#05-5 地獄の底で愛を囁くように
☆
「もうひとつだけ……お尋ねしても、良いですか?」
わたしはベッドに、シェリル様が横たわるベッドに向かって歩を進めながら、話しかけます。
「あら、何かしら?」
そんなわたしに、柔らかく、シェリル様は
枕元に辿り着いたわたしは、その穏やかな笑顔に向けて、問いかけるのです。
「シェリル様は、……幸せ、でしたか?」
ぴくり、と。
崩されたその表情が、少しばかり、いたずらに歪んだのがわかりました。
「ふふ。それを、この『
「はい。『ローセリアの主』たるシェリル様に、問いました」
何を言っているのでしょう、わたしは、なんて。
口にしているのに、自分でも驚いています。
余計な事など、言わなくて良いのに。
そんな心の声さえ置き去りにして、わたしはじっと、優しい色を帯びた瞳を見つめるのです。
「ふっ……」子供のように愉快そうに「ふふっ……、あっははははは……」高らかに笑う、シェリル様。
そこには、ローセリアの領主として、尊敬と同時に数多の憎悪を浴び、
ただ
「成程成程。カルラや、ヒルベルタが、気に入るはずね」
ぽそっとつぶやかれた言葉の意味は、よく分かりませんでしたけれど。
「そうねぇ……」
少し悩むような素振りで。
けれどそれはまるで恋する乙女のようで。
頬を染めて、
「……あなたはシェリルと言う名の意味をご存知かしら?」
そう、問い返されました。
「……西王国の言葉、ですよね?」
言葉を探るように、わたしは答えます。
「そう。あら、
「同僚に、西王国語が
「まあ、それは素敵な事。その人のことは大事にしなさい。……貴女が不足していることを補ってくれる同僚、あるいは上司や部下といった存在は、替え難い人材ですからね」
「はい。……わたしの、大切な。友人なのです」
くす……っと。
「……そう」
こぼれたのは
「吾にもいたわ。……大切と言える人が――」
溜息にも似た笑い声。
「――あの
視線を真っ直ぐ。
どこか遠くを見つめるように。
わたしを……いいえ、正確にはわたしの後ろ側を。
思わずわたしも、その視線を追って振り返れば。
そこには一人の
それが誰か、なんて。考えるまでもないでしょう。
先程呟かれた言葉が示すその人は。
先代の領主であり、ご主人たる、エルネスト様。
――Mon cherie amour.
このCherieを人名として
そこに込められた意味は、そう。
――我が最愛の人。
「この名はあの人が、不器用なあの人が、吾にくれた最初の宝物。吾に、……吾などに、遺してくれた。大切な、大切な、宝物なの――」
噛み締めるように、小さく
再び上向いた顔に艶やかに咲き誇っていたのは、笑顔の花。
「――先程の問いかけに、改めて答えましょう、
それは、はっきりと。力強い響きを伴った言葉で。
「答えは、勿論、よ」
「人生を賭けて愛されるという事も。人生を賭けて愛するという事も。そのどちらも経験する事が出来たの。……そんな吾の人生を幸せと呼ばずして、なんと呼ぶのかしら」
その眩しいほどの光を受けて。
「……ありがとうございます」
わたしは(マリーには
深く、深く、敬意を込めて。
「……ふふ。今から吾を殺そうって人に、お礼を言われてしまったわ。冥土へのいい土産話になるわね」
ベッドに横たわったままのシェリル様から発された声は、静穏な響きを伴っていて。
死を覚悟した人間を前にして、わたしは。
――美しい、と。感じました。
「一応、ですね……」
そんな不思議な感想を、どこか受け入れられず振り払うように。
前置きして、わたしは
「こんなものも、準備していたんです」
「あら? それはなぁに?」
面白そうなものを見つけた子猫のような瞳が、シェリル様から投げかけられます。
「準備してたって言うか、同僚が託してくれたものなのですけど」
「それは先程言っていた方かしら?」
「はい。西王国語が堪能な、わたしの大切な友人です」
そんな様を見て、わたしはすぅと目を細め、口にします。
「一息で
「あら」
ふとお顔を見れば、シェリル様もわたしと同じように、すらりと目を鋭く細めておられます。
「……そんな便利な物を持っているのに、貴女はその手にした刃を手放そうとはしないのね」
探るような、試すような。
わたしの心を引き裂くような視線が、わたしの右手……かんざしを伝ってわたしに向かってきます。
わたしは、ぎゅっ……と唇をかみ締めて。
「
その、死を覚悟した
「これを差し上げるのは、あまりにも
にこっと笑ってから。
わたしは足元にガラス瓶を置くのです。
「……ふふっ」
穏やかに笑う声が、狭い寝室に響き渡ります。
「出来るだけ、苦痛は少ない方がいいと、吾が望んでいるのに?」
「はい。誠に心苦しいのですが……」
今一度、ぎゅうと掴んだかんざしを強く握りしめて。
「わたしがこれから行うのは、『看取り』ではありませんから」
「……そうね。
そう、これはわたしの『お仕事』。
……いいえ、少し違う気もしますね。
これは――。
「……そうそう。ねぇ、赤い修道女さん?」
そんな悩むわたしに。
「ひとつだけ、お願いがあったのだけれど」
シェリル様はふと思い出したように言葉を続けられました。
「“依頼主“に、伝言をお願い出来る?」
「……? はい、勿論です」
「では、こう伝えて欲しいの」
すぅ、と。シェリル様は深く息を吸って。
……あの日の
「この身を殺したことを、お前が後悔することは許さない――」
ありったけの
「吾はお前に、
悲しみ、
「それが、吾が“親”として果たせる、最期の『責任』なのだから――」
そんないろんな感情を混ぜこぜにして。
「――吾からの愛と思って、素直に受け取りなさい。……そう、伝えてあげて」
まるで地獄の底で愛を
込められた深い熱を受けて。
「……承りました、シェリル様」
わたしはかんざしを。
緩やかに上下するその胸元に向け。
「では――」
「――ええ」
穏やかな笑顔と瞳を重ねたら。
「
――わたしは、わたしの『責任』を果たすのです。
「
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