#04-6 スッキリしない、な


「へぇ。あたしが留守にしてる間に、そんな依頼、受けてたんだ」


 依頼を終えたわたし達を修道院で出迎えてくれたのは、依頼でしばらく留守にしていたマリーでした。


「まぁ、ミレンの、尻拭い、だよね」

「その話は、もぅいいでしょう……っ。お国同士のやり取りなんて、わかるわけないじゃないですか」

 アレックスがじとっとした目で睨んでくるので、わたしも論駁ろんばくを試みるのですが。

「それは、勉強してない、ミレンが、悪い」

「せ、正論で殴り掛かるの、やめてください……」

 容赦のない口撃正論ハラスメントに、あっさりと負けを喫してしまいます。


 つい助けを求めて周囲に視線をやってしまって。

 そこで、おや? と違和感を覚えます。

 ……マリー?

 

 普段なら嬉々として、アレックスと一緒になってわたしをいじってきそうなマリーが、なんだかぼぅっとしていて。

 なんとも複雑な……同情と憐憫れんびんと、嘲笑と自嘲、それらを混ぜ合わせたような表情で、唇の端を少し上げて笑っていたのです。


「マリー……?」

 思わず声をかけてしまって。

 けれどマリーは(まるで何事もないように自然な動作で)「ん?」と小首を傾げるだけ。


「ま、あたしは、そんな気してたけどね」

「え…………、じゃあなんで」

「いや、あたしあの時聞いたわよ、目的地は? って。そしたらあんた、問題ないって答えたから、あまり追求しなかったけどさ」

「そ、そうでしたっけ……?」

「心の中では、この正確な国境とか、理解出来てんのかしら? とは思ってたけど」

「い、言ってくださいよ、そういう心の声はッ」

 

 そしたら、今までの(どこかアンニュイな)表情は急にを潜めて。代わりに浮かび上がるのは、意地悪ないつもの表情。


「な〜ぁにぃ? ミレンちゃんは、未だにマリーお母さんの支えがないと、一人で歩くことも出来ないのかしら?」

「な……ッ! ち、違いますよ!!」

「仕方ないわねぇ、ほらほらいらっしゃい、ぎゅってしてあげる」

「やめ……ッ、……むぎゅ……」


 ……ああやっぱり、いつものマリーでした。気の所為せいでした。

 なんとか脱出して、ぜぇはぁ言ってるわたしを、ケラケラ笑うマリー。

 うん、心配しかけたわたしが馬鹿でした。

 

「……いつか、もぎますからね」

「あらやだ、こわい」

「馬鹿なことやってないで、きちんと情報共有しますよ!」

「……はいはい」


 楽しそうに笑うマリー。それはいつも見慣れた姿のはず。なのに、何故でしょう。なにか、違うような気がして。


 ……気の所為せい、ですよね?


 ――。

 ――――。



「こ、殺さないで下さいぃぃっ! わ、私は、あいつらに言われるまま、手伝ってただけなんですぅぅぅ!!」

 わたしの目の前でひざまずき、祈るような姿勢で泣き言をわめいているのは、でっぷりと太ったちょび髭の奴隷商人。


 バフコートブッフリヤスの用心棒をアレックスが打ち倒した後。

 即座に逃げようとしたので、速やかにわたしが捕縛ほばくすると、それこそなんの躊躇ためらいもなく、このザマでした。

 

「よーし、じゃあ。知ってる、事、全部、話そう、か」

「は、はいぃぃぃ……っ」

 ドスをきかせた声でアレックスが肩を叩くと、それはもうちっちゃくなって、ぶるぶる震えるちょび髭です。

 いや、そんなに震えられるとこっちがすごい悪人みたいで、やりづらいんですけれど。……そういう処世術なのでしょうか、なんて考えながら尋問を開始した訳ですが。

 

 まぁ結論を申しますと、この商人は黒幕でもなんでもなく。

 巻き込まれたというか……傀儡かいらいとでも言うべきでしょうか。


 帝国内で『商品』を『調達』し、奴隷として密輸する。そこまでは聞いていた通り。

 むしろ問題は別。


「……『調達』、していたのは、……全部、、だって?」

「は、はいぃ! この間すべて相手先に卸したばかりで……! 次の指示を待ってたところなんです……!」


 その『商品』が、ことです。


 通常、奴隷に求められるのは、労働力です。

 だとすれば普通は頑強な成人男性が主になります。いや、女主人の為に女奴隷を必要とする場合もあるでしょうが。いずれにせよ、わざわざ労働力に劣る子供の奴隷を求めるケースは、そんなに多くは有りません。


 思い返せば、アニタの時もそうでした。

 彼女が手引きしていたのは幼い少女ばかり。

 従業員として誘い込む都合上、たまたまそうだったのかと思っていましたが……。こうなると敢えて、子供を欲する理由があったことになります。

 

 そしてもう一つ。


「ここには、もう、『商品』はいない、と、言ったな? …………どこに、売った?」

「そ、それは……」


 その奴隷は、帝国でもなく共和国でもなく。すべて西、という事実です。


「……なんで、西王国、なんだ?」

「し、知りませんよぉ! 私はこの、大男マウリッツさんに言われた通りにやってただけで……ッ!」

「……チッ。成程、ね」


 そう、この『密輸』の主は、アレックスが向けた視線の先でのびている大男、マウリッツ。

 この目の前にいる商人の男……いえ、商人の男は、単なる使いっ走り。形式上の、商売としてのやり取りを残すための、経理担当、とでも言うべきでしょうか。


 成程。先程感じた違和感の正体がわかりました。


『アンタぁ下がってな。流れ弾に当たらねぇようにな!』

『わ、わかりました! た、頼みますよぉ!!』


 マウリッツが用心棒であるのなら、商人……つまり雇い主の方が立場が上であるにもかかわらず。明らかに、マウリッツの方が、上から命令していたように見えたのは、つまり本当に立場が逆だったからなのですね。


「そ、そうなんです! だから私はそいつに無理やり言う事聞かされてただけで……ッ! 私自身はなにも………ぶべらッ!!」

 ぷしー、と音を立てるように、鼻から真っ赤な血を吹き出させて、男は倒れていきます。

 その向かい側には、アレックスの拳。


「……なにも……、なワケ、あるか。理由はどうあれ、手を下した、時点で。お前も同類、だ」

 そこには、怒りとも悲しみともつかない、憮然ぶぜんとした顔だけが浮かんでいました。


「とりあえず縛っときましょうか」

「そうだね。しばらく、すれば、ローセリアカルラ様の兵も、来る、でしょ。そのまま、引き渡せば、いい。……話を聞くのは、それから、だ」

 事件は解決に向かっている。はずなのに。

 ふわふわとした不安感がいつまでもぬぐいきれないのは、何故なのでしょうか。


 そもそも、囚われた子供たちがここにいない事は、事前に把握出来ていたことです(だからこそあんなに派手な突入が出来たわけですが)。

 だから、建物の警戒がつたなかったことも、そのせいだと言われれば納得できるのでしょう。ひと仕事終えた後だったから、気が緩んでいたのだと。


 そう。

 単なる、彼らの能力不足であるならば、良いのです。けれど。

 

 彼らが、『赤い噂』を知らなかった事も含めて。

 


 この事件は、何一つ解決などしていない。

 そう誰かに言われているような気がしてならないのです。


「はぁ……っ。スッキリ、しない、な……!」

 ばさり、修道頭巾ウィンプルを外すと、頭をガシガシと掻きむしるアレックス。

「はしたないですよ、アレックス」

 そうたしなめてはみましたけれど。

 気持ち的には、わたしも同じ。


「むー。……それも、これも。ミレンが、考え無しに、突撃、したのが、悪い!」

「い、今それを蒸し返します?!」

 だからアレックスがそんな風に、わざとらしく吹っかけてきた喧嘩腰にも、わたしは乗っかって。

「もう、ミレンがらみの、依頼、は、受けないっ!」

「なんなんですか、もー!」


 スッキリしない気持ちは、口喧嘩の火種に。

 ローセリア兵が到着するまでの幾許いくばくかの間中。

 わーわーと、わたしたちの言い争いは続いたのでした。

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