過去を懐かしんだりしている。


「すまないが、先約がある」


 それだけ言ってスタスタと去って行く背中を、ぽかんとした顔で見送る女性たち。その顔には「この私が誘ってるのに?」という強い自信がハッキリと浮かんでいる。そんな新入りを一年先輩の女性社員は、黒歴史を見る目で眺めていた。

 ならばその先約とやらを一目見てやろうとあとをつければ、社屋入口に佇む女性が一人。


「待たせた」

「いんや、全然。でも陽和と音夢は腹ぺこで待ってるだろうから急ぐよ」

「ああ」


 燃えるような赤い長髪に、見栄えのする長身。しっかり鍛えられていることが服の上からもでわかるボディラインはしかし、ガチガチのマッチョというわけではなく、しなやかで女性らしい曲線が現れていた。

 端的に言うなら美男美女。しかもどちらも長身で見栄えがする。なにかの撮影だと言われたら信じてしまいそうになる光景だった。

 あまりにも自然にエスコートする姿は、取って付けたイケメン仕草などではなく、普段から当たり前にそうしている者の所作だった。


「え~社長って付き合ってる人いたんだぁ」

「イケメン社長が未婚だって聞いたからここに入社したのにぃ」


 不純極まりない動機を落胆の溜息と共に自ら暴露した新入社員二人は、揃って肩を落としながら社員食堂へと去って行った。

 心なしかその日のランチは塩気が利いていたという。


 * * *


 砂羽と合流した紡は、会社近くにあるクイーンズバーガーという高級ハンバーガーショップに来ていた。其処では肉厚なハンバーグと新鮮な野菜、濃厚なチーズなどをふわふわなバンズのあいだに惜しげもなく重ねた嵩高なハンバーガーが食べられる。ポテトは厚切りほくほくタイプで、その他のサイドメニューも充実している。


「お疲れー」

「お疲れ様だねえ。砂羽ちゃんもお迎え行ってくれてありがとお」


 ひらりと手を振る陽和と、にこにこ迎える音夢。

 ボックス席に向かい合う形で紡と砂羽が腰掛けると、人心地ついた様子で浅く息を吐いた。


「いいってこと。注文はもう取ったのかい?」

「そらもうバッチリよ」


 手の中にある電子番号札を揺らして、陽和が微笑む。

 086と数字が振られたジッポサイズのそれは、注文の品が出来るとアラーム音で知らせてくれる電池式の番号札だ。カウンター上部にも電子掲示板があり、其処でもわかるようになっている。

 暫しして手元の番号札が鳴り響き、陽和が立ち上がった。


「あたしも手伝うよ」

「お、サンキュ」


 流れるように砂羽も立ち上がり、連れだって受け取りカウンターへと向かう。

 声をかけるタイミングを逃した音夢は、こういうときテキパキ動ける二人を羨望の眼差しで見つめていた。


「あいよ、お待たせー」


 山盛りのバーガーやサイドメニューが乗ったトレーが、テーブルに置かれた。特に音夢の前には、わんぱくな男子高生のような数のバーガーが盛られている。


「あれ? 音夢、今日はちょっと少なめじゃないかい」

「だってえ、紡さんはお昼休みの時間が限られているでしょう?」

「俺か? 別に、気にせずとも良かったのだが」

「うふふ、足りなかったらおやつを買って帰るから大丈夫よお」

「んじゃあ帰りにサフォークモール寄らね? 買い足したいもんあるんだわ」

「いいわよお、久々にお買い物のお手伝いするわねえ」


 話しながら誰からともなく頂きますと手を合わせ、バーガーの包みを剥がした。

 ベーコン月見バーガーや照り焼きチキンバーガー、スパイシーチーズバーガーに、二段重ねの分厚いパティとベーコンと目玉焼きが挟まったエンペラーバーガーなど。

 ピリッとしたスパイスと濃いめに作られたソースの深い味に負けず劣らずの溢れる肉汁、とろけるチーズの絡みつくような濃厚さ。其処へ、瑞々しいレタスやトマトがシャキッと主張して、濃口に染まった味覚を引き締めてくれる。

 此処のバーガーを包んでいる紙は正方形の二辺が閉じた、所謂袋状になっていて、ソースをこぼさないよう食べることが出来る。ナゲットやポテトを袋の角に溜まったあまりのソースにつけて食べるのも、此処のお約束の一つだ。


「此処ってたまに物凄く食べたくなるのよねえ」

「わかる」


 音夢のしみじみとした言葉に砂羽が同意し、男性陣が頷く。

 ジャンクと高級感のバランスが良く、本当にふと『たまに』恋しくなる味なのだ。


「美味しかったあ、ご馳走様あ」

「久しぶりにゆっくり過ごせたんじゃないかい」

「だねぇ。おれも子供たちに目を配ってなくていい分、寛げたかも」

「済まないが、俺は先に失礼する。陽和、領収書はいつもの場所に頼んだ」

「あいあい。午後もがんばれよー」

「ああ」


 いそいそと出て行く紡を見送って、陽和はすっかり氷が溶けて水割り同然となったジンジャーエールをストローで啜った。炭酸もすっかり抜けており、ほの甘い液体と化してしまっている。


「つむくん最近忙しそうじゃん?」

「インバウンドの波に乗らずに、あくまで日本人向けの観光ホテルやってっからね。治安悪くなるくらいなら他で補いつついままで通り続けたほうがいいってさ」

「いまこの時代にそれはだいぶ厳しいんじゃないかしらあ?」

「だと思うよ。でもアイツがいけると思ったことでいけなかったことないし、まあ、今回も大丈夫なんじゃない?」


 陽和の言葉は興味がないわけでも、根拠なく適当に言っているわけでもなく、紡の実績を知った上での発言だった。


「そういやいっつも紡を迎えに行くのは砂羽ちゃんだけど、なんか意味あんの?」

「ああ、あれ? アイツ会社で毎年新入社員の女に言い寄られてんだよ。けどマジの恋人ぶつけるわけにもいかねえだろ? だからあたしが牽制役やってんのさ」

「はぇー……そっか、イケメン若社長だもんな。そらモテるか」

「いつもちゃんとランチデートだっつえよって言ってあっから、年一凌げば落ち着くみたいなんだけどな」


 面倒だよな、と苦笑する砂羽は、刹那のことを思っていて。

 刹那が芸能人であること、紡が社長であること、未だ世間が同性愛に対し「一定の許容を示してもいいけど身近では見たくない」程度の感覚であること。

 売り出し真っ最中の俳優にいらぬスキャンダルが起きても、敏腕社長に余計な噂が立っても、いいことなどありはしない。

 どちらの世界も、きれい事だけでは生きていけないのだから。

 其処で音夢ではない理由も、陽和は察してしまった。音夢は端から知っていた。

 若社長の隣に立つのに、見栄えのする美女でなければ牽制にならないからだ。仮に音夢の外見が砂羽と同系統の派手めな美人であっても、音夢のおっとりした性格ではめげずに言い寄ってきた女性に対処が出来ない。


「いつか『ダブルデート』しなくて済む日が来るといいわねえ」

「だな」


 一つ欠けた席を見つめ、三人はシェアハウスの恋人たちを想った。

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