第11話
ゴブリンの軍勢に対する策は二つ。
夜目が利くゴブリンは日暮れと同時に攻めてくる――日が落ち、暗闇がやってくると、盾を持ったゴブリン部隊が前進してきた。
「まだだ。まだ、もう少し引き寄せろ――今だっ!」その瞬間、空を覆っていた闇が晴れて光が戻ってくると、ゴブリンは行軍を止めた。「放てぇっ!」
ギルマスの合図で放たれた弓矢と魔法が後続のゴブリン弓兵とゴブリン呪術師に直撃した。
「行くぞっ! ゴブリン共を蹴散らせぇええっ!」
ギデオンの号令で騎士団、衛兵隊、冒険者が飛び出してゴブリンとの交戦を始めた。
ゴブリンの軍勢に対する策の一つ――魔道具屋のお婆さんが使える広域魔法の帳。攻撃系も援護系の魔法も使えない代わりに、周囲を暗くしたり明るくしたり雨まで降らせることができる広域魔法でゆっくりと暗闇を作り出し、日が暮れたと錯覚させて動き出したゴブリン達の不意を突く。暗くなってから明かりを作り出すことも出来るようだけど、光を出し続けるよりは負担の少ないこっちの案になったらしい。
二つ目の策はゴブリンの先行部隊に接近戦のみで応戦したこと。こちらが弓も魔法も見せなかったことで、ゴブリンは自分達だけが有利になる武器を持っていると判断するのだとか。人であれば自分達が持っている物は相手も持っている可能性があると考えるけれど、使えるものはすべて使うゴブリンからすれば使わなければ持っていないという答えになるらしい。
その結果がこれだ。本来なら暗闇の中で戦うはずが昼間で、持っていないはずの弓矢と魔法でゴブリンの軍勢は削られた。とはいえ、これでもまだ有利になったわけでもない。混戦になればこちらは弓も魔法も腕に覚えのある者しか使えなくなるけど、ゴブリンは仲間諸共攻撃してくる。そうさせないために昼間にしたわけだけど――逆に言えば、まだ日が沈んでいないうちにケリを付ける必要がある。
人とゴブリンとでは手足のリーチが違うから真正面からぶつかり合えばどうしたってこちら側が勝つ。そこに放たれる弓矢と魔法を食らっても死ぬことは無いが、気が逸れれば粗雑な剣や斧で傷付けられて、そこから毒が体に回る。
騎士団と衛兵隊はそれぞれ統率の取れた動きでゴブリンを相手取り、冒険者も連携しながら薙ぎ倒していく。
積み重なるゴブリンの死体を踏み進め始めたところで状況が変わった。
足場の悪さに加えて、死体の振りをしたゴブリンが通り過ぎた冒険者や騎士団の足にナイフを突き立てて歩みを遅らせる。
「わし等の仕事が来たぞ、嬢ちゃん」
ギルマスの言葉で視線を向ければ、森の奥からホブよりも頑丈な装備と剣を手にしたゴブリンと斧を持ったゴブリンが現れた。
「ゴブリン将軍だっけ?」
「剣を持っているのがゴブリン騎士で斧を持っているのがゴブリン戦士だ。ああいう中級を処分するのがわし等の仕事だな。これを使え」
腰袋から取り出した無数の石は、尖った楕円型で整えられている。
「投石用の石ってことね」
「そうだ。まずは手本を見せてやろう」身体強化と部分強化による筋肉増量の身体変化が見て取れる。「狙いは首から上だ。このようにっ!」
一直線で向かった石がゴブリン騎士の首から上を吹き飛ばした。
手本を真似て石を投げれば、投石に気が付いたゴブリン戦士が防ぐように斧を構えたが、その刃を砕いて首元まで貫通した。
なるほど。魔法で強化しているギルマスのような威力は出ないけど、私達でなければこの距離を正確に一撃で撃ち抜くことは難しいだろう。
「まぁ、槍よりはいいね。私達はああいうデカい的を狙うだけでいいの?」
「そうだ。あの程度であればこれで足りる。それ以上になれば現場にいるギデオンや冒険者に任せる他に無い。わし等は動き易いようにしてやるのが仕事だ。石が続く限りはな」
死ぬことを恐れない特攻を仕掛けてくるゴブリン相手に、多少の余裕を持たせるために可能な限り削るのが遠距離組の仕事だけど、それにも限界はある。
「――薬はどこだっ!?」
「急いで教会に連れていけ! ここに治癒魔法が使える奴はいるか!?」
低級冒険者の被害が増えてきた。後方で支援しながら戦うよう伝えていたはずだが、そもそも相手が迷宮でお馴染みのゴブリンなだけに油断して手柄欲しさに突っ込む者が出始めたせいだ。
冒険者の行動はすべて自己責任だから傷付き死のうともこちらに非は無いが、それでも思うところはある。
「おおっ、ありゃあ大物だぞ」
ギルマスすらも驚いたのは、白い鎧に身を包み大剣を背負ったゴブリンと、人骨を繋げたネックレスを下げて金棒を持ったゴブリンが姿を現した時だった。
「……あれは?」
「ゴブリン
その瞬間に、聖騎士にはギデオン率いる騎士団が、狂戦士には魔剣持ちの複数の勇者パーティーが対峙し、ゴブリン卿にはスザク達が駆け出した。それと同時にホブも大量に投入され、戦場の熱量は上がる――が、それと同時に日が暮れ始めた。
「時間が無い、けど……もう石の数も少ないからそっちはギルマスに任せるよ。私はお客さんの相手をするから」
槍を手に櫓から飛び降りれば、影の中から黒い布に身を包んだゴブリン達が姿を現した。さながらゴブリン
「ここまで入ってきたってことは門番である私の仕事だけど、よくここまで――っ」顔に目掛けて飛ばされたナイフを指で挟んで止めた。「ん、毒ね。まぁ、ナイフなんか刺さらないし、刺さったところで毒も効かないんだけ――どっ」
ナイフを投げ返せば、突き刺さったゴブリンは口元を覆う布の中で血を噴き出して地面に倒れ込んだ。暗殺者なだけあって即効性の毒なのはさすがだけど、ゴブリンだから事故があるかもとは考えないんだろう。
「じゃ、やろっか」
放り投げた槍が一匹のゴブリンに突き刺さった瞬間、残りの三匹が動くよりも先に駆け寄り槍を引き抜くのと同時に、隣にいたゴブリンの頭を掴んで地面に叩き付け握り潰した。
残った二匹は距離を取る。ゴブリンなら突っ込んでくるかと思ったけど、並以上に知性がある分、警戒もするか。
飛ばしてきた四本のナイフを弾き、槍を自分の影に向ければ飛び出してきたゴブリンに突き刺さった。五感が優れている白髪に不意打ちが効かないことをゴブリンは知らないんだろう。そもそも色を認識しているのかすらわからない。
最後の一匹が真っ直ぐこちらに向かってくるのを見て槍を構えようとしたら動かず、視線を下げたらゴブリンが胸を貫く槍を握りながら笑っていた。なるほど。他のゴブリンと違って、自己犠牲の精神があるらしい。
「で?」
向かってくるゴブリンに対して、槍の先を掴んでいるゴブリンをそのままに叩きつけて圧し潰した。ゴブリン一匹分くらい持ち上げられないわけがない。
新しい槍に持ち替えて櫓に上がれば、ギルマスが最後の石を投げたところだった。
「相も変わらずでたらめな戦いだな」
「私は魔法が使えないからね」戦場を見下ろすと違和感に気が付いた。「……押されてる?」
「ああ。ギデオン達が大物に向かった影響で雑魚の処理が追い付かずに、その雑魚が騎士団や勇者共の裏からちょっかいを掛けるから前に集中することもできない。もうすぐ日が沈んでゴブリンの時間がやってくる。それまでに何か手を打たなければ、な」
「含みのある言い方だけど私に期待されても困る。まぁ、でも――日が暮れるまで戦いが続いてたのは良かったかもね」
第二防衛壁の向こうからやってくる三人の気配に気が付いた。
「うおっ、なんだこれ!? ゴブリン? ……アサシンじゃねぇ?」
「落ちてるもん見境なく食うなよ。毒でもあったら――まぁ、平気か」
「やっぱゴブリンは臭ぇな。お嬢! 戦況は!?」
夜番の三人――形を変えた異形の手でゴブリンを食べる黒い長髪のヴェルと、服の袖から鎖を垂らして目の下のクマが目立つ金髪がアンク、顎鬚を蓄えた長身で地面に転がるゴブリンを蹴り飛ばした茶髪がラッグズビー。
「残念ながら、まだゴブリンとの戦闘中だよ」
「ほう? そりゃあいい。俺等への指示は?」
「特にない。交替の時間までは自由で」
そう言うと三人は目の色を変えて、各々が体をほぐし始めた。
「やっぱわかってるなぁ、お嬢は」
「せっかくだし誰が一番多く狩れるか勝負するか?」
「倒した端から食ってくんだから数えられないだろ」
「どうでもいいから、さっさと行ってきな」
三人が第一防衛壁を飛び越えていくと、ギルマスは静かに息を吐いた。
「……
戦況は変わる。大幅に――そして、迅速に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます