黒冬さんは「ふたり」合わせて百面相
渡貫とゐち
第一部 黒冬編
第一章
第1話 雪門会の信者たち
小学校、中学校、高校も同じだ。そして同じ教室で勉学に励むクラスメイトだった。
身長は172センチで体重は※※キロ(信者調べ)。艶のある長い黒髪。モデル体型のようにすらっとしていて、出るところがちゃんと出ている。何度も「同じ高校生か?」と思ったものだ。
彼女ほどなんでも持っていると、おれなんか別に普通と言えるのに、なにも持っていない、と卑下してしまう。たぶん、雪門を前にしたらみんなが自分を劣等に感じてしまうだろう。
コンプレックスを抱いてしまうのは避けられない。だけど、今のところ雪門を妬む者はおらず、彼女に心酔する者が多い。後を絶たないとも言えた。
それに、学校では初めてじゃないか? 生徒会とは別で、個人が組織を生み出し、学校側のシステムに介入することができるなんて。ファンクラブではなく、雪門深月という個人が一生徒でありながら、生徒会のような信頼、信用、実績を持っている。中高一貫の学校とは言え、まだ高校生になってから三か月も経っていないんだけど……。上級生までもが、雪門の存在とその権力を認めている。
怖くなるほど反発がなかった。表では笑顔で接して、裏では陰口で蔓延している、なら可愛いものだし、そうであれば人間らしい。そうであってほしいとも思う。
記憶を振り返ってみれば、彼女は小学生の頃から飛び抜けていた。才色兼備という言葉がよく似合う。しかも運動神経まで良いときた。先生たちからの評判が良いのも納得の立ち振る舞いをしていた。天才、という言葉で片づけていいのか……それでは済まない全知全能な感じ。
当時から上級生よりも上級生に見え、この頃から既に随分と年上からも実力が認められていた。小中高が一緒だった生徒が、今更、雪門の優秀さを妬んでその席から引きずり落としてやろう、と企むことはないだろう。
いたとしても、それを実力で、徹底的に潰してきたのが雪門深月だ。
彼女のことを心配するのは、周囲が認める余計なお世話なのだった。
このあたりでは珍しく真っ白なブレザーの制服。男子はすぐに汚してしまうので悪目立ちしてしまうが、女子は気を遣って着ているようで、いつも綺麗だ……特に雪門は。
制服の綺麗さで格付けがされているらしいが……女子の世界のことなので詳しくは分からない。
雪門は薄い学生カバンを両手で持ち、スカートの前に置く。さり気なく、風でスカートがひらり、を防いでいるのか。でも後ろからの突風は? ノーガード?
雪門が登校すると、彼女を崇める信者を含めて、単純に知り合いが多い雪門は周囲に取り巻きを置いているようにあっという間に集団になっていく。
雪門は慣れたように、涼しい顔で、足を止めることはなかった。
「雪門様、生徒会長から相談があるそうで……お昼休みにお時間を貰えますか?」
「はい。もちろんです、と伝えてください」
「雪門様、部費を増やしてほしいと訴えている部活が多いのですけど、生徒会の予算のこともありますし、全部活が納得するような良い方法などありませんか?」
「そういうことは生徒会に……は、ダメだったから私のところにきているのでしょうね。活動の中で結果を出すしかない、ですけど……。大きな結果をひとつ紹介するよりは、小さな積み重ねの結果を提出した方が部費も増えやすいのではないでしょうか。もちろん地区大会優勝、なども立派な成果ではありますけどね。ただ、その後は音沙汰なし、となると部費の減額も検討されてしまいますから。小さなことでいいんです。毎週……いえ、毎日、目標を達成しました、部はこういう方針で活動しています、ということが分かれば、生徒会も予算を分けてあげたくなるかもしれません。……アドバイスになるといいですけど」
「充分です! 雪門様っ、ありがとうございます!!」
雪門を囲む取り巻きから次々と質問が矢継ぎ早に飛んでくる。
「雪門様っ、次の生徒会長になるつもりはありませんか!? 全校生徒が認めた逸材です……雪門様なら当選は確実ですよ!」
「嬉しいですけど、なる気はありません。私は仕事としてではなく、あくまでも私の事情として、みなさんの助けになりたいだけですから」
その言葉に周りは感銘を受けたようで、足を止めて心臓を手で押さえている生徒もいる。ひとり進む雪門は、集団から抜け出し、下駄箱がある玄関まで向かっている。雪門は断っていたが、相変わらず今の生徒会長よりも生徒会長だ。今の生徒会長が頼りないわけではないのだが……。
実際は口だけ強くて中身が伴っていない、不安が残る生徒会長であることは事実だ。雪門と比べてしまうから頼りないように見えるだけで、仕事はきちんとしている。
そもそも選挙で当選している生徒会長だしな。
雪門を追いかけたわけではないが……だって同じ下駄箱だ。というか同じクラスなのだから、教室も同じ。雪門の後ろをついていってしまうのは仕方ない。
雪門から少し遅れて、おれも下駄箱へ。上履きに履き替えようとすれば、下駄箱の位置的に人、三人分横にまだ雪門がいた。
「おはよう、
「おう、おはよう。今日も人気者は忙しそうだな」
「実際、生徒会よりも忙しいと思うのよね……おかしくないかな?」
彼女が肩をすくめた。だけど辟易しているわけではなさそうだ。
「ところで神谷君。最近、私のことを避けてる?」
「? いや、そんなことないけど……。というか避けてるというよりは近づけないって感じだな。今こうして話せているのも珍しいことなんだぞ?」
「それは、神谷君が私の信者みたいにグイグイこないからでしょう?」
「本人が信者って言い出したら自覚があるってことだよな?」
崇められている自覚はあるのか。小学生ながらに上級生や先生、時には校長先生とも普通に雑談していたところを何度も目撃したことがある。場慣れしていることもあって、人を心酔させる話術も持っているみたいだ。
「冗談よ。私は普通の一生徒。神様でも教祖様でもないの。生徒会長でもないし。有志で作られた非公式クラブの名前になっているだけなのよ……」
よく考えれば、雪門会という団体があるのもおかしいのだ。
「でもそれ、生徒会長になるよりも凄いことだけどな」
ある意味、選挙をすればほとんどの生徒が雪門に入れるということなのだ。だからこそ、今の生徒会長には力がないと見られてしまう。選ばれたのだから能力はあるはずだし、生徒会もきちんと回っているのだからなにも問題はないはずなんだけどな。
優秀なのにできないように見られてしまっているほど、雪門に、学校と生徒が頼り切ってしまっているのだった。
「雪門は大丈夫か?」
「なんのことかしら」
「大変そうだし、体調とかさ。また階段から足を踏み外して……とか、もうあんな場面に出くわすのは嫌だからな」
「それのことだけど」
やべ、藪蛇だったか? す、と目を細めた雪門が近づいてくる。
おれよりも身長が高いから、詰め寄られると迫力があるのだ。
半歩、足が下がったものの、男としてはこれ以上は下がりたくない。
……時代遅れかもしれないけど、男のプライドってやつだ。
「な、なんだよ」
「あの時、神谷君が私を助けてくれた時に、私、言ったよね? してほしいことをお願いして、って。ずっと待ってるんだけど、それっていつになるの?」
「それは、考え中だからもう少し待ってほしい……って、怒るなよ! だって、じゃあ自販機でジュースを買ってくれって言っても不満だろ!?」
雪門はなにも言わず、しかし「もちろん」と、不満なのは目で分かった。助けてくれた分のお礼をしたいって気持ちは分かるし、おれも見返りを求めてしたわけでなくともお礼は受け取るべきだと分かっているけど……お中元みたいにお菓子の詰め合わせをくれればよかったんだけどなあ。
と言ったものの、それは既に雪門の母親から貰っているが。なので一応は、お礼は貰っているとも言える。ただ、雪門からおれ個人へのお礼はまだなのだ。助けた、と言っても、階段を踏み外して落ちた雪門を受け止めただけ。それだけだ。だけ、なのだけど……?
「……ジュース一本でいいわけない。だって神谷君はっ、骨を折って、血まで吐いて……っ。どれだけ私たちが心配したと思っているの……!?」
「いや、まあ、うん……悪かったよ。おれ、頑丈だからさ。意外と問題なかったりするものなんだって」
「それでもよ。仮に大丈夫でも傷つく人がいることを自覚するべきなの」
「う」
耳の痛い話だ。――『お前のやり方は責める奴こそいるが褒める奴はいない』と正面から批判してきた奴がいるけど、こういうことか。結構、ぐさっと刺さるものだった。
「もちろん感謝してるけど……あのやり方はもうしないで」
「やるなら私だけにしてってこと?」
「…………神谷君?」
「ごめん調子に乗った。冗談ですよ降参です」
雪門はじと目を向けた後に溜息を吐いて。髪を上げて、耳にかける。そして、そっと距離を取った。やっと離れてくれたか……心臓に悪いよ。
「とにかく、神谷君が困っていたら手伝うから、絶対に声をかけてほしいの。それであの日のお礼、ということにしたい。手伝わせると迷惑をかけてしまうから、なんて遠慮はいらないからね? もういっそのこと迷惑をかけるつもりでいいわよ。それだけ、私は神谷君に大きな恩があるんだから。……命の恩人なのよ。軽く済ませたくないの」
「重く捉え過ぎだって。命の恩人ってさ……」
「あの状況で私がくるっと空中で体勢を立て直して受け身が取れたと思う? それとも別の誰かが助けてくれた? 命までは落とさなかったかもしれないけど、障害は残ったかもしれない……。だとすると、無傷の今は神谷君がいてこその学生生活なの。ほら、命の恩人でしょう?」
あの日のことを思い出せば、おれが助けていなければ確かに……打ちどころによっては死んでいてもおかしくなかったかもしれない。だから体が動いたというのもある。
多少、厄介な問題になってもいいから雪門を助けたかった、から。見返りを求めず下心は横にどかして。ひたすらに、雪門がいなくなることが嫌だったから、必死だったのだ。
単純明快に、好きな子を守りたいだけだったから。
「…………」
周りの取り巻きを信者だなんだ、と言いながらも、結局おれもその中のひとりなのだ。雪門会には入っておらず、毎日集まる輪の中にも混ざっていないけれど、おれは昔から雪門深月のファンだった――そう、かなりの古参、というだけでな。
『じゃあ付き合ってくれよ。好きなんだ、それがお願いだ』
悪い冗談でそう言ってしまいたくなるが、
『ええ、もちろんいいわよ』
……命の恩人にそう言われたら、こうなってしまいそうだから、怖い。
雪門と四六時中一緒にいられたら幸せだろうけど、命の恩人を盾にして無理やり言うことを聞かせるのは違う。おれは彼氏になりたいのであって重荷になりたいわけではないのだから。これを使って好きな子と結ばれても意味がない。
好き、に繋がるお願いも、ゴールを悟られたら終わりだ。命の恩人から寄せられた好意を無下にできるか? 雪門は……でも、区別はつける気もする。いや、自分の気持ちを押し殺して受け入れてくれる気もするのだ。結果が想像できない。
だから匂わせてしまえばそれまでだ。純粋な恋愛はできない気がする。
だから、だからこそだ……迷うのだ。
雪門に、どんなお願いをするべきなのか。だって本当に困った時って、好きな子を巻き込みたくないから言うわけがないし、だから一生、雪門へ真剣なお願いをする機会なんてないんじゃないかと思うけど……。
「神谷君、聞いてるの?」
「ん? ああ……うん、お願いだろ? 考えておくよ」
「……ちなみに、なんだけど」
「?」
「水着ぐらいなら見せられるけど……?」
は? と聞き返す間もなく、飛び出してきた女生徒たちが雪門を囲んでおれから距離を取る。
冷たい視線が突き刺さり、一気におれが悪者に…………えぇ……?
「雪門様っ、身売りはダメです!」
「そうですまずは我々が見ますから!」
「美しく体を整えてから、それからです。本当は見せたくありませんが、それでも雪門様が見せたいのであれば、殿方に見せても……。いえやっぱりダメです、もったいないです!!」
「へ? あのっ、望んで見せたいわけじゃなくて……お願いされたら見せないこともない、と伝えたかっただけで……」
『お願いされたんですか!? あの男に!!』
「……まだ、だけど……」
『まだ!?!?』
取り巻きであり信者の女生徒ふたりがおれを睨む。……誤解してるなあ。水着が見たい、とお願いすることはないだろう。だったらプールか海でもいこうと誘った方が得が大きい。……あ。雪門も、そういう意図で言ったのだろうなあ。
彼女たちはまるでおれを性の獣のように警戒してさらに距離を取る。一切、おれから視線を外さない。後退していくにつれて信者も増えていき、あっという間に、雪門は輪の中心へ避難させられた。そのまま壁の中で守られたまま、教室へ向かうのだろう。
その場に残されたおれは、踵を潰していた上履きをあらためてきちんと履いてから、周囲の野次馬を牽制する。分かりやすく下駄箱の扉を強く閉めて、だ。威嚇しておかないと、物好きが雪門との接点を求めておれを経由してくる可能性がある。そこは遮断しておく。
神谷、という名のおかげで損をすることがあるが、得をすることもある。
損をしている分、得を受け取る権利はあるはずだろ?
――土地、学校、そしておれの名前も神谷だ。この繋がりがまったくの無関係かつ偶然で片づけるには無理がある。ただ、凄かったのは昔であって、今ではない。だから大それたなにかが今の神谷家にあるわけではないが、少なくとも周りからすればおれの存在は大きく見えるのだろう。
神谷、という名を持つ生徒は触れにくいのかもしれない。……ただ名前が有名なだけでなにかを成したわけでもなく、中身のなさを知られたら効果も薄くなるだろうけど。
「さて、おれもいくか」玄関も混んできた。生徒たちの塊に押し出されるように、おれも教室へ向かうために階段を上がる。
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