#06-3 懺悔の邪魔する不届き者なんて、いないよ


「……ここ?」


 緩やかな丘陵地きゅうりょうちの、木々に囲まれた墓地に、そのお墓はあった。

「うん。……ここ」

 さわ、さわ、と、流れる風が高く伸びた草花を揺らしていく。


 青臭くも甘い花の香りが鼻をくすぐって、どこか……ただの集合墓地とは違う、人の手の入った、管理された空気が漂う、この墓地の一角で。

 R.I.P……『安らかに眠れrequiescat in pace』と刻まれたお墓の前で、墓石を見つめて。しゃがみ込むリーセの後ろで、ボクはたたずんでいる。


「一緒にね、有名になろうね、頑張ろうねって、語り合ったんだよ♪ ……懐かしいなぁ」

 リーセはぽつりと語りかける。

 ボクに、というよりも。墓碑フラフステンに名を刻まれた彼女……マレインに、話しかけるように。


「やっぱりあの時、無理やりにでも、貴女をルクスルーブラム家の庇護ひごに入れてもらっておけば良かったなぁ。……後から出てくることばっかりだよね、後悔なんて」


 吐き出される言葉は力無くて。

 回顧かいことも、悔悟かいごとも取れる言葉は、ひゅうとボクらを撫でる風に溶け込んでいった。



『――マレインはさ、タルウェフェルト家の後援を受けて、歌手をやっていたの』

 修道院を出発する前に、リーセとそんな話をした。

『歌手……まぁ、踊りとかもそうだけどさ。芸能の道で生きていくのって、あるいは修道女以上に大変な道なんだ』


 修道院で育ち。清貧と従順を重んじる苦難の生活の中で歳を重ね。そしてそこを出た後、歌という大衆芸能の道を歩んだリーセの言葉は、ズシンとした重みがあった。


『当たり前の話だけど、売れるまでは収入なんてゼロ。だから生活をバックアップする後援者ビスハーミアの庇護がないと生きてさえいけない。で、芸を磨いていくんだよ』


 

 遠回しな表現だな、なんてボクが思ってると、それに気付いたリーセが自嘲気味に、浅く笑った。

『……そう。後援者、なんて言っても、実際のとこただの主従関係、あるいは……でしかないのが、現実なんだけど』


 その両腕で、自分をぎゅっと抱きしめながら、リーセは続ける。

『結局のところ、売れるまではこの身体を売るしかない訳。……うぅん。……売れてからも、かな』

 そこに浮かぶのは、今にも壊れそうな笑顔かお


 ローセリアの領主の家に生まれた大貴族でもある彼女だけに、“主人“と“奴隷“、どちらの立場も経験し、理解してしまっているんだろう。


『……アタシは、生まれローセリア家と、育ちヒルベルタ様と、そして後援者ラウレンス様、全てに恵まれたから。……機会なんて無いまま、ここまで来たけど――』


 結局のところ、この世界はお金を持っていなければ、生活する生きることが出来ない。

 そして沢山のお金を持ってる人とは、つまりお貴族様で。ローセリア家のような例外中の例外を除けば、その殆どは男性なんだ。

 ……女性はそれに隷属れいぞくするのが当たり前。

 悲しいけれど。この世界では、それが現実。


『――たとえあっても、普通は、ある程度は大切にしてもらえるものなんだよね。だって、大切な“商品“だからさ。人前に出る以上、顔や体に傷や損傷を残す無茶はしないし、させないんだよ』

 声を震わせて。リーセは冷たい声を吐き出す。

『そう、――』


 ――ああ。

 どうしてこの世界は、こんなにも醜い話ばかりで溢れているんだろう。



「――ごめんね、付き合わせちゃって♪」


 どれ程の時間、そうしていたのか。

 リーセはすくっと立ち上がり、ボクを見ていつもの様に笑った。

「うぅん」だからボクもいつもの様に。右半分だけの笑顔で返す。「懺悔ざんげの、邪魔、する不届き者、なんて。ここにはいない、よ」


 リーセはぽかん、と。

 そしてそのくりっと大きな目をぱちくりとさせて。

「……ふふっ♪ アレックスったら、言うようになったなぁ〜!」

 昔みたいに、子供みたいに、破顔はがんする。

「まるで修道女ノンみたいだよ♪」


 その笑顔に、喜びとか嬉しさの他に、ほんのわずかに寂しさのようなものが見えなくはなかったのだけど。

「一応ね? 一端いっぱしの本職、なんだよ?」

「だよね〜♪ “お姉ちゃん“は嬉しいよぉ♪」

 それはリーセから発された軽口にかき消されていく。


 “お姉ちゃん“。

 昔のボクはリーセをそう呼んでいたし、リーセもまた、ボクに対しては自分の事をそう呼んでいた。


 懐かしいな、と思う。

 でも、懐かしいな、としか思えない。

 今のリーセは、“お客様“で。

 今のボクは、お仕事をこなす側なんだから。


 それが七年という歳月の重さ、って奴なんだから。



『――マレインをね、劇場で見初みそめた貴族が後援を持ちかけたの。芸を売るために劇場で出番を得て、そこで観客に見てもらい、後援をつのる。それ自体は珍しい事じゃない。……一方的な契約でしかないのは、事実だけど、ね』



「……それじゃ、次にアタシが言いたい事も、わかっちゃう感じ?♪」

 いじわるそうな、期待した目で。

 上目遣いにボクを見る。


「決まってる、じゃない。ボクを、誰だと、思ってるの?」

 だからボクもそれに応えて。

 いじわるそうに、物知り顔で、右の唇をつりあげる。

「ふふっ♪ 頼りにしてますよ、……修道女ノン

 ボクはただ、リーセの本音を受け止めるだけだ。



『そしてそいつは、タルウェフェルトの野郎は、後援という名で女を買うだけの、真性のクズ野郎だった。……マレインはみるみる内にやつれていった。契約という名の命令に、金を持たない女の身で、逆らうことなんて出来やしないからね』


 

 そういえば何故。

 リーセは修道院に入る道を選んだんだろう? ローセリアの家を捨て、芸の道なんて険しい道を選んだのだろう?


 考えてみればボクはその理由を知らない。彼女がその道を選択した頃、ボクは出会っていないか、あまりにも幼かった。


 リーセには弟がいる。

 カルラ様亡き後は、彼がローセリアの領主の座に就くのだろうから、リーセの存在はむしろ、後継者争いの種になると判断されたのかもしれないし。あるいは――。


 ――いや。

 所詮、ボクは労働担当。

 マリーみたいな知識も知性も、ボクには無い。


「勿論。……リーセこそ、腕、なまってない、よね?」

 なら考えるだけ無駄だ。

「それこそ愚問だよ、アレックス君♪ リーセ=ミリアムの本職、忘れてもらっちゃあ困りますとも♪」


 振り返り。お墓を見つめて。

「……遅くなったけど、さ」

 リーセはふところから、得物それを取り出す。

 

 

『随分めちゃくちゃにされたみたい。劇場に出るどころか、人前に出ることも出来ないくらいに。……そして、彼女は自ら命を絶とうとした。……神様を、裏切ってでも』



「……っ」

 小さく息を呑んで。

 うつむいたまま、ぎゅうと拳を握りしめて。

「今度こそ、……かたきは討つから――」



『アタシは悔しい。なんであの娘があんな目に会わなくちゃ行けなかったんだろう、なんでそれしか選べなかったあの娘が罪に問われなきゃならないんだろうって。……なんで“今のアタシ“には、それを罰する権利ちからが無いんだろうって』


 自殺ゼルフモード

 それは少なくとも神を信じる者にとって、許されざる罪。神によって与えられた命を全うする事を放棄する事とは、即ち神への背信に他ならない。


 ボクたちが生業なりわいとしている行為も、所詮同罪。

 殺人と自殺に大きな差異などなく、ただ人を殺めるという行為に違いはないのかも知れない。

 けど。



『だから――』



「――だから、行くよ、アレックス」

「……うん」


 ボクの本職は、血にまみれること。

 『赤い噂』の修道院、ルーフスの暴力機構。

 それがボクの。血塗れ修道女ブルーデフノンアレックスの、お仕事なんだから。


あの娘マレインをめちゃくちゃにした貴族あいつに。……刑を執行する為に」


 ――ガチンッ!

 リーセは取り出した得物を、拳銃ピストールを、そらに向けて。

 引き金を引いた。



 ――それが始まりの合図だった。

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