#04-3 一発、派手に行こうか!


「ミレンは、さ。何が、得意なの?」


 修道院に来たばかりの頃。

 生活の面倒なんかは、ヒルベルタ様が見てくれていたのですが。

 わたしは、修道院のみんなとなかなか馴染なじむことが出来なくて、いつも独りでいました。


 そんなわたしに、そうやって声を掛けてくれたのが、アレックスだったのです。


「得意な、こと……?」


 当時のわたしは、まだ共和国語ことばがうまく話せなくって。

 人と話すのが、怖かったんだと思います。

 特にそれが、同い年くらいの子となれば。うまく話せなかったら、いじめられたりしないか、仲間はずれにされたりしないか、そんな不安ばかり考えて。

「……なに、も」

 話しかける事も出来ず、話しかけられても生返事しか出来ず。

「……なにも、できない」

 わたしは、物陰に隠れるようにひっそりと、息を潜めて生活していました。


「何も、出来ない、の?」

 オウム返しに問い返されて。

 ただそれだけの事なのに。うつむいて、わたしは泣いてしまうのでした。


「ええ?! なんで、泣くの?」


 今振り返れば。言葉も上手く話せない、人とうまく付き合えない。今までと違う場所で、今までやってきた事と違うことばかり、出来ないことばかりで。

 出来ないことが、悔しくて。

 出来ない自分が、嫌で。

 癇癪かんしゃくめいた感情を抱いていたんだと、説明できるのですが。


 この時のわたしには、それがわからなくって。

 それでも心の中から溢れてくる嫌な気持ちに翻弄ほんろうされて、ただ、泣くことしか出来なかったんです。


 声をひそめて、こらえるように涙するわたしに。

「じゃあ」

 そっとアレックスは近付いて、手を握ってくれて。こう言ったんです。


「ミレンは、これから。出来ることが、どんどん、増えていくだけって、ことだ」

 

 がばっと顔を上げたのは、アレックスの手が温かかったからか。

 かけられた言葉が、暖かかったからなのか。

 とまれ、上向いたわたしの目の前には、アレックスの目映まばゆいばかりの真っ直ぐな瞳がありまして。

 泣いていた、わたしの瞳には。


「えええ?! なんで、まだ、泣く、の??」

 ……またぞろ、涙がこぼれていたのですが。

 それは、悲しみの涙ではなく。目からウロコ、というものだったのでしょう。


 要は、驚いたんです。

 そんな考え方があったことに。

 そしてそんな考えを、わたしとそう歳の変わらないが持っていたことに。


 それ以来、でしょうか。

 わたしがアレックスを、したうようになったのは。



 ――ちらり、横に立つアレックスの顔を覗きこめば、獲物を見つけた狩人のようなクールな笑みが浮かんでいて。すでにやる気スイッチがばっちり入って、臨戦態勢の様相でした。


「ん? ボクの顔に、何か、付いてる?」

 わたしに見られていることに気が付いたのか、けんのとれた瞳で尋ねるアレックスの表情は、あの頃のままで。

「いいえ、少し昔を思い出していたのです」

 あの頃から考えれば、身体の方は随分成長したのだと思いますけれど。たぶん中身はあまり変わっていないのでしょう。


 ……ま、それは多分にわたしも、同じなのですが。


「ふぅん」

 だから、鼻で笑うような(彼女をあまり知らない人が見れば、悪い印象を抱きかねない)、唇の右側だけを持ち上げるシニカルな笑顔でも。わたしにとっては見慣れた……照れ笑いなのだと伝わるわけでして。

「今から、お仕事だって、言うのに。……いったい、何を思い出して、いるの、やら」

「ふふ」

 だからわたしもまた、笑いを返すだけで、思いが伝わっていると思えるのです。


 まったく……。そんな溜息混じりに聞こえた声を、どこか心地よく聞き流しながら。

「全体的に警戒が緩いですね。わざとなのか。……それとも、見張りの経験が、浅いのでしょうか」

 そのままお仕事モードに戻って、わたしは話を続けます。


 遠目に見えるのは、一見、ただの民家。

 けれどその実態は、帝国から身を隠すように活動する、奴隷商人の調達部隊たちの拠点というお話で。

 恐らくは、。人目を忍ばず開放的な立地に建てられたそれは、だからこそ、こちらも隠れて観察するすることが難しい現場です。


「いや、あれは、……経験が浅いって、言うより、は」

 

 だからこそ、わたし達もまた、

 のんびりと会話をしながら、なんでもない事のように。ごく当たり前のように、目的地に向かって伸びる道を、歩いて進むのです。

 姿


 けれどその先、少し遠目に見える家屋に居る『対象』達から飛んでくるのは。

 奇妙なものを見るような、猜疑さいぎの視線で睨むような。露骨に、近付くなと威嚇する気配ばかりの。……要は、で。

 それも、折角民家に偽装しているのに、警戒心を隠そうともしていない杜撰ずさんさというオマケ付き。


「……単純に、素人……のようですね、あの人たち」

「うん。そもそも、赤い修道服これ見ても、なんの反応も、無いし。ウチのこと、知らない、モグリなの、かな?」

 

 別に抑止力を気取るつもりはありませんが。このローセリアの地の犯罪率が低いのは、たぶん修道院ウチがあるからです。

 この辺りでは、子供でも知ってるくらい有名なんですよね、『赤い噂』って。


 別に知らないなら知らないでいいんです。

 一応、よその国の方ですしね、お相手は。

 でもエミィの村のことを思い返せば、多分にウチのことご存知の様子でしたし。国が違おうがなんだろうが、近隣に住んでいれば、当たり前に聴こえてくるお話のはずで。それでも知らないのなら仕方ありませんけれど。


「ええ、仕方ないとは思うんですけど」


 歩いて。歩いて。

 遂には目的地たる家屋を横目に通り過ぎますが、彼らは威嚇いかくの視線を飛ばしてくるだけ。


 ああ、これはもう茶番ですね。

 

「始めましょうか」

「ん。じゃあ……」


 そう言うと。

 アレックスは内緒話をするように、右手の人差し指を口元でぴんと立て。軽くその指にキスをすると、すぅと天に向かって腕を伸ばします。


 そうして彼女が確認したのは、風向き。

 望む方角に向かって風が吹いているのを読み取る動作。


「おい、お前ら! 何を……ッ」

 わたし達の動きを見て、やっと行動を見せる見張り達。

 警戒心が強いのは、大変結構ですけれど。


 ……その反応速度では、無警戒と変わりませんよ?


 一歩前に進み出たアレックスが、やおら左手で抱えていた金属の箱を開きますと。開かれた箱から、が舞い上がります。


「一発。……派手に、行こう、か……!」


 対象的に、わたしは後退あとずさり。

 そしてアレックスが、、パチリと火花。


 瞬間的に距離をとったわたし達の目の前で。


 は盛大な音を立て、爆発を起こしたのでした。

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