第14話
魔物はこちらの準備を待ってはくれない。
夜明けと共に森を抜けてきた魔物に対して警戒していた人達が対処にあたり、そこから休んでいた者を起こして、騎士団・衛兵隊・冒険者が集まってそれぞれ戦闘が始まった。
指揮系統はそれぞれに分散させられているけれど、近接が苦手な冒険者は第一防衛壁の前でギルマス指示の下、魔法や弓を射ち的確に援護をしている。
「手が空いている奴は負傷者を回収して戻ってこい! 無理なら薬だけでもばら撒いてこい!」
状況だけで判断すればゴブリンの時とは比較できないほどに苦戦を強いられている。前提として、この先に控えているドラゴンやケンタウロスと相対して戦えるほどには体力を残しておく必要があるから、その手前で全力は出せない。
とはいえ、まだ可能性はある。辺境伯は世襲制ではなく指名制――その条件は守りに特化した魔剣を所持していること。例に漏れず、ここの辺境伯も結界を張れる魔剣を所持しているらしいけど、使うには王都議会の許可がいる。
日が昇った早朝に会議は無い。けれど、特級が四体も現れた異常事態を知れば許可は下りる――はず。……考え無しの愚か者でなければ十中八九大丈夫だと思いたい。
「戦線を広げろ! 固まらずに戦えば援護が届きやすくなるぞ!」
「怪我した奴は下がらせろ! 死なないことが最優先だ!」
この場にいる冒険者だけでなく、騎士団や衛兵隊を含めた全員がそれを望んでいて、そのためだけになんとか戦場の均衡を保とうとしている。
森から溢れてくる魔物の数が想定を超えた時、背中越しに第一防衛壁の中がざわついたのを感じた直後、地面に突き立てられた魔剣によって結界が張られた。
「遅れてすまない。ここからは私が防衛を担う」オルト辺境伯――この前は遠目だったけれど、やっぱり金色の長髪に見目麗しい顔立ちは目を見張るものがある。「ハクサ、この場で最も正しい判断ができるのはお前だ。指示を出せ。私が魔通拡散で皆に伝える」
まぁ、そのためにわざわざ私のいる場所に来たんだろうし、仕方が無い。
「じゃあ、予定通りドラゴンは騎士団、ワーウルフは衛兵隊、ケンタウロスはスザク達冒険者にそれぞれ任せる。あとは――門番各位! これより自由行動を許可する!」
その瞬間に、各地で衝撃が広がった。
「それだけの指示でいいのか?」
「不本意ながら、あいつ等のことは私が一番よくわかっているので問題ありません。ああ、それから――」傍らに置いていた矢筒ならぬ槍を詰めた槍筒を背負った。「ヘカトンケイルは私がやる。手出し無用、と」
「伝えよう。すまないな、私は守ることしかできない」
「この場に置いて、そっちはあなたの仕事で、こっちは私の仕事です。取ってもらっては困ります。では」
駆け出すと、森の中から戦闘音が聞こえてくる。昨日まで見なかった一際大きな魔法は主なき魔剣のものだろう。
門番達にどう動くべきかの共有はしていない。だけど、辺境伯からの魔通を聞いていたのなら、それぞれが自分の役割を把握して動くはずだ。戦場を荒らす者、道を切り開く者――性格やスキルに合わせて配置したから問題は無い。
木の上を移動しながら森の中を見下ろせば、ここまで力を抑えていた冒険者達が魔物相手に暴れ回っている。何時間も持つ戦い方じゃないけど、そうでもしなければ劣勢のまま負ける可能性を孕んでいるのが魔物大繫殖だ。
森を抜けた先――岩のような肌に四つ腕の巨人であるヘカトンケイルを視界に捉えたが、そこに至るまでに蔓延る魔物を避けていくことは難しいだろう。
どこが最短かを考えていると、雷鳴と共に走り抜けた稲妻が目の前にいた魔物を斬り裂いた。
「お菓子のお礼がまだだったから、ね」
憶えている。双剣の魔剣持ちで単独のA級冒険者――名前は憶えてないけど、お菓子を渡したことは憶えている。
頷いて見せた瞬間、再び響いた雷鳴と共にヘカトンケイルへと続く魔物が斬り裂かれていく。
倒れていく魔物の道を足蹴に跳び上がり、ヘカトンケイルに向けて持っていた槍の雨を降らせた。
「……まぁ、想定内だけど」
降り注いだ槍は周囲の魔物を一蹴したが、ヘカトンケイルには一本も刺さらず傷一つ付いていない。あるのは本で読んだ情報だけで、それも倒した記録は無い。真正面からぶつかったとして――勝てる見込みは六から七割ってところかな。
倒れた魔物に刺さっていた槍を引き抜き、五十倍の重さを課してヘカトンケイルへと放り投げれば、悠々と腕で弾かれた。荷重変化させた物体は私の手を離れた瞬間から徐々に元の重さへ戻っていくけれど、それを防いだという事実だけで今は十分だ。
新たな槍を手に取れば、ヘカトンケイルの背中側から生えている二本の腕がハンマーと剣に形を変えた。なるほど、そういう特性か。
槍を突けば二本の腕で防がれ、背中から伸びるハンマーと剣で攻撃を仕掛けてくる。形だけなら単純な剣と盾の戦術だけど、それが二倍。加えて、おそらく鉄以上の硬さがある。
避けることは容易いけど、こちらにも致命傷を与える手立てがない。
振った槍が腕に防がれた瞬間、衝撃に耐えられず砕け散った。振り下ろされる剣を両腕で受け止めると、横からハンマーで吹き飛ばされた。
空中で体勢を整え、滑るように地面に着地して息を吐いた。
「ふぅ――」
骨も内臓も問題ない。鈍痛はあっても体への影響はほとんどない。とはいえ、
そして――お互いに小細工は不要だと理解した。
「一撃で倒せなかった相手は初めてだった?」
そもそも魔物のランク付けの基準は、そこに存在しているだけでどれだけの人間に被害を及ぼすか、で決められている。目の前にいるヘカトンケイルであれば、攻撃の意思なくただ歩くだけで辺境の街を壊滅させられるだろう。
つまり、怖いのは攻撃力ではなく頑丈な体と耐久力のほうで、倒せないということが脅威になる。まぁ、それを倒すために私達がいるんだけど。
ヘカトンケイルは背中から生えている腕を元に戻し、四本すべてが拳を握り締めた。
「一緒だね。私も素手のほうが得意なんだ」
槍を使っているのは壊さないように自然と力加減をするためだけど、私の肉体強度を考えれば、ただ純粋に殴ることが最適解だと知っている。
向かい合えば、ヘカトンケイルが握った拳を振り下ろしてくる。それに合わせて、こちらも拳を握り締め――自重二百倍。
重さに速さを加えた衝撃は、ヘカトンケイルの拳を砕いて腕を吹き飛ばした。相手からすればほんの腕試しだったかもしれないけど、それに付き合う余裕はない。
血塗れで動かなくなった腕を掴んで引き千切ったヘカトンケイルは、こちらを見下ろしながら笑顔を見せた。
「動かない腕はいらないか。狂気だね」
油断はなくなった。それに、私も常に二百倍の荷重をかけておけるわけじゃない。
殴り掛かってくる瞬間に体を軽くして拳を受け流し、こちらが腕を振る時は軽くない荷重をかける。吹き飛ばすほどの威力がなくともダメージは通っているはず。
単純な殴り合いの最中――飛んできた弓矢がヘカトンケイルに当たって弾かれた瞬間、お互いに動きを止めた。
援護、じゃない。どこかの誰かが戦いに水を差した。
軌道を追って振り返れば、魔物の死体の影に隠れている冒険者を見つけた。身綺麗で、ここまで来るのに戦闘を避けて一番の大物を狙いに来たんだろう。でもそれは、辺境伯の命令を無視したことになる。まぁ――どこかの貴族が箔を付けるために魔物大繫殖に参加していたとしても、冒険者は自己責任だ。私との戦闘を放棄して跳び出したヘカトンケイルに虫のように潰されたとしても仕方が無い。
ともあれ、横槍のおかげで一瞬でも落ち着けたのは助かった。
ヘカトンケイルの背中に向かって跳びかかれば――背を向けたまま、振り下ろした脚を掴まれた。
「っ――」
考え得る限り最悪の状況だ。この後に起こるのは、力任せな叩き付け以外にあり得ない。
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